十二話
「あけましておめでとうー!」
一月一日、午前零時。毎年恒例、神社での年越しを迎え、いつものメンバーで今年も近所の神社にやってきた。
本人曰く、貴重な古着で結構高いらしい革ジャンを着た、頭も軽ければ腰も軽いでおなじみの、波多野緋斗。今も賽銭箱への列に混ざりながら、周囲の女性を採点している。
「あの娘は七十二点かな。隣は……引き立て役なんだろうな、五十五点」
「緋斗、失礼だよ。女性に点数をつけるなんて」
緋斗の脇腹に軽く肘を入れたのは、所想だ。一見するとショートカットの似合う女の子。じっくり見ると、とても可愛らしい女の子。
本当は神様が性別を間違えたとしか思えない、男の子(仮)。フードつきのふわふわした素材のコートが、似合いすぎている。実際、この神社に来てから何人もの男に声を掛けられていた。
俺を含めたこの三名は、学校でも一緒だが遊びに行くときも、三人揃うことが多い。この年越し初詣も今年で三回目。毎回変わり映えのない話なのだが、今回ばかりはそうではない。
「大晦日の夜は、こたつで紅白と決まっていたのだがな。こいうのも悪くは無い」
高飛車で落ち着いた感じを演出しようとしての口調なのだろうが、右手に綿菓子、左手に焼トウモロコシを握った状態では説得力がないよ、むっちゃん。
「少々割高ですが、屋台の食べ物というのは、どうしてこうも魅力的に映るのでしょうか。味も安っぽいというのに、何故か美味しく感じますね」
雑食紳士は相変わらずのタキシード姿で、たこ焼きを食べている姿は結構シュールだ。タキシードに屋台は似合わない。
「生成様。お誘いありがとうございます。主はこんな性格ですから、友達もろくにいませんので、本当に嬉しいのでしょうね。はしゃいでいる姿が滑稽で……爺は嬉しゅうございます」
ハンカチを取出し目元に当てているが、涙は一滴も出ていない。
「て、適当なことを言うな! 友達なら山ほどいるぞ。ほら、あれだ、ジョイとか」
「それは主の愛猫でございます」
言い争いというよりは、じゃれあっているようにしか見えない二人を見て、ほっと安堵の息を吐いた。どうやら、二人の仲は完全にとは言い難いが、ある程度は修復されたようだ。
「いやー、でも、生成が女の子連れてくるとはな。思いもしなかったぞ。他に呼びたいとは聞いていたが、まさか女だったとは」
緋斗がなんか失礼なことを口にしている。
「僕もちょっと驚いたよ。女っ気がないのが売りだったのに」
何故か残念そうに想が呟く。ちょっと待て。そんなものを売りにした覚えはない。
「もしかして、彼女……とか?」
「ないだろ。コイツの恋人はライトハンドおぉぉぉっ!」
その場で素早く上半身を半回転させ、遠心力の乗ったツッコミを緋斗に叩き込んだ。ちょっと力加減を間違え、周囲が暗いので目測をも誤り、喉元に水平チョップを叩き込むような形になってしまった――偶然とは恐ろしい。
「友人が陸揚げされた魚のように、地面で跳ねているが……いいのか?」
むっちゃんは優しいな。あんな野郎を気遣ってあげるなんて。
「ああ、いいんだよ。いつもの事だし。それにただでは転ばない男だから」
そういって、親指で地面に転がる緋斗を指した。そこには、苦しそうに身悶えしながらも、ローアングルから女性の足元付近に視線を這わしている変態がいた。
「凄い根性だな」
「男としては分からなくもないですが」
二人が呆れを通り越し、感心している。
そんな馬鹿な事をしている間に並んでいる列が前に進んだので、未だに寝転んでいる緋斗の右足を掴み引きずっていく。
「石畳で、俺のビューティーフェイスが削られるっ!」
足元で何かが戯言を発しているが、ただの雑音だろう。
「やあ、そこの御嬢さん。俺と一緒に石畳の感触を楽しまないかい?」
緋斗がキリッとした表情で隣に並んでいた女性に声をかけている。まだまだ、余裕があるようだ。
その状態で列は前へ前へと進み、我々の順番となった。
賽銭箱へ五円を入れる。毎回思うのだが、この上からぶら下がっている鈴は何回鳴らすのが正しいのか、いつも迷う。
