57.ブルマンの嘘と神の実の行方
それから謁見の間の人々は会議室に移動し、極秘の会議が開かれた。会議にはリディアとミトも参加し、皆の情報を共有することにした。
「ヨアキムには世話になったからな」
シドが使用人に運ばせた紅茶を静かに嗜む。
「一時期の戦乱の後方支援、合同での雪山訓練など、これがなかったら我が一族が覇権を握ることは出来なかった。特に雪山地方の争いは大きな弾みを付ける重要な戦いだった」
王の思い出話に、メルはふと口を挟んだ。
「アーカングルの雪山……ですか」
「あそこは何もない場所だが、資源が豊富なのでな。あの土地を得られたことが、私の父の戦況に大きく貢献したことは間違いない」
「すみません、質問があるのですが、アーカングルの雪山に村はありましたか?」
メルの質問に、シドは渋い顔で答えた。
「ないぞ、村など」
「あの……けれど、私ブルマン元帥から聞いたんです。ブルマン様は昔あそこの雪山で滑落して大怪我をしたのですが、雪山のある村で青い血の人に助けて貰ったと」
「メル。そんな話、いつ聞いた?」
ウォルターが話に入って来る。メルはウォーリスの薬草園で起こった顛末を、この日初めてウォルターに披露した。ウォルターは全てを聞いてから、
「ブルマンが大怪我をしたのは、トダリヤでの雪山訓練だぞ」
と言い出した。メルが首をひねっていると
「ブルマンの言い間違いか、メルの聞き間違いではないのか?」
と更に続ける。メルが両頬をさすって混乱していると、レッドが口を開いた。
「ブルマンとやらが嘘をついているということはないか?メルをアーカングルに向かわせたかった理由があるとか」
とはいえ、ブルマンがメルにあそこであのような嘘をつく理由などあるだろうか。青い血の民を助けてやれという言葉に、裏の意味が込められているとはとても思えない。
「学者っつーのは騙され慣れてないからな。俺みたいなひねくれ者には、ブルマンの意図が何となく分かって来たぞ」
「どういう……」
「つまり、ブルマンはメルをトダリヤには行かせたくなかったんだ。アーカングルで時間を潰しておいて欲しかった。そういうことなんじゃないの?」
メルは目を見開く。それから、レッドの行き先とブルマンの嘘の奇妙な一致の理由を悟った。
「じゃあ、早くトダリヤへ行くのが正解なのかしら……」
「ブルマンはトダリヤに何か隠しているんじゃないか?そんな気がする」
ウォルターは黙ってその話に聞き入っていたが、ようやく口を開いた。
「メルとレッド、ツーは今すぐトダリヤに向かえ。レッドの記憶といいブルマンの嘘といい、神の実がある可能性が高そうだ」
メルとレッドとツー、赤と青と紫の血の若者達は互いに目配せし合った。
そんな時、ツーが元気良く立ち上がり、手を挙げた。
「……どうした?ツー」
「今回私は、やはり軍艦の方に乗ります。聖なる樹と女神の樹の声を、聞ける人が必要でしょう?」
すると、ウォルターが舌打ちし、少し気まずそうに咳払いをして見せた。ツーはこそっとメルに囁く。
「二人旅に私はお邪魔でしょうからね。お互い、必ず神の実を探し出して再会しましょう」
ツーにいたずらっぽくウィンクを投げかけられ、メルは少し赤くなっている。レッドはそんな彼女の顔を、興味深く覗き込んでいる。
いざ、再びのトダリヤへ。
ウォルターとトーイ、ツーと兵士達は、軍艦で新島の調査へと戻ることになった。神の実と聖なる樹などの探索を行い、見つかり次第アーカングルに帰ることとした。
シド王は売り払われたコルト島の青い血の奴隷を買い戻すことにした。手元にミトがいれば、信頼を取り戻せるという計算があるようだ。
リディアはミトと共に、女神の樹の世話をすることになった。花粉が付いているので、今後実のなる可能性が高いからだ。彼女達なりに、神の実の生態を解き明かす任務を遂行する。
これらの調査を、この1ヶ月間で行うこととした。期限を設け、再び招集をかけることで情報の一元化を図る。これを繰り返し行うこととし、その予算は全てアーカングルが持つことになった。
全ての準備が整い、メル達は王宮に別れを告げ、アーカングル港に集合した。
まず、ウォルターの軍艦を見送る。トーイは王宮に入れなかったことを余程悔やんでいるらしいが、メルとしては今後一切、彼とリディアとの接触をさせまいと心に決めていた。目に火が付いている彼女を、レッドはどこか不安げに見下ろしている。
ウォルターがまだどこか納得の行かない表情で、こちらに進み出て低い声で言う。
「……レッド、メルを頼んだぞ」
レッドは涼しい顔をして頷いた。
それから、ツーが潮風に吹かれながら、いい笑顔で手を振り軍艦へ乗り込む。トーイは陽気に振舞いながらも、どこか寂しげな背中で軍艦に入って行った。
大きく汽笛を鳴らし、再び軍艦は新島へと走り出した。
メルとレッドは出航する彼らに大きく手を振る。
「……さてと」
レッドは荷物を担いでメルを振り返った。
「また旅の続きをしようか、メル」
メルはこぼれるように笑って頷いた。再びこの時がやって来たのだ。
トダリヤ行きの船に乗り、それぞれの船室に荷物を降ろす。
二人はあの時のように、レッドがベッドに日がな寝そべり、メルは机に向かい書き物をするという、静かな船旅を始める。のんびりとした時間が流れ、あの日のように甲板に集まって軽食を喰らう。
互いに思い描いていた、幸福な日常が戻って来た。




