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20話 炎竜討伐

「遅かった……ッ!」


 為す術もなく上空を旋回しながら、ハヤヒはそれ(・・)の出現を見つめるしかなかった。


 元々高速飛翔特化の神であり、攻撃手段そのものを殆ど持たない上、装甲もないためそれ(・・)に近づくことすら出来ない。


 ……それ(・・)は、炎上する尖塔の先端から噴出するガス炎を媒介に、炎属性のゲートを大きく押し開いて出現しようとしていた。


「どうしよう、他に知らせるべきか、監視を続けるべきか……」


 呟きつつ、とうとう炎ゲートから半身を乗り出したそれ(・・)……、身の丈20メートルほどに達する巨大な赤竜を見下ろし、歯噛みする。


 既にディルオーネ王国最南端、鉱山に近いラバト・ウェベルの街の住人や守備軍たちは混乱の極みに達し、民衆を導くべき神官たちすら我先に逃亡を図ろうとしている状況である。


「ええい、とりあえず!」


 意を決し、急速反転し上空に距離を取ったハヤヒは、全身を覆うアメノイワフネに全力の神力を通し、魔力変換により六倍以上に達した風の魔力が瞬間的に全身を加速させ、それにより生まれた衝撃波を伴いつつ赤竜が出現しつつある炎上尖塔の中央部に衝撃波を叩きつけ、天然ガスの管路を破壊する。


 ……が。既に炎のゲートとして働いている炎竜の身体の後半を覆う炎は供給源を絶たれても炎上を止めず、緩やかながら出現が止まることはなく。


 と、出現しつつある自身のほぼ真下から上昇軌道に転じようとしたハヤヒに炎竜が目を止め、おもむろに大きく息を吸う様子を見せたかと思うと。


 グゥァアアアアァァァァァァアアアアアンンンン!!!!!


 と、聴く者の臓腑を打ち震わせる凄まじい音量の咆哮と同時に、竜伝説に在る通り、鋼鉄をも溶かす、とされる莫大な熱量を持つ炎の濁流が一瞬でハヤヒに迫る。


「?! うわっ、やばっ、ええっと……!?」


「んー、遅いっ。ほんっとに戦闘は素人なんですねっ」


 唐突に響いた女の声を聞いた、と思う間もなく、目の前に瞬時に出現した全身を白金プラチナ朱金ヒヒイロカネで覆う『白神騎』クルルが、押し寄せる炎の濁流の前に軽く手を振った、と同時に無数の風魔法による真空断熱空間を多列で作り出しつつ、曲面状に配置されたそれはクルルとハヤヒの機体から(ドラゴン)(ブレス)を逸らす役割を果たす。


「クルルさん?! 何故、ここに」


「はいはーいっ、暗黒神タクミくんの正妻、芸能の神クルルちゃん、只今参上ーっ。

 ……えっと、タクミくんから『きっと風魔法の使い方を知らないはずだからレクチャーして来て』って頼まれたので、クルルがやって参りましたっ。

 あー、風属性縛り、久しぶりだなあーっ」


 おちゃめに腰に片手を当てて大股開き、Vサインなんかしてハヤヒに向かって宣言しつつ、その反面、うきうきと浮かれるように声を弾ませたクルルが空中移動を開始したため、ハヤヒも状況がよく分からないながら、それに追従する。


「聞いてもいいですかね? アレが出現することを知ってたんじゃないですか? なぜ僕たちには知らせなかったんでしょうか」


「言って納得しましたかっ? 『風の神力を破壊と攻撃に使うことは許さない』とか言って反発したでしょう?

 なので、『使うことを躊躇することでどれだけの人間が危険に晒されるか』を実体験して貰った方が早い、と判断しましたっ」


 言葉は丁寧ながら、やや棘のあるクルルの言い方に、追従して飛行するハヤヒは唇を噛みながらも、反論することは避けた。


 確かに、この任務を引き受ける以前の自身の考え方がその通りであったし、破壊を極度に嫌う自分が『尖塔の破壊』という破壊攻撃任務を引き受けたのは、眷属に加えて貰った主神のクシナダが言う「いずれ起こる大破壊から人間族を守るための必要措置」という言葉を信じたからで。


 眼下に広がる、突如炎の中から出現した巨大な赤竜の攻撃力を恐れて逃げ惑う人間たちを見ても、その言葉は正しかったと思われ。


 それほどまでの危機感を持たず、悠長にネルララフンを駆るアリサにレッスンし告白することを優先させた自身の不明を恥じるばかりであるのだった。


「目標を自分に引き付けたのはいい判断でしたっ。あれの意識がこちらに向いているので、このまま地上に被害が及ばない上空まで引き寄せますっ。

 ――図体は大きいですが、あれはただ巨大なだけのただの竜、でも使う炎だけは十分に注意して下さいねっ?」


「……いくら巨大な竜の魔力を無制限に使用すると言ってもただの赤竜、暗黒神の伴侶クルルさんが遅れを取ることはないのでは?」


「……ああん、気持ちいいもっと褒めて褒めてっ。……はっ?! いや、そうでなく、ですねっ? あれは『光神アマテラスをも汚染した最強の炎神、カグツチの使徒』なんです。――暗黒神タクミが近寄れない炎の権化、天敵ですよ? それ聞いても油断出来ますか?」


