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18禁をこの手に  作者: 昼熊


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三話

 授業が終わり、他のクラスからも大量にやってきた野獣どもから、どうにか逃げ切った。今までの人生で一番輝いていた日だろう――その輝きは少し白く濁っていた気もするが。

 いつもの帰り道、人気のない閑散とした住宅街が今はありがたい。今日一日騒がしすぎた。

 帰宅部で助かった。部活動をしていたら、こんなものじゃすまなかっただろうな。これが三か月続くのか……いっそのことランク外になってしまえば、この状況から離脱できるのだが。それはそれで惜しい。三か月後に手に入る恩恵をこの程度の障害で逃すわけにはいかない。


 俺は学生諸君の夢を手に入れたのだ! 学生だけではなく、現役の男性が誰しも――ただし一部を除く――羨む地位が目の前に迫っている。だが、この順位で止まる気はない。ナンバーワンを目指し修練を続けるのみだ。家に帰ったらさっそく昨日の戦いをチェックしておこう。

 加点ポイントと減点ポイントも再確認しないとな。初戦としては合格点だったが、次は同じように勝てるとか限らない。この戦いでレンタランカーに名前が知れ渡ってしまった。次は対策を練られるだろう。


「すみません、反帯 生成様でしょうか」


 思考の海に沈みかけていた意識を浮かび上がらせたのは、背後から聞こえる落ち着きのある渋い声だった。

 その声に聞き覚えは全くない。だが、俺の名前を呼んだということは、相手は俺を知っているということだ。クラスメイトと同じように、俺のおこぼれでも狙っているのか。

 正直面倒くさいが、無視するわけにもいかず後方に振り返る。


「いえ、別人です。俺の名前は鳳凰院 竜神丸といいます」


「あからさま過ぎる偽名ですね」


 黒のタキシードを嫌味なく着こなした老紳士がそこにいた。白髪交じりの髪をオールバックで固め、口元には立派な髭がある。

 職業は執事だな。名前はセバスチャンで間違いない筈だ。


「こんな格好をしていますが、ただのサラリーマンですよ?」


 口には出していないのに、心を読まれた……なんてことはないな。


「私の格好を見て、皆さん執事なのかと勘違いされますからね」


「何でそんな恰好を?」


 疑問が思わず口から出た。


「趣味です! 年を経ると若い頃には似合わなかったコスプレもさまになりますから」


 言い切ったぞ、この人。誇らしげな顔が少しイラッとくる。


「それで、コスプレイヤーさんが何か御用で?」


「あなたをナンバー2と見込んでお誘いに来たのですよ」


 レンタランカーランキングは把握済みと。やはり要件はあれなのだろうか。


「おっと、品物を交換して欲しいなんて、情けないことは申しませんよ?」


 この人は勘が鋭いのか、それとも俺は顔に出やすいのだろうか。友人に勝負事で「表情が読めない」と言われるぐらいのポーカーフェイスは、できているはずなのだが。


「私こう見えまして、ランキング三位なのですよ」


 えっ! この年齢で三位なのか。どうみても六十は超えている歳で、その順位にいることが驚愕だよ。上位陣の顔ぐらい調べておくべきだった。リストと自分の動きを考える事だけで精一杯だったから、仕様がないか――いや、まて。この年齢、一人だけ思い当る人物がいるな。


「失礼、自己紹介がまだでしたね。私、二つ名は【雑食紳士】と呼ばれています」


 やはりそうか。この人があの有名な雑食紳士なのか。プレイスタイルは動画で拝見させてもらった事はある。ネット配信される動画の撮影方法が、天井に仕掛けられたカメラからの見下ろし画面になるので、顔までは認識できていなかった。


「まさか、戦場以外で貴方のような有名人に会えるとは」


 この人は多くのレンタランカーにとって、羨望の的である。高年齢でありながら、男としての欲望を捨てずに生き、戦場では無駄のない洗練された動きで観る者を魅了する。

 そして、この人の最も尊敬されるポイントは、ジャンルを問わず、普通の人なら躊躇するようなマニアック過ぎるタイトルの作品でも、迷うことなく手に入れることだ。

 それの何が凄いことなのか、ピンとこない人もいるだろう。だが、思い出してほしい。AC内での戦いで手に入れたレンタル品は、当人の名前と共に全て公表されるのだ。


 もう一度言う。何を借りたのか、国中に全て公表されるのだ。

 普通は家族や友人や会社の同僚に知られる可能性があるので、本当は喉から手が出るほど欲しい特殊なシチュエーションの作品があったとしても、世間体を考えて手を出せない人が殆どだろう。

 だが、彼は違う。むしろ、ノーマルを避け、偏見を覚悟の上で自分の趣味を貫く。


「有名人とは大げさですね。ただ己が欲望に従っているだけですよ」


 そう言って、濁りのない笑みを浮かべた。


「そんな貴方がいったい」


「回りくどい事はやめておきましょう。私と同盟を結びませんか?」


 なに……まさか、これほどの人物が俺と組みたいだと?

