四話
学校には喜怒哀楽の全てが詰まっている。
教室に入れば、集まってきたクラスメイト(男子限定)の顔が喜びで満ち溢れている。昨日俺の順位を知った人たちが家で調べてきたのだろう、媚びた笑顔を浮かべた男子生徒が増えている。
そして、騒ぐ男子を怒鳴りつける女子たち。散らばり去っていき男子の輪が無くなると、侮蔑の表情がこちらに向けられる。
針のむしろの意味をこの身で知ることになった現状に嘆き悲しみ、時が過ぎるのをひたすら待つ――可哀想だと憐れみ優しく接してくれる女性など、クラスどころか校内には存在していない。
この時間を耐えきるには家にある戦利品を思い出し、悦楽を味わえる時間に思いを馳せるしかない。
不意に、この逆境から逃げ出す妙案が頭に浮かんだ。男子校に転校しようかな……これは、真面目に考えてもいい気がする。男子校ならモテモテだよな俺!
女子に黒油虫以下の扱いされるぐらいなら、もう、女子のいない世界へ行くしかないだろ!
だけど、一度でいいから、放課後をクラスメイトの彼女と一緒に買い食いしながら帰ってみたかった。今は、隣に並ぶどころか半径一メートル以内に女子が寄ることは無い。
さようなら、甘酸っぱい学園生活。いらしゃい、濃厚な学園生活――いや、転校しないけど。
なんとか脱出した学校の帰り道で声をかけられた。
「あんた、黒き速射王か」
異様なほど甲高い声を発したのは、小さな体に似合わない学ランの上に帽子が乗った、面識のない相手だった。
今どき上下真っ黒の詰襟学生服を起用している学校まだあるのか。ドラマやテレビで見たことはあったけど、生で見たのは始めてだ。
俺の二つ名を知っていて、この姿。どう考えても、こいつ彷徨える帽子だよな。
しかし、最近は学校の帰り道に待ち伏せするのが流行りなのだろうか。
「速射王だな?」
ほんと、不自然に甲高い声をしているな。女性特有の裏声ではなく不自然に調整した機械音のようだ。襟にボイスチェンジャーでも仕込んでいるのか。顔出し不可でインタビュー受けている人じゃあるまいし。大げさな。
「面倒なのでそれでいいよ」
雑食紳士と違って年の近い相手だ、敬語じゃなくても問題ないだろう。
「あんた、俺と組まないか?」
まさかのお誘い二人目。これは……人生で三回訪れるという、モテ期というやつか。
やっ――だああああっ! 何ですり寄ってくる奴は、みんな男なんだよ! それも、全員ACがらみってどういうことだ!
「もう……勘弁してくれ」
「何故だ。俺と組んだら上位間違いなしだぞ」
「もう……もう……男はいらん! いいか、学校では気色悪い笑顔の男子に取り囲まれ、女子にはゴキブリ以下の扱いをされて、唯一の楽しみが待つ我が家への帰り道。どれだけ……どれだけ俺にとって大切な癒しタイムか分かっているのか!」
「え、あ、いや、えーと」
「俺を抱き込みたかったら、ポニーテールで黒縁のメガネかけて、ちょっと袖の余っている大きめの学生服を着た女子を連れて来い!」
あれ? 首をかしげて考えているぞ。ここで粘ったら、次は色仕掛けをしてくれる女友達でも連れてきてくれるのか? なら少しは友好的な態度で接してもいいかな。
下心は全くないが、ちょっと知的なふりでもして、できる男を演じておくか。
「お前、彷徨える帽子だろ? 本名は的田 武志だっけ。一足遅かったな。昨日、雑食紳士も来たぞ」
「あっちと組む気か?」
「いや、現在保留中」
「なら、俺と組め。その方が利口だぞ。お前は見込みがある」
昨日、映像を見て動きを理解できなかった俺が、雑食紳士と組んだところで、こいつを抑え込める可能性は少ない。こいつは一度雑食紳士を抑え込んでいるのだ。こちらについたほうが、勝算はあるだろう。
「まあ、考えておくよ」
「そうか、なら俺の番号を教えておく。決めたら連絡をくれ」
袖口から伸びる華奢な手が紙切れを握っている。その手を差し出した手にそっと重ねてきた。
「よく考えておいてくれ」
予想外に柔らかい手の感触に、少しだけ動揺してしまう。
想の手触りと似ていたな――っておい! 違う、違うぞ! そうじゃないんだ! 女性への可能性が無に等しくなったからといって、そっちにはまだいかん! いや、まだじゃなくて!
