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イカレた学者令嬢は最強スナイパー〜騎士様に逃げられたので毒舌奴隷を買いました〜  作者: 殿水結子@「娼館の乙女」好評発売中!
第1章.火山島のイカレた女

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1.学者令嬢、男奴隷を買う

 二つの月が出ている。


 日の入りすぐ。美しい活火山を背にして、男装の令嬢が歩いて来る。開襟シャツの襟が揺れ、体に沿った乗馬服は薄汚れている。栗色の髪を結うこともなく潮風に任せているが、その表情はどこか暗い。


 彼女はしばらく下を向いて歩いていたが、港に半裸の奴隷達が運ばれて行くのを見ると、やにわにその瞳に光が戻った。その中にひときわ背の高い男の奴隷がいるのを見つけ、令嬢はひた走る。


「すみません!その男奴隷を売っていただけませんか?」


 声をかけられた奴隷商人はその女を見て目を見開いた。


 女はある男奴隷にそそくさと近付く。そこには背の高い彼女より頭ひとつ大きい、褐色に赤毛の男が立っていた。腕を仲間と縄で繋がれており、その長い髪はボサボサでくたびれているが、奴隷らしからぬ立派な体躯であった。


「お願い、売って!」


 彼女は食い下がった。奴隷商人は頭をボリボリと掻く。


「あのねぇ、こいつらにはもう買い手が」


 言うか言わないかのところであった。


 かちゃり。


 小さな金属音と共に彼女が持ち上げたのは、王国最新鋭の小銃。


「売って下さらない?今、急いでいるのよ。つい最近、私をお守りする騎士様が、私から逃げ出してしまったところなの」


 物騒な武器に奇妙な話をぶら下げ、しかし尚も彼女は淑女の姿勢を崩さず微笑んでいる。


 奴隷商人も流石に命は惜しいと見え、観念したように目を閉じた。


「いくら払ってくれるんだ?」

「今奴隷を買えるほどの現金の持ち合わせがないので……これで」


 彼女は大きなサファイアの付いた指輪を外す。奴隷商人はそれを受け取ると空にかざし、ふーむと感嘆した。


「こんなにいいのを貰っていいのかい?」

「どーぞどーぞ。ねぇ早く、その奴隷、こちらに預けて下さらない?」


 奴隷商人は鼻歌なぞを歌いながら、赤毛の奴隷の縄を外す。赤毛の奴隷はその切れ長の目で、刺すように女を睨みつけている。


 女はその奴隷の目を見上げた。そして一言、


「長い付き合いになるけど、よろしくね」


と微笑んだ。次の瞬間。


「世間知らずの金持ち女がいっちょまえに銃振りかざしやがって、調子乗るなよ。いっぺん死んで来いバーカ」


 赤毛の奴隷がはっきりと彼女を罵倒したのでその場が凍った。彼女はふむ、と言葉を咀嚼している。全員の視線が彼女の銃に注がれたが、


「言葉が通じるのですね!」


 なぜか話が次に展開し、彼女は男奴隷の手をしかと握りしめた。


「話が早いですわ、さぁ私に付いて来て!お腹空いてるでしょ?ディナーはいかか?……あ、奴隷商人さん、もう行って結構ですよ?」


 男奴隷はディナーの言葉に少し殺気を引っ込めたものの、尚も彼女に苛立ちの視線を向けている。港に残された彼女は、はっと何か気づいた様子で彼に言った。


「ごめんなさい!自己紹介が遅れましたわね。私、メル・シェンブロと申します。あなたのお名前は?」


 男はつっけんどんに答えた。


「常識で考えろよお前。奴隷の名前はご主人が付けるのが普通だろ」


 あーとメルは呟いて、


「じゃ、毛が赤いから、レッド」


と簡単に言った。


「……馬鹿なの?犬飼うみてーな名付けしてんじゃねぇよ」

「え、お気に召しませんでしたか?では、デニスという名前はいかがかしら?最近お亡くなりになったお友達のお名前ですが」

「ふざけんなよマジで、縁起でもねー!もういいやレッドで。死人の名前よりマシだ」


 メルはレッドと名付けたその男を上から下まで眺めて、


「ちょっと臭うからお食事の前にお風呂入って下さる?この街は温泉が湧きますのよ」


と微笑んだ。レッドは


「何だコイツ?マジ調子狂うわ……」


と苦々しく呟いた。


「私、もう既に宿を取ってありますから、付いて来て下さいね、レッド」


 メルの力は以外に強く、レッドは彼女に引きずられるように街へ入って行った。




「あちらの宿です!」


 街の中心部の一等地に、目指す宿はあった。その外装から、高級ホテルであると分かる。ホテルの前は隣国の公国からの湯治客で大混雑していた。そこにまるで似つかわしくない半裸の奴隷が連れて来られた。長く真っ赤な彼の髪色は、嫌でも衆目を集める。


