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マロンはもう一度、家に帰りたい  作者: 本沢マロン


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第17話 彩の誕生日会は五十人

■鳴瀬家・居間


 昼前、マロンは少しだけ居間のソファへ移された。


 ベッドに寝かせておくよりも、真琴の目が届きやすいかららしい。


 もちろん、歩き回ることは許されていない。


 マロンはソファの上に座らされ、毛布をかけられていた。


 この姿は、犬だった頃の昼寝に少し似ている。


 けれど、自分で好きな場所へ移動できないので、やはり違った。


 マロンが毛布の中でじっとしていると、真琴と彩の話し声が聞こえてきた。


「ねえ、ママ」


「なあに?」


「今月、私の誕生日でしょ」


「二月二十七日ね」


「誕生日会、イベントホールでやってもいい?」


 イベントホール。


 鳴瀬家の奥には、催し物に使う大きな部屋があるらしい。


 マロンはまだ見たことがない。


 人が集まって、何かの会をする場所だという。


 誕生日会。


 マロンは、本沢家で祝った誕生日を思い出した。


 小さなケーキ。


 ろうそく。


 家族で歌を歌い、おめでとうと言う日。


 鳴瀬家でも、真琴と彩とマロンで祝うのだろう。


 栄と昭恵も来るかもしれない。


 誠は仕事でいないかもしれない。


 それでも、家族で集まるのだと思っていた。


 しかし、彩は続けた。


「クラスのみんなを呼んでもいい?」


 マロンは動きを止めた。


 クラスのみんな。


 学校にいる子どもたちのことだろう。


 それは、何人くらいいるのだろう。


「みんなって、何人くらい呼ぶつもり?」


 真琴も少し驚いた声を出した。


「クラス全員と、あと仲のいい子とか、いつもお世話になってる人も少し」


「それで、何人くらい?」


「五十人くらいかな」


 五十人。


 マロンは目を見開いた。


 五十。


 それは、かなり多い。


 誕生日会というより、お祭りではないだろうか。


 犬の群れでも、そんなに集まったところをマロンは見たことがなかった。


 真琴は、少し考えてから答えた。


「イベントホールなら、入ることは入るわね」


「でしょ?」


「あそこは数百人入れるから、人数だけなら大丈夫だと思うけど」


 数百人。


 マロンはさらに固まった。


 数百人が入る部屋。


 鳴瀬家の中には、小さな公園のような場所でもあるのだろうか。


 鳴瀬家は、やはり広すぎる。


「でも、ちゃんとお祖父ちゃんに許可を取りなさい」


「おじいちゃんに?」


「イベントホールを使うなら、準備も人手も必要でしょう」


「はーい」


「それから、みんなをご招待するなら、招待状も必要よ」


「招待状?」


「カードやお手紙を出すの。いつ、どこで、何をするのか、きちんと分かるように書かないと駄目よ」


「分かった。じゃあ、かわいいカードを作る!」


 彩の声が明るくなった。


「私、部屋で考えてくる!」


 ばたばたと足音を立て、彩は居間から出ていった。


 マロンは毛布の中でじっとしていた。


 彩の誕生日会。


 イベントホール。


 クラス全員。


 五十人。


 招待状。


 分からないことばかりだった。


 ただ、とても大きなことが起ころうとしている気がした。


■鳴瀬家・真尋の部屋


 昼過ぎ、マロンは再び自分の部屋へ戻された。


 真琴が布団を直してくれる。


 マロンは、すぐに起き上がろうとした。


「みち」


「今日は行きませんよ」


 真琴は、マロンが何を言いたいのか分かっていたらしい。


「顔に書いてあるわ」


 顔に書いてある。


 マロンは驚き、自分の頬へ触れた。


 顔にも文字が出るのだろうか。


 けれど、何も書かれていない。


 真琴は、その様子を見て少し笑った。


「そんなに慌てなくても、道はなくならないわ」


「なくならない?」