誰に聞かれたわけでもないのに、自分自身に対して懸命に言い訳している情けなさに気が付くのは、しばらく後のことだった。
三か月間、悩みに悩んだが結局誰とも組まずに今日を迎えた。
あれから、俺の順位は抜かれることなく二位を死守し、AC特典を手に入れる権利を得た。誰しもが与えられている権利である三品に加えて、追加で九品もの作品を手に入れることができる。
おまけに、過去の作品も手に入れられ……一作品だけ所有も認められる。
ふっ、おいおい、これからハッスルタイムに全く困らなくなってしまうじゃないか! 毎晩、誰を選ぶかで脳内抗争が起きないか心配になるなー。いやはや、まいったまいった。
「おい、気持ち悪いぐらい、顔が緩みまくってるぞ」
緋斗のツッコミで我に返った。危ない、今は通学途中だった。
「お、おう。ちょっと未来に思いを馳せていた」
「いいよなー。今日だっけAC参加日は。十品以上、作品を選べるってどんだけだよ……羨まし過ぎる! 嫉妬で狂い死にそうだっ!」
叫び声を上げ、電柱に頭を打ち付けている緋斗は捨てていこう。
「おはようー」
この心に吹くそよ風を連想させる優しげな声は、想か。
「おはよう、想」
隣に並んだ想が、柔らかい笑みを浮かべる。相変わらず、癒される存在だ。
「あれ、放っておいていいの?」
あれとは、緋斗のことで間違いはないだろう。
「いつもの発作だ。近づくと移るぞ」
「あ、うん。そうだ、今日だよねAC」
想までも知っているのか。やはり二位ともなると、みんなから注目されるな。
「そうそう、疑問だったのだけど。生成くんは、二位なんだから今日は一度に十二品も選んで取らないといけないの?」
この疑問はよく言われるのだが、実際にAC内で争いながら選ぶのは三品だけだ。残りの特典は戦いが終わった後、残された作品の中から自由に選んでいいことになっている。
残り物というのが少し引っかかるが、後で選べるメリットもある。指定した三品以外はネットで公表されることがないのだ。つまり、かなりマニアックな作品を選んでも誰にもばれることは無い。いつもなら選べない題名も手に入れることができる。これは、誰もが羨む利点だろう。
この方式は、採点方法を公平にしなければならない為に、そういう仕組みになったらしい。
「三品だけだよ。残りは後で選ばせてくれるらしい」
この後でゆっくり選べるというのは、メリットの一つなのだが、同時にデメリットも存在する。この特典を初めて得た人の多くは、戦意が薄れてしまうのだ。
今までのように、必死に作品を奪い合わなくても、自分は安全に幾つもの作品を手に入れることができる。このことにより、トップ10に初めて入った者の多くは、次回でランク外へ落ちてしまう。この戦場では技術も大切だが、何より精神が重要視される。
誰よりも強い飽くなき欲望が、勝利を掴む最大の原動力。
「今日の戦いって凄いんだよね? ネットによると、他に彷徨える帽子と雑食紳士も参加するって書きこまれていたよ」
そう、今回の戦いはスカウトに来た両名も参加する。それどころか、二つ名を持つ猛者たちも何名か参加を表明している。
雑食紳士が自らのブログで、参加する日時を公表したのがそもそもの始まり。これは、彷徨える帽子への宣戦布告であるのは、誰の目から見ても明らかだった。
そして、あからさまな挑発に彷徨える帽子は乗った。雑食紳士のブログに書き込み、参加を表明した。それを確認した俺も同じく、その戦いへの参加を決意表明する。
これを確認した多くのレンタランカーは戦慄した。この第四地区におけるトップ3が同じ戦場で争う。ただでは済まない。誰もが抱いた想いだろう。
AC専用掲示板ではこの戦いの勝敗を巡って予想が飛び交い、注目度は日が近づくにつれ、天井知らずに上がっていく。
この戦いに巻き込まれないように、参加予定だった日をずらす者。逆に猛者たちの戦いを生で見る為に参加を決意する者。トップ3の地位を狙い戦いを仕掛ける者。多くの思惑が渦巻く戦場が今日開かれる。
「さて、どうなることやら」
この日の為に腕を磨いてきた。どんな些細な情報も掻き集めてきた。体調も万全。後は全力を尽くし天運に身を任せるだけだ。