 メルに連れられ、レッドは仏頂面で宿を取る貴族達のドレスの波に紛れた。


「ちょっとここに並んで待っていて下さい」


 メルはそう言い置いて、列を通り過ぎ直接フロントに声をかけに行く。


 戻って来たメルは大きなローブを手にしていた。それを男奴隷に被せると、小声で囁いた。


「ここ、奴隷は入れませんの。でもフロントに袖の下握らせたから、大丈夫。これを纏って入って下さいね」


 レッドは舌打ちしたが、


「お風呂に入ったらコース料理を食べましょうね!」


 それを聞くなりあっさりローブを羽織ってスタスタと歩き出した。


 大衆浴場の前で二人は立ち止まる。


「405号室で待ってますので、体を洗ったらまたローブを羽織って来て下さいね」


 レッドは無言で頷き、浴場に入って行った。ローブを脱ぎ、汚れた体を洗ってから石造りの湯船に浸かる。ふぅーっと息を吐いた時点で、ふとレッドは思った。


(俺は一体何をしているんだ?)


 奴隷船に乗せられ、一度ここで降ろされ、また別の奴隷船に乗り換えるところであのおかしな女に捕まった。船酔いで頭が回らなかったのが悔やまれる。奴隷商人が縄を外した時点で逃げてしまえば良かったのに。


(調子狂うわ……)


 船の中では何人もを看取った。狂って行く意識の中、思考がまともに働かなくなって行った。レッドは物心つかない赤子の内から売り飛ばされ、更に体が大きくなるたびに労働市場で高値で売り飛ばされて行った。その度に名前を変えられた。今回も、過酷な船引き労働に使う奴隷として売られる予定であった。


(ま、奴隷船にもう一度乗るよりは女の護衛の方がマシかな)


 そう思い直し風呂の中で体を伸ばしていると、


「おい、兄ちゃん」


 回想を遮る声がする。


 振り返ると、色の白いでっぷりした老人が笑いかけて来た。


「あんた、あのお嬢さんお付きの騎士様かい?」


 レッドは反応に迷いつつ、とりあえず頷いた。


「ということは生きてたんだね?良かったなぁ」


 レッドは老人の発言の意味が分からず、次の言葉を発せずにいる。


「火口に落ちたって聞いたから、死んだのかと思ったよ」

「……は?」


 レッドの目が点になる。老人は失敬と呟いた。


「何せあのお嬢さんは人使いが荒いからなぁ!騎士様に命じて、火口付近にある鉱石の採集をさせたんだろう?足にこう……命綱付けて逆さにして、鉱石を採らせたところ、騎士様のブーツが脱げて……そこから生還なさるんだから、大したもんだなアンタ!」


 それを聞くなり彼は浴槽から立ち上がり、脱衣所に駆け込んで体をローブで拭き出した。


「こんなところ、早くずらかるぞ……!」


 ローブを羽織って急いで浴場の扉を開ける。


 レッドは息を呑んだ。


 メルがいる。


「待ってましたわ、レッド!」


 言いながら、彼女はずいと男性用の服を差し出した。


「やはり服があった方がいいと思いまして、今急いで部屋から持って来ました!これ、騎士様の忘れ物ですの!良かったら……」


 レッドは青ざめ、無言でメルを見下ろしている。メルはハッと何かに気づいたように騎士の服とレッドの顔を交互に眺めると、


「あらやだ、私ったら!お古は嫌ですか?私ったら面倒がって駄目ね。やっぱりレッドには新しい服を買ってあげなくっちゃ」


などと言う。そうじゃねーよ、と言いかけて


「頭おかしい……」


 嘆いて泣き真似をするレッドに、メルは淑女らしく微笑みかけた。


「お洋服を買いに行きましょう!騎士様風と村民風、どっちがよろしいの?」


 彼女は妙に盛り上がっている。レッドは悩んだ末、吐き捨てるように


「村民風」


と答えた。ブーツを履かなくて良いからである。



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