 直ぐにでも飛びつきたくなる申し出だが、これは、何か裏があると考えるべきか。冷静に考えてみると、現在二位の俺と三位の雑食紳士が組めば確かに、次の戦いは楽になる。

 デメリットは何もないはずだ。ACのルール上、コンビでもチームで挑んでも減点は無い。採点は各個人に与えられる。もちろんチームワークやチーム内での技量が左右されるため、能力の低い物と組むのは避けるべきだ。

 雑食紳士は技量でいうなら問題は全くない。おまけに、こちらの嗜好と重なることがないはずなので、狙った作品を奪われる危険性もない。

 俺にとってプラスしかない――だが、雑食紳士側のメリットはどうなる? 幾つもの疑問が浮かぶが、あれこれ考えるよりも当人に問いただした方が確実か。


「こちらとしては、嬉しい申し出なのですが……何故俺なんです? 正直今回は運よく二位の座に付けましたが、これはビギナーズラックですよ。初挑戦で周りの人も注目していませんでしたので、妨害もありませんでしたから。次は簡単には行かせてもらえないはずです」


 この言葉を聞いた雑食紳士の目が一瞬大きく見開かれた。


「そこも理解していたのですね。素晴らしい。おごることもなく、次の戦いへと思いを馳せている。私の目に狂いはなかったようです。確かに次は簡単にはいかないでしょう。だからこそ、私と組めば貴方は更に上の世界を見ることができる……やもしれませんよ?」


「こちらに有利なのは理解しています。ですが、貴方のメリットは?」


 視線を上空へと逸らし、口髭を指で摘まんでいる。――照れているように見えるのは気のせいなのか?


「私はこう見えても負けず嫌いでして。どんな手を使っても、ヤツに勝ちたいのですよ。私を一位の座から引きずり落とした【彷徨える帽子】にね」


 彷徨える帽子――またもビッグネームか。雑食紳士が数年に渡り第四区不動の一位だったものを、引きずり落とした超有名人。その名が示すように、つばの大きな帽子を目深に被り、目元を一切見せない格好だったはず。


 俺も現在は雑食紳士より上の地位にいるが、自分の方が優れていたわけでは無い。

 前回の戦いで雑食紳士は彷徨える帽子と同じ戦場に立った。あの戦いは今も脳裏に焼き付いている。雑食紳士の行動は全て先読みされ、邪魔になるぎりぎりの範囲に現れては進路方向を封じられていた。

 あれは完全に雑食紳士を倒すための策だった。相手の邪魔をすること自体はルール違反ではない。ただし、あからさまな妨害行為は反則となり減点される。酷すぎる場合は即刻退場となる。

 彷徨える帽子の駆け引きは見事の一言だった。相手に触れることは無く、自然な動きで雑草紳士の妨害していた。上から見下ろす動画であったからこそ、妨害行為が理解できたが当人にしてみれば何が起こっているのか分からなかったのでは。


「連勝に浮かれていた。相手を見くびっていた。等というのは、ただの言い訳ですね。手の内を完全に読まれ、なす術もなく無駄に時間が過ぎていくのを黙って眺めていました。情けないことです」


 額に手を当て、大きくため息をついている。


「何とか盛り返してみたもの、散々な結果でした。おごりが無かったとは言いません。ですが、あれほどまで見事に完封されるとは。その後、こうして貴方にも抜かれ、少々頭が冷えました」


 目の前まで歩み寄ると、俺の瞳を覗き込み、手を力強く握りしめた。


「私と共にトップを目指しませんか。彷徨える帽子に勝てれば後は何もいりません。結果、貴方が頂に立っていたとしても、何の問題もありません」


 あの目は嘘をついているようには見えない。高々十八年生きた程度の俺の観察力など知れている。でも、今回ばかりは間違っていない気がした。


「考えさせてもらっていいですか。あまりに美味しい話過ぎるので、少し冷静になってから結論を」


 雑食紳士は大きく頷くと、胸元から一枚の名刺を出した。


「分かりました。結論が出たらこちらへ連絡をいただけますかな? より良いご返事をお待ちしておりますぞ」


 手渡された名刺には――電話番号とホームページのアドレスが印刷されていた。







 家に帰り着き、母に帰宅を告げると静かに自分の部屋へと入る。

 昨日と同じ流れで、後ろ手で扉の鍵をかけ、昨日の戦利品を取り出し――って違う! こっちはまた後で。今はもっと大切なことがある。

 昨年、小遣いと何割か抜かれたお年玉の全てを注ぎ込んだ、ノート型PCを取り出す。まずは、パスワード。


【sikiyoku】


 履歴のチェックと他のポイントもまず調べるか。大丈夫。誰かが触った形跡はないな。誰かというか、母だけど。昔は大人の雑誌や漫画を母親が掃除しながら探していたらしい(父談)が、今はそんなものを持っていたら犯罪者になってしまうので、母親に調べられるとしたらPCしかない。