正式な参拝の仕方なんて知らないので、周囲を参考にして二度ほど鳴らしておく。背筋を伸ばし、手を打ち合わせる。
さて、何を願うか。幸運にも昨年は、ACで第四区トップランカーの地位を手に入れることができた。そのお礼でもしておこうか。
いや、冷静に考えると神様にこのお礼をしたら失礼にならないか。でも、彼女が欲しいという願いも、行きつく先は似たようなものだから、たぶん大丈夫だろう。
願いというよりも、感謝の言葉を神様へ伝えておく。周りの願い事が気になったので、横目でみんなの様子を確認する。
緋斗は完全に復活し、一心不乱に願いを口にしている。
「彼女ができますように。できれば、別れ話を切り出した時に。後腐れなく別れてくれる都合のいい彼女が」
最低な願い事が聞こえた気がしたが、夜風に紛れて聞こえなかったことにしておこう。
「想いが伝わって、振り向いてくれますように」
うんうん、こういう願い事っていいよな。恋愛関係の願いはこうでなくては。
ただ、少しだけ気になる点を挙げるとすれば、熱心にその願い事を唱えているのが、想だということと、頬を染めこっちを横目で何度も確認していることぐらいだろう。
「県大会一位になりますように」
むっちゃんの願いは、この部分だけ聞けばとても爽やかな青春の香りがするのに、実際内容がアダルト作品の奪い合い。なんだろう、このギャップ。
「世界中の女性が曜日ごとに、制服を着るようになりますように。月曜日はナース。火曜日は巫女服。水曜日はミニスカスーツ。木曜日は水着。金曜日はセーラー服。土曜日はネグリジェもしくはパジャマ、日曜日は自由形でお願いします」
雑食紳士の欲望が溢れすぎた壮大な願いだが、これが叶えられる日はこないだろう。
内容はともかく、みんな願い事はあるのか。なら、俺も一つぐらい願い事をしておこうかな。とはいえ、咄嗟に思いつくわけもなく、後ろに並んでいる人がいるので時間を掛けてもいられない。ここは、誰かの願いと同じにしておこう。
やはり、ここは雑食紳士の――違う。むっちゃんの願いが、かないますように。
年が明け、一月二日の新年早々に俺はAC内部、大会議室にいた。ここは各地区の中でも最も大きいとされている建物なのだが、戦場であるレンタル品が並んである区画は、全国どの地区も同じ大きさと定められている。だが、ここは地方を統括する場所らしく、その他の整備やレンタル品を保管している巨大な倉庫もあるので、建物の総面積が地元第四地区の三倍はあるそうだ。
「年が明けてまだ二日目だというにに、俺は何をやっているんだ……」
会議室には純白のテーブルクロスが掛けられた丸テーブルが幾つもあり。その丸テーブルには、軽い食事と飲み物が置かれている。テーブルの中心部には、紙でできた小さな手書きの看板のような物がある。
それには、数字が書かれていて、俺がいるテーブルは四となっている。
「今年は結構入れ替わりが激しいようですな」
同じテーブルに立つ雑食紳士が辺りを静かに観察している。
「俺も生成も今年が初めてだから知らないが、そうなのか?」
対極的に辺りを忙しなく見まわしているのは、むっちゃん――いや、ACが絡んでいるときは彷徨える帽子か。格好も、いつもの戦闘服だし。
「そうですね、昨年と同じメンバーの地区もあるようですが、全員が同じメンバーの方が少ないですよ。昨年、全国大会の切符を手に入れた第一地区もメンバーが一人、違う人になっていますね」
と言って、顔を斜め前のテーブルへ向けた。テーブルの上には一の文字。その周囲に三名の男がいる。
一人は黄色く染めた髪に、耳には幾つものピアス。体に密着した上下黒のレザーに手首には無駄に大量のブレスレットを付けている。ヘビメタやロックバンドのボーカルだと言われたら納得してしまう格好だ。
もう一人は、一言で表現するなら地味。締まりのないお腹に、クリーム色のセーター。紺色のジーパン。頭はセンター分け。顔は特徴がないのが特徴といった、印象に残らないどこにでもいそうな顔。
