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19話 任務中断

『いい? 余計なことは考えないで、ただ任務を遂行することだけを考えてね? 最初の一本だけ、僕が一緒にやるから、そこで左回りと右回りに別れよう』


 未だ大混乱中のアリサ=フィーナの状況を知ってかどうか、事務的にただクルルに与えられた任務だけを告げつつ、ハヤヒはネルララフンを抱き抱えたまま慎重に降下に転じる。


 現在時速は3,600km/h以上、マッハ三、秒速1,000メートルを超えるこの速度では高度三万メートルからでも僅か30秒で地面に激突してしまう。


 それに、降下中も星の重力によって加速が続くのだ、推力と空気抵抗によるエアロブレーキングは慎重に調整しなければならない。


 幸いにして、『一度見たことは全て理解し再現出来る特技』を持つフィーナがネルララフンの全制御を担当しているからして、一度見せれば二回目からは完璧以上に制御出来るはず、と見込み、ハヤヒは降下中にそれらの飛行技術をも特に言葉にせず実践するに留めた。


『炎を消すだけでは再着火されるから、再着火出来ない損害を塔そのものに与える必要がある!

 だから……、さっきアリサちゃんが言った「衝撃波」を、高空からの打ち下ろしで発生エネルギーの全部を塔にぶつけて!!』


 叫びつつ、ぐんぐんと迫る地上のうち、街の中央部で他から隔離された、高くそびえ立つ尖塔に落下と見紛うほどのやや斜め上の急角度で接近したハヤヒは、接触するかと思われた速度から急上昇かつ大減速を行い、後方に引き連れていた音速衝撃波を全て物理エネルギーとして、尖塔を形作る耐熱煉瓦にぶち当てる。


 その波は、大減速急上昇を行ったハヤヒたちを容易く追い抜き……、



 どがああああああああああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあああん!!



 ……と、間近に落雷したかのような全身を震わせる爆音となって尖塔に叩き込まれ、フレンの街にそびえる神殿の炎上尖塔を粉々にし、耐熱煉瓦を周囲に飛散させた。


 尖塔は中途部分を破壊されたことで自重によりその場に折り重なるように崩れ落ち、先端で燃えていた炎は天然ガスの供給を絶たれたことで自然と消火してしまう。


「うわぁ……、すごっ!」


『覚えたかな? じゃあ、ちょっとレッスンに時間掛けすぎた感じもあるので、僕はトーティとラバト・ウェベルへ向かうね。アリサちゃんたちはロウズと王都ディールの方をお願い』


《判りましたっ! アリサちゃん、方向指示するね! まっすぐじゃなくて、一度上昇してから降下、だからね?》


「わかったぁ! ってかこんなでっかい矢印なら間違わないよっ、もうー、子供扱いしてっ。あたしの方が年上なんだからねっ??」


 アリサの不満通り、アリサの眼前に表示されたディスプレイ画面には黄色の大きな矢印が進行方向へ向けて示されており。


 その指示に従って姿勢を制御すると、フィーナが間髪入れず飛行パックの出力を増大させつつ翼面を可変させ、ネルララフンは矢のように加速しながら上昇軌道へ転じる。


『あっと、ひとつだけ忠告、ディルオーネ王国の軍隊の一部は銃棍を装備しているそうだから、絶対に地上には降りないで!!

 機体は神鉄加工だけど、翼の皮膜は柔らかい素材だから、撃たれたら貫通してしまうよ!』


「《了解ですっ!!》」


 相変わらず、矢、というよりも銃弾のような勢いで遠ざかるハヤヒのアメノイワフネを見送りつつ、その機体から伝えられた念話に勢い良く二人同時に頷く。


 どうやら、最高速度はネルララフンが上、つまり直線番長だが、加速と機動性はアメノイワフネに軍配が上がるらしかった。



――――☆



「済まん! 女王親衛隊に手を煩わせるとは、聖神軍団親衛隊の名折れ!」


「ごめんね、任務中なんでしょ? 私達のために任務中断させてしまって……」


「いいから! ほんとに大丈夫ですか!?」


 聖神軍団が侵攻中のロウズの街の神殿中央部の炎上尖塔を叩き折ったおり、なぜか単騎で籠城中のロウズの街中に入り込み、神殿手前で擱座し不動となっていたグロール・セリス組の戦車を発見し、ハヤヒに禁止されていた地上に降りる選択肢を早速取ってしまった。