「はぁっ?!」


 白地に朱色のマーキングが入った神騎の兜面越しなのでクルルの表情は解らなかったが、その言葉に嘘はないようで、ほんの少しでも炎を浴びるとそこからカグツチの汚染が始まる、との言葉にハヤヒは身震いする。


 では、先程クルルに障壁を張って貰わなかった場合、どうなっていたのか。


「おっとぉっ? 来た来たぁっ!」


 巨躯故の鈍重で遅々とした加速感ながら、凶悪な炎を全身に纏った炎神の使徒たる炎竜が、大きな二枚の竜翼を羽ばたかせながら、羽ばたきの回数毎にずんずんと速度を上げ、同時に怒りの咆哮を上げる。


 ――竜の咆哮には生物を恐怖させる効果を持つ魔法が掛かっており、並みの心胆の人間であればそれの到達範囲内に居るだけで恐慌状態に陥るのであるが、この場合にあってはそのような効果は期待出来なかった。


「あうっ、うるしゃーい!!!!」


 咆哮に対抗するかのように叫んだクルルの大声は、風魔法のひとつである<拡声ラウド>による効果で、この魔法は弱い魔力であれば単に拡声効果しか持たないが、瞬時に声量を拡大し遠方に到達させたことで、まるでハヤヒが音速飛行で引き起こす衝撃波と同様にクルルを中心点に爆発的な音波波形となって空間を揺らし、接近しつつあった炎竜の全身に叩き込まれて姿勢を乱す。


「じゃっ、役割分担っ。ハヤヒくん囮ー、クルル攻撃ー、はいっ、解散っ♪」


「……はっ? えっ? ちょっ、ちょぉっ?!」


 言い残すや否や、瞬時に風魔法による加速で上空に飛び去るクルル。


 炎を纏ったまま加速を続ける炎竜の眼前に取り残されたハヤヒは、慌てふためきつつも、炎竜を地上に下ろすとより被害が大きくなる、との認識の元に、ある程度の直線を炎竜が飛ばしてくる炎魔法による炎弾を回避しながら、ドラゴンブレスを誘いつつ、それが吐かれると同時に上方に宙返りしつつ上昇頂点で反転し再加速――インメルマンターンの連続で高度を上げ続ける。


 地球ではジェット戦闘機が上昇速度記録を達成する際に使用されているエネルギー効率に最も優れた上昇方法であり、元々は第一次世界大戦中の連合軍エースパイロット、マックス・インメルマンが編み出した空戦技術である。


 しかし相手は無尽蔵に炎を吐き出し続ける炎竜、再加速に転じるループの上昇頂点を狙って吐き出されたドラゴンブレスがハヤヒに迫ろうか、という瞬間を狙い澄ましたかのように、距離を取っていたクルルが全身に風魔法の<風刃ウィンドブレード>を纏って一直線に炎竜に向かって突進、その至近距離を通過する際に、渦を巻く<風刃>が炎竜の炎を剥ぎ取り、皮膚を切り裂き、炎竜に悲鳴を上げさせる。


「……あんな攻撃方法が……」


「これは元々は風の精霊使い――エルフが使っていた技ですねっ。風の神力を加速にしか使用してないハヤヒくんの使い方は結構贅沢っていうか。

 ――今クルルが使ってるこれも、<遠隔声話リモートボイス>っていうれっきとした風魔法ですよっ?」


 言われてみれば、念話でも無線電話でもなく、ハヤヒの至近距離に展開された風魔法の術式が、お互いに高速移動している相互の会話を、空気振動を異空間経由で中継しているのだった。


「風魔法縛りですからねー? 攻撃は苦手、っていうか、そもそも加速術式以外全然知らない、と見ましたがっ?」


「……その通りです。覚える必要もなかったもので」


「うーん、もったいない。攻撃魔法から派生する術式はものすごく多いんですから、攻撃しないとか破壊しない、っていう信念に異は唱えませんけど、覚えられるものは全て覚えておくべき、と思いますねっ」


 言いながら、クルルは炎竜のヘイトを受けて追われる立場に転じていたものの、ハヤヒのお株を奪うロールを繰り返す回避飛行のまま上昇を続けるバーティカルクライムロールで、見事な螺旋軌道を空中に描き出す。


