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第二部 その参 愛とはお互いを見つめ合うことではなく、共に同じ方向を見つめることである。 フランス人作家・パイロット アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ ⑤

「夕陽ちゃんは先輩と出会って何年?」


 部屋から出るや否や、若葉が嬉しそうに夕陽に話しかけてきた。


「二年ちょっとです」

「そっか。まあ、『ながと』は空母として錬成中だから、まだ一緒に居れると思うけど、来年あたりには異動で離れ離れになるかもしれないわね」

「あ……」


 そうだった。異動の多い幹部自衛官。いつまでも一緒に居られないのは当たり前だった。


 彼との時間が幸せ過ぎてすっかり忘れていた。いや、無意識のうちに考えないようにしていたのかもしれない。急に不安が渦巻き始める。そんな夕陽の心情を察したのか、若葉が夕陽の背中をポンと叩いた。


「大丈夫。敏生先輩のことだから、色々と考えていると思うわ。夕陽ちゃんのこと、本当に大切にしているみたいだし」

「そ、そうなんですか?」


 もちろん、大切にされているのは痛いほど感じている。

 だが、それはあくまでも主観で、自信が無い。だから、昔の敏生を知っている彼女に、客観的に教えてもらいたかった。


「うん。あんなに鼻の下伸ばした先輩は初めてよ。防大の時はとにかく女の子の扱いが雑だったからねー。休みの前日なんか、和馬や刑部先輩と連れ立って〝ナンパに行くぞ!〟って、何故か女のあたしらも一緒にクラブに連れていかれたわ」


 当時を懐かしむように、笑いながら話す若葉。


「ええっ?」

「社会勉強だ、ってね。でも敏生先輩はナンパなのに、自分からは全く声掛けないの。後が面倒なのは嫌だ、って、向こうから寄って来た女しか相手にしてなかった。まあ、あのルックスと性格だから、列が途絶えることは無かったけどね」


 空自最凶の女たらしと言われた、かつての敏生らしいエピソード。


「そんな先輩を変えたのは夕陽ちゃんなんでしょ? 刑部先輩から色々と聞いたわ」

「あたしなんか……、ただ、敏生についていくので精一杯で……」

「謙遜。この前の演習で最後にアタックを掛けてきた戦闘機、夕陽ちゃんでしょ?」

「え? 何で分かったんですか?」

「演習の後、和馬に教えてもらったのよ。あれが有名な女性パイロットのイデアだ、って。で、刑部先輩に探りを入れたら、敏生先輩の彼女だ、って言うから二度びっくり」


 有名? 自分が? そっちの方がびっくりだ。


「……あれは、あたしに手柄を取らせようと、敏生が囮になってくれたんです。結局、やられちゃいましたけど」

「いや、あれはすごく焦ったわ。ギリギリまでレーダーで捕捉できなくて。あの時、あたしがワッチで、視認した時はCIWSをオフにしてたから、間に合わないと思ったわ。あんな低空で進入して来て、艦内は大騒ぎだったわよ」


 相手側はそんな状況になっていたのか。個人的な手応えはあったものの、敏生が「やっぱり、あいつにしてやられたな」と言っていたので、結果は惨敗だと思っていたのだが。


「あの凄腕女性パイロットに、まさか今日こうして会えるなんて、思ってもみなかったわ。てっきり、連れは刑部先輩だと思ってたから、夕陽ちゃんと会えてすごく嬉しい」

「あたしも、若葉さんと知り合えて、すごく嬉しいです!」

「ありがとう。仲良くしようね」

「はい!」


 女性店員から生簀に居る本日の魚の説明を受け、捌く順番が回って来るまで、どれにしようかと二人で魚を眺める。

 恋人との婚約を決めた若葉。魚よりも、彼女に色々と話を聞いてみたい、と思った。


「あの……、若葉さんは防大時代に槙村さんと出会われて、付き合い始めたのは一年半前なんですよね? いつから槙村さんとの結婚を意識されていたんですか?」

「へへ。実は防大の頃から、って言ったら驚く?」

 そう言うと若葉はニッと笑った。


「えっ? だって当時は仲悪かったって……」

「子供だったのよ。本当は好きなくせに素直になれなかったってやつ」


 その言葉にドキッとする。どこかで聞いたような話。


「バカだよねー。結局、想いを伝えられないまま彼が卒業しちゃって。あの時はいっぱい泣いたわ」

 当時を懐かしむかのように若葉が言葉を紡ぐ。


「だから、再会出来た時はすごく嬉しかった。今度こそ素直になろう、って心に決めて」

「じゃあ、若葉さんから告白されたんですか?」

 若葉は苦笑いを浮かべると、首を横に振った。


「それがあたし、また同じように突っかかっちゃってさ。それまでがそれまでだったから、どんな態度で接していいか分かんなくて。そんなある日、彼から言われたの。〝お前、実は俺のこと好きだろ? 俺もお前のことがずっと好きだった〟って」


 男前な彼女が見せる女の表情。自分もこんな表情で敏生のことを見ているのだろうか? 


「結局、彼の方が一枚も二枚も上手だったのよ。あたしの気持ち、ずっと昔から分かっていて、ずっと待っていてくれた」

「素敵……。かっこいい人ですね、槙村さん」


 若葉は照れたように頭を掻くと、悪戯っぽく人差し指を口に当て、ウィンクした。


「これ、誰にも言っちゃだめよ? あたしのトップシークレットなんだから」

「はい! ちゃんと内緒にします。すごく参考になりました」


 長年の恋を実らせた彼女。

 自分なんか、まだ彼と出会って二年、付き合って半年ちょっとだ。焦る必要なんかない、と改めて自身に言い聞かせる。

いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。

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