最後の一人は柔和な表情をしていて、丸坊主で作務衣姿が良く似合っている。違うとは思うのだが……あまりに違和感のない姿に、本物の僧侶に見える。
「あの地味なセンター分けの方が前回はいませんでしたよ」
存在感がないから、覚えてないというオチじゃないことを祈る。
「おしゃべりはここまでしようか。そろそろ始まるようだ」
大会議場の灯りが一斉に落とされ、大会議場の正面にあたる一段高くなった場所がスポットライトに照らされる。
「皆さんようこそおいでになられました。私が県知事の――」
テレビで見たことがある、ダルマのような体格をした恰幅のいい男性が長々と意味のない話を続けている。要約すると、今から抽選会を始めるそうだ。
五分ほど無駄に自分の功績やらを語っていたが、話のネタも尽きたらしく、司会進行役にマイクを譲った。マイクを受け取ったのはAC建物内でよく見る、AC事業部の制服を着た女性だった。
「県知事さんの無駄に良いお話も終わったので、お待ちかねの抽選会、はっじまるよー」
あまりに砕けた口調と馬鹿にした言葉の内容に、舞台袖に引っ込もうとしていた県知事の顔が一瞬怒りに歪むが、すぐに苦笑いへと移行した。
どうやら、AC事業部は治外法権だというのは嘘ではないらしい。県知事ほどの権力者であろうと、AC社員に苦情の一つも言えないようだ。
舞台の上から白い幕のような物が降りてくる。それにはトーナメント票が描かれていて、AコーナーとBコーナーに分かれ、それぞれ1から8の番号が打たれている。四回勝てば県大会優勝となるのか。
「ではでは、第一地区代表者から順番に舞台へ上がってください。この何が出るかなボックスに手を入れて一枚引いてくださいね」
第一地区のテーブルから歩み出たのは、坊主の男性だった。あの人がリーダーか。
「さあ、前県大会の覇者は何を引くかっ! 運命の一瞬です!」
ボックスから一枚の紙を引き、司会者へと手渡している。その紙を受け取ると何度も大げさに頷いている。
「第一地区が引いたのは……A-4!」
できれば、Aコーナーは避けたいな。実力者であるのは確かなのだから、戦い方を見て対策を練りたい。地区大会の戦いは録画してあるのを後で確認はできるが、能力のない相手との戦いでは参考にもならない可能性が高い。
「第四地区代表者、前へ!」
っと、俺の出番か。悩んでいる場合じゃないな。ここはBコーナーを引いてくるか。運の良さには定評が――全くないが。
「じゃあ、ちょっくら言ってくるよー」
「別に何番でもいいからな」
彷徨える帽子が微笑んだように見えた。口元しか見えないのでおそらくだが。そして、俺の背中を軽く叩き、送り出してくれる。
「さて、何が出るかな」
無造作にボックスへ右手を突っ込み、なんとなく奥の方が良い気がしたので、手を下まで潜らせ一枚を引き抜く。それを、司会進行役のお姉さんへ差し出した。
「では、第四地区の番号は……B-2!」
お、結構いいところじゃないだろうか。Aコーナーでもないので、順調に勝ち進めば第一地区と当たるのは決勝ということになる。対戦相手であるB-1はまだ埋まっていないので、どんなチームが来るのか期待半分、不安半分といったところか。
「まずまずの場所ですな。第一地区の彼らと戦うのは決勝になりそうですね」
どうやら、雑食紳士も同じ考えだったようだ。
「ふむ、初戦でこちらの手の内がバレていないうちに倒すのも、ありかと思っていたのだが」
そうか。こちらの《Sデザイア》が知られていないうちに、戦っておいた方が得策だったかもしれない。この結果が吉と出るか凶と出るか。
「――番号はB-1!」
相談中に対戦相手が決まったようだ。司会者の声に反応して俺を含めた三人が一斉に、舞台へ注目する。
黒縁のメガネを掛け、にこやかに微笑んでいる長身の女性がそこにいた。
「初戦の相手が……女性だと」
県大会初っ端から楽にはいかせてくれそうにない。そんな未来をひしひしと感じていた。