「ええ。道は、明日も明後日も、そこにあるでしょう?」


 それは、そうかもしれない。


 けれど、マロンは不安だった。


 昨日見つけた道を、早くもう一度確かめたい。


「みるだけ」


「だめです」


 真琴は、やはり強かった。


「だいじょうぶ」


「昨日も大丈夫と言って、すごく興奮していたでしょう」


 マロンは布団へ沈んだ。


 もうすぐ本沢家へ近づけると思った。


 それなのに、散歩へ行くこともできない。


「そんな顔をしないの」


 真琴が、少し困ったように言った。


「元気になったら、また少しずつお散歩しましょう」


「ほんと?」


「ええ。でも、昨日みたいに急に走ろうとしたり、道路へ行こうとしたりしては駄目よ」


「……うん」


「手を離さないこと。急に行かないこと。興奮しすぎないこと」


 大切な条件だった。


 それを守れば、また散歩へ行ける。


 帰宅作戦は、完全に終わったわけではない。


 今は、少し止まっているだけだ。


 次に知っている道を見つけても、静かにする。


 電信柱へ走らない。


 大きな声を出さない。


 見て、覚えて、あとで考える。


「まもる」


 マロンは真剣に答えた。


「約束ね」


「やくそく」


 約束。


 神様と犬神様との約束もある。


 自分がマロンだったことを話してはいけない。


 トラブルを起こしてはいけない。


 鳴瀬家も大切にする。


 そして、真琴との約束も守らなければならない。


 もう一度、散歩へ行くために。


 マロンは布団の中で、小さな手を握った。


 夕方になると、彩が花の絵のついたカードを持ってきた。


「マー君、これ見て。かわいいでしょ」


 カードには、まだ何も書かれていない。


 これから誕生日会のお知らせを書くのだという。


「これを、クラスのみんなに配るの」


「みんな」


「そう。みんな来てくれるかな」


「ごじゅう?」


「たぶん、それくらい」


 やはり、五十人らしい。


 マロンは少しだけ身を縮めた。


 誕生日会というより、大きな群れの集まりだった。


 鳴瀬家のイベントホールは、そんな群れでも入れる場所らしい。


「マー君も来る?」


「いく?」


「うん。私の誕生日会だよ」


 マロンは少し考えた。


 知らない人が五十人も来る。


 少し怖い。


 けれど、誕生日会は大切だ。


 本沢家でも、家族の誕生日は大切にしていた。


 この家も大切にすると、神様たちとも約束している。


「いく」


 マロンが答えると、彩は嬉しそうに笑った。


「じゃあ、マー君も来てね」


「うん」


「でも、無理しちゃ駄目だよ。昨日みたいに倒れたら困るから」


「たおれてない」


「でも、お医者さん来たじゃん」


「……うん」


 そこは言い返せなかった。


 医者が来たのは事実だった。


「私、招待状を作ってくる」


 彩はカードを胸に抱え、部屋を出ていった。


 二月二十七日。


 彩の誕生日会。


 五十人。


 イベントホール。


 何が起こるのかは、まだ分からない。


 けれど今のマロンには、それよりも気になることがあった。


 昨日見つけた、本沢家へつながるかもしれない道。


 そこへ行けないことが、胸の奥に重く残っている。


 マロンは布団の中で目を閉じた。


 颯くん。


 阿澄さん。


 しーちゃん。


 もう少し待っていてください。


 昨日、知っている道を見つけました。


 でも、しばらく散歩へは行けません。


 マロンは、興奮しすぎて失敗しました。


 次は、静かにします。


 だから、必ず帰ります。


 今日は、前へ進む日ではなかった。


 立ち止まる日だった。


 それでも、道はなくならない。


 真琴がそう言った。


 ならば、あの道は明日もある。


 明後日もある。


 本沢家も、きっとそこにある。


 マロンは、それを信じることにした。

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