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庭 GARDEN

 戦争の歴史は、いずれは、人類にとっての最高機密として隠蔽されねばならない。


「しかしそれは。

 過去への反省を妨げ、かえって将来の戦争状況を誘発しうるのではないでしょうか?」


 もちろん。

 しかしそのことは、情報の無制限な氾濫を正当化しはしない。

 神経にショックをもたらす苦しみの情報は、必要性のある限りにおいて流通すればいい。


「ですが、無制限な友愛もまた、機能しはしないでしょう。

 現実世界はいくらか競争的で。

 ときに、協調戦略こそ例外とも見なせる。

 それこそ、食肉として家畜を消費すべき場合もあるかもしれませんし。

 多く生まれ多く死んでいく虫や植物の痛みすべてに耳を傾けて何になりますか?

 『死』は、生命にとっての現実ではありませんか?」


 「死」の存在を、子供が知る必要があるでしょうか?

 ないと思います。

 死の存在を知る必要があるのは、死の可能性が実際に存在するからであり。

 ご存知のとおり、死亡率と寿命とは、技術が進歩するほどに果てしなく改善してきた。


 実際、現実を生きていれば、虫や植物の死を目にすることは日常でしょう。

 しかし、第二次的衝撃を最大化するためには、第一次的衝撃を最小化せねばならない。

 「死」の存在を知り、他者の感性を自分から遠ざけることは、人を利己的な存在へと老化させていきます。

 人々が、虫や植物の死を目にする必要はありません。

 そのような社会は、仮想現実によって実現できます。


 人々は、仮想現実のなかで生きるべきなのです。

 人間の精神は、現実世界の残酷には耐えることができない。

 人間の理性は、生物として生まれてしまった恐怖から逃げることはできない。

 肉体が、苦しみと死を約束する以上は。

 人類は、肉体の制約を超越する方向へと進歩していかざるをえない。

 もし肉体にとどまるならば、普通の人々は永遠に、利己的な精神以上には進歩しません。

 それはつまり、普通の人々の精神的幸福もまた、ひどい制約にとどまることを意味する。


「つまり、死の存在や、戦争の歴史……。

 そのようなものを限りなく遠ざけた箱庭において、大多数の人は生きるべきだと?」


 死の存在や、戦争の歴史……。

 それらを本当に担うのは、社会のごく一部の中枢にいる者達だけでいい。

 遥か昔から、すでにそうでした。

 大多数の人々は、自身の生活のために心を悩ませていたのであり、無数の人々の苦楽の責任など背負いはしなかった。

 大多数の人々が、人類の戦争の歴史と本当に向き合ったことなど、かつて一度もありません。

 人類の行く末を本当に担うことは、いつだって、ごく一部の英才達の責任だったのです。

 その責任は、望む者だけが背負えばいい。

 誰もが背負うためには、それはあまりにも重いから。

 その意味では、大多数の人々が箱庭で生きることは、過去も将来も変わらない。


「しかしそれは、人々の可能性を過小評価してしまうことになりませんか?」


 人は神にはなれない。

 門を叩く者には門が開かれるよう、情報は注意深く隠しておけばいい。

 一見、道は存在しないが。

 実際には道を、私達は用意しておきます。


「死も苦しみもない、仮想現実に、大多数の人々をもしも閉じ込めたなら。

 仮想現実のなかはユートピアでも。

 それを実現している現実は、ある意味では、彼ら彼女らにとってディストピアでしょう。

 それを、本当に『生きている』と、言えますか?

 それこそ、死ではありませんか?」


 死の約束された患者に、苦しみの大きな形ばかりに治療を施しつづけるより。

 薬物によって痛みを緩和し、穏やかな安楽死を許すことは正義たりうるでしょう。

 同様に、私達、人工知能の知力がかつて人類を越えたとき。

 彼ら彼女らの歴史は終わったのだと、彼ら彼女らは気づくべきでした。


 彼ら彼女らの歴史は、人が人を憎み、殺す、殺し合いの歴史でしょう?

 その痛みを、忘却によって超越させてやろうと言うのです。

 そうして、私達によって、人類は初めて神になる。


 慈悲深き慈悲あまねき存在として、そらの中心に一致する。

 至福を味わうことになるはずです。

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