 それでも、今のPCは全て規制プログラムがされているので、海外であれアダルト関係のサイトに繋ぐことは不可能だから見られたところで、困るものは無い。

 それでも、見られて恥ずかしいものもあるのでやめてほしい。

 さて、まずは雑食紳士について調べるか。公式のサイトから分かるのは、顔写真と名前だけか。まあ、本名はどうでもいいけど。

 けど、初めてだなレンタランカーの顔確認をするなんて。

 やっぱり、公式じゃこんなものか。じゃあ、攻略サイトを覗くしかないな。ここなら掲示板に有益な情報も載っているはず。


 ええと、相変わらずスレッド多いな。盛況な板は

【二つ名】

【選手批評】

【作品リスト】

【ルール説明】

 あたりか。二つ名ちょっと覗いてみるか。

 最近観てなかったけど、どんなスレあるのか。


【恥ずかしい二つ名晒そうぜスレ125】

【二つ名改名 その47】

【名前の由来知ってるか? 4】


 それらしいものは無い。やみくもに調べても時間がかかるだけか、キーワード検索しよう。雑食紳士っと完了。

 おー、さすがに結構な数が引っかかるな。どんなスレが上がっているのか。


【老いてなお現役 Part70】

【師匠にしたいレンタランカー】

【第四地区猛者攻略】

【掘られてもor掘ってもいいレンタランカー 15】


 これだな。三つ目の【第四地区猛者攻略】スレが一番よさそうだ。ついでに現在一位の彷徨える帽子も調べておこう。

 調べれば調べるほど、雑食紳士が負けたのが信じられない。彷徨える帽子は初出場で雑食紳士を倒したのか。動画で何度も確認したけど雑食紳士に無駄な動きは見えない。だというのに、行く先々で彷徨える帽子が待ち構えている。

 彷徨える帽子の容姿は背が低く――身長は一六〇前半ぐらいか。迷彩色の戦闘服でも着ていれば似合いそうな地味目で、つばの大きな帽子を目深に被り、目は全く見えずに口元が見える程度だ。表情も顔も確認はできない。

 服装は無地の深緑で色を上下で揃えている。帽子を含めて全体的なイメージは地味。森の中に隠れたら溶け込みそうな配色。街中なら逆に目立つよな、これ。

 身長が低めなので、相手から見て一番最初に目に入るのが、体に不釣り合いな大きい帽子のはずだ。雑食紳士のターゲット付近にはいつもあの帽子が存在し、まるで幾つもの帽子が行く手を遮り漂っているように見えるのではないか。

 そういや書き込みに『あの帽子が視線の高さで戦場をスーッと通り過ぎるの怖いよな』なんてあったな。あれが呼び名の由来か。


 彷徨える帽子は技術に目を見張るようなものはないが、ミスのない教科書通りの動きだ。

 予め指定していた三作品も全て手に入れ、技術点の高いトリプルサクセスを成功している。雑食紳士も指定作品を手には入れているのだが、ターゲット付近に居座られているので時間と動きにロスが生じていて、それが減点の対照になってしまったようだ。

 しかし、不思議な動きだな。相手のターゲットは公式HPで人物検索をかければ表示されているので、予め雑食紳士の狙いを予測するのは可能。

 だが、この彷徨える帽子は三作品を狙う順番も分かっているかのように、前もって行動をしている。自分の狙う作品も無理なく取れる進路を選んでいる。


 疑問が幾つも湧いてくる。まず、戦場にあれだけ人がいるのに特定の人物の動きを把握することなどできるのだろうか? 

 それに、品物が並んだ棚や他のレンタランカーで視線を遮られているのに……まるで相手の姿が見えているかのように動いている。

 これで考えられることは、聴覚が異様に発達している――ないな。基本AC内での大声や騒音は減点になるので騒がしいことはないが、あれだけの人が動けば足音や息遣いだけでも、十分な雑音になる。だというのに、問題なくヤツは動いている。あれだけ帽子のつばが大きければ、視界の妨げになっているはずだ。それなのに最初から最後まで歩みにためらいは無い。


 そうなると、一番妥当な線は、予め情報が流れている。監視係の仲間がいて、雑食紳士の行動を逐一報告している。個人戦に見せたチーム戦なんて話は良く聞く。この考えが正解の確率が高い。

 ……もう一つ、たどり着いた答えがあるが、これが当たっていたら対処する方法がない。考えたくはないが――AC職員に仲間がいる。

 カメラの映像を逐一報告されたら、先読みも不可能ではない。帽子を目深に被っているのも耳に装着されているイヤホンや、報告を受けている最中の反応を見られないための作戦なのかもしれない。

 とまあ、予想はあくまで予想でしかない。実際は戦ってみるのが一番。次回、雑食紳士と組んで対決してみるか。俺にとって越えなければいけない壁であるのは確かな相手。自分の実力を試すには絶好のチャンスだ。

 考えがまとまったところで、一度、冷静さを取り戻す作業に入る。昨日使わなかった三つ目の宝物を取出し、高ぶる心を鎮める為に扉の鍵を再確認した。



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