《一応水魔法で血は増やしますけど、わたし、治癒術は修めてないので傷は塞げないんです、ごめんなさい》


 言葉通り、グロールとセリスがどうやらディルオーネ王国軍装備の銃棍からの射撃による傷――銃創はグロールの左肩を貫通し鎖骨を砕いたようで、グロールは服の袖を使って簡易的に左腕を固定してはいたが。


 傷口をも押さえ縛って固定しているとは言っても損傷部位が悪く血流の大本を止められないため、傷口から溢れ出る流血はグロールの左半身をぐっしょりと濡らし、それによって貧血気味だったグロールの顔色は蒼白に近かった。


 妻であり後席を担当していたセリスの方も、魔力弾給弾、防護担当で魔力量はグロールより多少多いとはいえ女性騎士故に体力は低めで、こうしてグロールが負傷し戦車も横倒しで不動となってしまってはグロールを支えて逃走に移るほどの能力は期待出来ず。


 結局のところ、戦車を盾に防御膜を張りながら、戦車から取り外した二門の銃棍を手に射撃して押し寄せる敵を退けるしか手がなくジリ貧の状況を救ったのが、空から飛来したアリサ=フィーナ、という状況だった。


「いや、アリサどののお陰でこちらの目的は達成された故、もはや時間の問題」


「ええ、ほんとに。あの方、こう言っては何ですけど……、凄まじく『甘い』お方ですから。部下が誰一人として死亡することを決して許しませんので」


 そう言うセリスも、右太ももを銃弾が貫通しており、どうやら立てないらしく戦車の装甲に背を預けたままで青白い顔に笑顔を浮かべる様子は痛々しかった。


「どうして……、こんなになってまでタクミさんに従って戦うんでしょう?」


 かん、かんっ! と、翼を完全に収納したネルララフンの装甲に、銃棍の本家、アゼリア王国とクーリ公国で使用されている銃棍用弾丸とは異なる、低質・低威力の単なる鉛玉の銃弾がぶつかってあらぬ方向に跳弾として飛ぶのをそのままにしながら、アリサは疑問を口にした。


 成り行き上尖塔破壊任務を中断――散発的ながら、射撃されている最中であるため損傷を受ける危険を冒して翼を再展開不能――して救助のために地上に降り立ったものの、現在が戦闘中の街中で、街の住人たち、街を守る軍隊から敵対者として攻められている現状が、戦争とは無縁に育ったアリサもフィーナも理解出来ない。


《……命令だから?》


「あの方が『世界の守護神』だからですな。それに尽きる」


「でも『暗黒神』で『魔王』なのが皮肉ですね」


「あの方は己が持つものを守るためにのみ力を振るわれる」


「その、守るものがとてつもなく広範囲に及ぶので、見方によっては世界征服するかのように映ることもあるでしょうね」


 既に世界の支配者なのに、と続けたセリスの言葉に、グロールが首肯して笑う様子を、アリサとフィーナは不思議そうに見つめていた。


 ――グロールの言葉通り、一時間と待たずに、あらゆる攻撃を完全に無効化した『黒神騎』を先頭としてロウズの正門を吹き飛ばして街中に侵入する聖神軍団のために、ロウズの住人およびロウズ守備隊は王都ディールへ撤退する方策を選択し、聖神軍団の方もそれらを追撃することはなかった。


 この戦いにおいて、軍人、民間人共に死者はゼロで、またもや「暗黒神の不殺神話」は達成されたのだった。



――――☆



「……何やら、西の方が臭い」


 そう言って、自身を抱き抱えるニアの肩越しに空を見上げたミツハに、ニアとフェルが怪訝そうにそのミツハが見上げる方向を見つめるが、快晴の青空には何も兆しのようなものは見えない。


