19.ルイス王子との謁見
次の日の朝。
メルはふかふかのベッドに丸まって、小さな寝息を立てている。朝日がレースのカーテンからのぞき、その光が彼女の顔に差し込んだ時だった。
「メル様、朝食はいかがなさいますか」
メルはもぞもぞと布団から顔を出し、声の主を探した。執事の服が見え、目線を上に移してメルは小さく叫ぶ。
レッドが立っていた。
「レッド……!」
「お疲れであれば、お時間をずらすことも可能でございます」
「ねぇ、あなた何してるの?」
「ではいらないということで……」
「待って待って、いるわ!レッドはもう食べたの?」
「既に使用人達と済ませました」
「どうだった?みんなと仲良く出来そう?」
「皆様とても気持ちの良い方々でいらっしゃいました。メル様の秘密も色々ご教授いただいたので、これから小出しにしてメル様を追い詰めて遊ぶ所存でございます」
メルが固まり、レッドは微笑んだ。
「ところでその口調どうしたの?」
「ジャンから色々とこの屋敷で上手く立ち回る術を教わりました。奴隷なので誰よりも低姿勢にせよとの忠告でした」
「似合ってなくて面白いわね」
「前も申し上げました通り一度別の国の屋敷で使用人をしていた時期もありましたので、この程度の丁寧語でしたら難なく使用可能です」
「ふふふ。もういいから」
メルはベッドから滑り降りた。
「私、すぐに着替えて出るわ。さ、一度出て行ってちょうだい」
「では食堂でお待ち申し上げております。ウォルター様はメル様と同時刻に食事をしたいとおっしゃいましたので、そのように取り計らいます。心のご準備をお願い致します」
レッドはそう言い置き、部屋を出て行く。メルはくすぐったそうに笑ってから、ため息をついた。
「ウォルターったら……朝からまたお説教なのかしら」
メルはいつもの乗馬服ではなく、シンプルなロングワンピースを着て食堂に向かった。既にウォルターが上座で待っており、レッドはメルの椅子を引く。
メルが座ると、次々と食事が運ばれて来た。
「メル、今朝城郭が開いたそうだ」
ウォルターは厳格な口調でそう言った。
「王も王子も、珍しく今日は揃って起きている。ジャンが馬車を手配したそうだ。久方ぶりに挨拶に行くといい。ところでメル、お前は奴隷を連れて行くそうだな」
メルはウォルターを見た。彼はその痩せたこめかみに青筋を立て、どこか苦々しくこちらを見返して来る。
「何のために奴隷を謁見させる気だ。言え」
メルはちらとレッドを見た。レッドは直立不動で虚空を見ている。
「私にもしものことがあった時、彼に植物を託すことがあるかも知れません。その時までにお目通ししておかねば、緊急時にただの奴隷として追い返されるかも知れません。ですから」
「騎士では駄目なのか?また新しい騎士を付けよう。この奴隷は私が預かる。おい、レッドと言ったな。お前はこの薬草園で働いたらどうだ。三食与え、余暇や小遣いも取らせようではないか」
メルはそれを聞いて焦った。レッドが以前、危険な任務は嫌だと言ったことを思い出したからである。レッドはちらとウォルターを見やると、はっきりと言った。
「私はメル様に従うのみです。私を買ったのはウォルター様ではなく、メル様ですから」
ウォルターは歯噛みした。メルはほっと胸を撫で下ろす。ウォルターは少し苛ついて食事を再開しながら
「従順な下僕だ」
と吐き捨てた。レッドは顔色ひとつ変えなかった。
メルは使用人の女性たちに締め上げられ、腕と胸元に毛皮の付いたグリーンのドレスを着せられていた。レッドは早朝に起きたために昼前には疲れが出始め、壁にもたれて大きくあくびした。またきつい乗馬服を着ていなければならないのが苦痛だった。執事用の服の方がゆとりがあっていいとレッドは思う。
メルは使用人の女性たちを従え、扉を出た。レッドは使用人の列から更に一歩下がって歩き出す。玄関を出ると、馬車が待っていた。
馬車の前ではジャンが待っており、メルに聖なる樹の鉢植えを手渡した。メルとレッドが命がけで得た樹。
馬車は二人と一本を乗せて走り出した。
ウォーリスの王都タルキスは全体的にグレーがかった石造りの街だった。城郭には検問が敷かれていたが、メルと馬車は見慣れた顔だったらしく、すぐに通される。石畳をガタガタと進み、迂回するような奇妙な道程で城を目指した。城の堀の前でメルと、植木鉢を持ったレッドは降ろされた。
堅牢な石造りの城を目の前にして、やにわにメルの瞳が輝く。
「ああ、我が愛しのルイス王子……」
うっとりしているメルにレッドは言った。
「早く行こーぜ。朝が早くて既に疲れてんだよこっちは」
「ま……もう丁寧語期間は終わりなの?レッド」
正装の二人に、正門が開かれる。レッドは植木鉢を抱え、メルの三歩後ろを歩いた。
久々に踏む赤い絨毯に、メルは緊張の色を見せ始めた。兵士にことづてをし、メルはレッドと共に返事を待つ。
兵士はすぐに帰って来た。
「王はまだ疲れておいでなので、本日謁見は出来ません。ルイス王子がメル様に会いたがっておられますので、王子に謁見なさってはいかがでしょうか」
メルは頬を紅潮させ、うっとりと微笑んだ。
「あら、王子が私に……ほほほ」
「王子が謁見の間に入られましたら扉を開けます。扉の前でお待ち下さい」
メルが小首を傾げて浮ついているのを横目で見、レッドは呟く。
「俺の前ではぜってーそんな顔しないくせに……」
「何か言いました?レッド」
「……べっつにー」
扉が開かれる。メルは心なしか早い足取りで絨毯を歩く。
レッドはその後に続き、玉座を見上げて呆気に取られた。
玉座に座っていたのは、金髪碧眼の少年。
線が細く今にも折れそうで、メルよりも小さい、まだあどけない顔をした美しい少年だった。レッドが予想していたより、随分と年若い王子であった。
メルは膝をちょこんと折って挨拶した。