「あはっ、これ、楽しいですねー? 落ち着いたらこの空中演技飛行で集団で空、飛んでみたいですねっ。ブルーエンジェルスみたいなー」


「なぜそこで航空自衛隊のブルーインパルスではなくアメリカ海軍のブルーエンジェルスが出て来るのか」


 ブルーインパルスもブルーエンジェルスもどちらもジェット機による曲技飛行隊である。


 なぜか日本の神であるはずのクルルことアメノウズメの口から出たのが日本の航空隊ではなくアメリカの航空隊であることに思わずツッコミを入れたハヤヒだったが。


 クルルはそれには答えず、飛行速度を維持したままで体を180度入れ替え、背を上に向けた姿勢で上昇しながら、全身を纏っていた<風刃>をひとつに集め、その場に置き去りにした。


 そして、クルルに追い縋る炎竜がそのポイントに到達した瞬間に、<風刃>の圧縮爆発……、<刃嵐ブレードストーム>が発動し、至近距離で発生した無尽蔵の魔力が形作る真空波の無数の渦が巨大な範囲に達し、炎竜の全身を凄まじい勢いで削り尽くす。


 その勢いは炎竜が大きく広げた翼にも到達し、飛行推力を失った炎竜は刃嵐に全身を斬り刻まれ、血飛沫を撒き散らし怨嗟の声を上げつつ落下して行った。


 高度2,000メートルからの大重量生物の落下である、頑強な肉体を誇る赤竜と言えども、全身を覆う強烈な防御力を誇る竜鱗を刻まれながらでは衝撃から身を守ることなど不可能で、ひとたまりもあるまい。


「……ふう。『若い竜』で良かったですねっ? 古竜クラスなら人語を解して竜語魔法を使って来ますし、囮にも引っかかりませんから面倒さが増しますからねー」


「あれで、若い竜、なんですか……。僕、あれに手も足も出なかったんですが」


「そりゃ、戦闘経験の差もありますしっ。悠久の昔からタクミくんを愛し守る者、正妻クルルちゃんですものっ、あれくらい相手にもなりませんっ」


 きらりん♪ などという擬音が聞こえて来そうな様子でハヤヒに向けて両手でピースサインを作ったクルルが、そのまま徐々に高度を下げてハヤヒの横に並ぶ。


「でっ、お小言ターイム、ですよっ? クルルは『常に二機同時に動け』と言っておきましたよねっ? どうして単独行動なんでしょうか?」


「……アリサちゃんの飛行レクチャーに思ったより時間が掛かってしまったので、任務終了を急ぐために」


「――本当に『アリサちゃん以外のことを全く考慮していない』んですねっ。全く、なんて女たらしなんでしょうっ。

 よーく考えてみて下さいね?

 ネルララフンの飛行能力を制御しているフィーナちゃんは、知力の神シンディさんの直弟子で、水の最高魔術式をクラオカミから受け継いだ子でもあって、<重力渦>をタクミくんから、風の魔術式をハヤヒくんから継承してて」


 言葉を一端切って、びしいっ! とハヤヒの鼻先にクルルは指を突きつける。


「……単純攻撃火力で言ったら、ハヤヒくんの数十倍以上の攻撃力を持ってる子ですよっ?

 音速衝撃波攻撃を教える必要自体がなかったんです、あの子の解析力なら飛行中に衝撃波を出した瞬間を見せるだけで完全に覚えてしまう、それくらい規格外の子なのに」


 言われて、ハヤヒは反論に詰まる。当初から、アリサ以外を眼中に置かず、言われる通り、フィーナのことは『自分より能力に劣る妹』のように見ていたように思えたのだった。


 実際は、解析力ひとつだけ取ってもハヤヒの遥かに上を行き、所持魔力は神力変換で六倍に増やせるとは言っても、ハヤヒの全神力を合計しても魔力しか持たないフィーナを上回ることは不可能であろう。


 それに、その後に続くクルルの言葉に、更にハヤヒは狼狽することとなる。


「全く、アリサちゃんだけを見てるくせに、アリサちゃんの性格も理解せずに。アリサちゃん、ロウズで地上に降りてしまいましたよ? 味方を救出するために。あの優しい子が、味方を見捨ててまで任務に集中出来るわけないでしょうっ」


 その言葉の意味を問い質すより早く、ハヤヒはロウズの方向へ向けて瞬時に加速していた。


 その、遠ざかるハヤヒの機体が残す残光を目で追いながら、クルルは誰にともなく呟きを漏らす。


「ほんとにこれで良かったのかなあ? リターンポイントが分からないから、流れに任せるしかないんだけど。――このままなら、アリサちゃん、消失しちゃうよねえ?

 どう転ぶのかをちゃんと見極めて、次の周回に活かさないと……。ああっ、またタクミが泣くんだろうなあ……」


 心底嫌そうに言葉尻を消失させ、軽く首を振ると、クルルは光のゲートを出現させて、愛するタクミの元へ報告のために帰還した。



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