「……懐かしく、それでいて酷く不快な臭いじゃ。もはやあの臭いには我慢ならぬ、此度こそ完全に消し去ってくれる」


「とっとっと、いたっ、いたたたた!? ちょっ、ちょっとミツハくん、爪は立てちゃダメ、おねーちゃん痛い痛い!」


「む? 済まぬな、我知らず爪を出してしまっておった。女子(おなご)は愛でるものじゃというに、傷をつけるとは男子失格であったな。――これで許せ」


 両手の爪を収めて赤く跡の残るニアの素肌を撫でつつ、首をニアの左頬に向けてちゅっ、と軽い音を立てて口づけたミツハに、ニアが苦笑してその後頭部を優しく撫でる。


「もぉ、誰に習ったんだい、それ? まんま女たらしのやることだねえ?」


「うむ、暗黒神タクミ直伝である。女子を怒らせたときはまずこうして謝るものだ、と教わった」


「……ああ。『神族きっての女狂い』という異名を持つんだったな。……なるほど」


「――真似しない方がいいよ多分? ミツハくん、クラさんに怒られそうだよ」


 なぜか、得心した、という表情を作ってそのように述べたフェルに、ニアも唐突に苦笑を消し去り、真剣にミツハを案じる風に続ける。


「ひっ?! そ、そうなのか。では控えることとしよう。オカミは怒ると角が生えて怖いのじゃ」


 心底恐怖に怯えた顔でニアの助言にがくがくと頷くミツハ。――クラオカミの場合、水龍神の化身という仮の姿であるため、怒りに任せて本来の姿に転じようとする過程で「ほんとうに角が生える」のである。


「でも、さあ? 『風神の鐘』ってなんだろねえ? ディルオーネ王国領土の方から何度も聞こえるし」


「……それに、ずっと継続している音の正体も不明だ。遠雷のようにも聞こえるが、それにしては長すぎる」


 ずっとミツハが見つめている西の空とは違う、北西の方角を仰ぎ見つつ、ニアとフェルはそれぞれの聞く音の正体に推論を巡らせた。


 その音の正体は、アリサ=フィーナとハヤヒの超音速飛行が引き起こす衝撃波と飛行音なのであるが、音速や衝撃波の知識がないため、現状で実際に聞こえる「圧縮された破裂音の音波が数百キロ離れた現在地まで響き渡っている状態」という現実と結びつかない。


 ニア、フェルはファーラン王国軍を率いる王族として、ファーラン王国最北端の都市ネイビスとムーンディア王国の国境との中間点に野営拠点を築き、軍と共に駐留している。


 王族と言っても、ファーラン王国自体が盗賊ギルド、つまりマフィアを母体とする成り上がり国家で、傀儡政権なので実質的な国王は盗賊ギルド統主ハインであり、ニアとフェルは国家を隠れ蓑としてさまざまな国で動く実質的な幹部であり、単に交渉の際に笠に着れる権威のひとつ、程度の認識でしかない。


『本当の悪事は誰にもバレないようにひっそりやるもの』


『民衆が恨みを持つような方法で儲け過ぎると国民を敵に回す』


『最大かつ危険な敵は身内』


 ……といった「現実に即したさまざまな不文律」があるため、『後ろから打たれる』と評されるような、工作を用いて嫌いな上司を罠に掛けて国際犯罪者に仕立て上げるような行為が王族王宮内で公然と行われる犯罪者集団――世界最大のマフィア、それがファーラン王国なのだった。


 国民や軍の方もそこのところは解りきっており、現に、ニアとフェルに付き従う軍人の殆どは盗賊ギルド登録者である冒険者くずれが多く、軍人というよりは傭兵部隊のように装備がバラバラで統一性がないが、全員が「自分が生き残る」ということに掛けては卓越した能力を持つ実力者集団である。


「……ハインはなぜアマテラスを連れて王都ディールに向かったのだろうか。瞬時にこちらにも戻れるだろうから特に問題はないだろうが」


「あの人は領土拡大とかに野心がないからねえ? あの人にゃあの人なりの理由があるんだろうさ。妻としては主人を支えるだけ、だねえ」


「……『自称』妻、だろう? ニアはハインの過去の妻と同名なだけの、俺と同じただの拾われ子で」


「うるっさいね、ガタガタ余計なこと言ってないでさっさと出陣準備しときな! 予定通り買収したディルオーネ王国中部軍の一部が突出して来るよ、領土侵攻を口実にムーンディア王国の一部を切り取ってディルオーネ王国に攻め入って河川や森の利権を奪うチャンスなんだ、しくじるんじゃないよっ」


「……誰に向かって言ってるんだ? 俺は『鉄鎖のフェル』だぞ。立ち向かう敵は叩き潰すだけ、だ」


 じゃらり、と普段は両腕に無造作に巻きつけている鋼鉄の鎖を音を立てて両手に垂らしてみせると、言われた通りに一軍を指揮するために、ニアとミツハの元を離れ、前線に向かって歩き出した。



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