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紅の嵐姫 藍の淑妃  作者: 大雪
過去編
23/35

第十九話 間違った事、余計な事

「綺麗ね、これ」


 王妃様達の買い物はまだ続いている。

 最初は「どこに行くのっ」と声をかけられていたが、「ここで待つ」という事を伝えた後は自分達の買い物に熱中している王妃様と楓々。


 その姿を遠くから見ながら、なんか女の子だなぁ~~と、自分も女の子なのに紅藍は温かい目で見守りつつ、自分もある商品に目が釘付けとなっていた。


 それは、青色を帯びた岩石。

 所々キラキラとした輝きが見えたのと、値段の横に書かれた商品名から『藍銅石』という宝石の原石である事を知る。

 藍銅石と言えば、目が覚めるような濃青色が特徴の宝石だ。


 そうーー彼の様なーー。


「っ!」


 その色からなぜだか淑妃の顔が脳裏に蘇り、紅藍は慌ててそれを消そうと手を振った。

 自分は一体何を考えているのだろう。


「それがお気に召しましたか?」

「え?」


 声をかけられた紅藍が顔を上げると、店の中から店主の男が出てくる所だった。


「それに目を付けるとはお目が高い。それは、かなり質の良い藍銅石の原石ですよ」

「は、はぁ……」


 質の高い藍銅石の原石。

 確か一般的に存在する宝石は、原石を磨いて加工したものを指す。


 という事は、これも磨いて加工すれば紅藍の知る様な輝く宝石となるのだろうか?


 現在も所々にその特徴は見てとれるが、ゴツゴツとした部分が大半を占める原石は紅藍が知る藍銅石とはほど遠く、商品名が無ければ気づかなかった事は間違いない。


 それでもーー。

 ただ、とても綺麗だと思ったのだ。

 それが藍銅石だと気づく前から。

 他にも沢山ある、いや、他の加工された石よりも。


 加工されていない、ゴツゴツとしたそれを、紅藍は自分が気づかぬうちに手にとっていた。


「どうです? もしお望みでしたら、加工もうちでさせて貰いますが」

「え、えっと」


 なぜだか買う方向で話が進んでいる。

 だが、手の中の藍銅石の原石を戻す気にはなれなかった。


 となれば、買うしかない。


「とりあえず加工も加わった場合はこのお値段で」

「んげっ」


 思い切り予算を超えている。


「え、えっと、原石だけだと」


 原石の前に置かれていた値段表に目を移せば、バクバクと早鐘の様に打っていた鼓動が少し遅くなる。


 原石の値段だけなら、何とか手持ちのお金で買えた。


「原石だけだと、そのお値段ですよ。置物として飾られるのも良いですね」


 店主の優しい言葉に、紅藍は手の中の藍銅石を見る。

 置物として、自分の部屋に置く。

 それをずっと眺めている。


 それも良いかもしれない。

 けれど、何故かしっくりと来ない部分がざわめいていた。


「あ……えっと、じゃあ、これください」


 それが何かは分からないが、とりあえず代金を支払おうとした時だ。


 先程まで柔らかく笑っていた店主の笑みに固い物が混ざるのが分かった。

 その視線に首を傾げた紅藍の耳に、その声は聞こえてきた。


「ったく、ロクな店がないなっ!」

「仕方ないさ。ここは下々の者達が集まる場所だからな」

「つまり俺達の様な高貴なものが来る場所じゃないって事か」

「その通り。下々の者達が私達高貴な者達のお情けで住まわせて貰っている場所で売る物など、所詮穢らわしい物しかないじゃないか」

「そうだな、ははっ!」


 なんだ、あのバカ達。

 紅藍は、以前この王都で激しく罵ってやった某バカ貴族を思い出した。

 あれも最悪だったが、こいつも最悪だ。


 というか、こういうのが居るから、頑張って真面目に仕事をしている貴族達まで偏見の目で見られるのではないか。


 そもそもイヤなら来るなーーと紅藍はごく基本的な事を言いたい。


 相手が貴族の子息である事は分かっていた。

 その衣装は到底平民では手に入らない最高級品だし、装飾品の指輪一つとってもかなり良い代物だ。


 そしてそれらがまた似合う似合う。

 偉そう、気の強さが全面に滲み出る俺様?面全開の綺麗系美形。

 上から目線な態度がトレードマークーーというか、典型的な悪い意味での王子様だ。


 一方、その隣で腰に剣を差した男は、良く言えば陽気そう、悪く言えば女癖悪そうなこれまた問題系美形である。


 なんというか、どこぞのボンボンバカ息子とその護衛の騎士といった感じだ。


 ーーと、自分の事は棚に上げる『元我が儘貴族娘』の紅藍は、こちらに歩いてくる二神を観察した。


「ったく、こんなに物が騒然とーー品位のかけらもないな」

「下々に品位を求める方が間違って居ますよ、若君」

「ちっ! これだから嫌なんだ。気分転換にもなりゃしない」


 そう言うと、隣の店先に並べられた商品を蹴飛ばす。

 コロコロと商品が転がり、その一つが踏みつぶされた。


「っーー」


 信じられない行動を犯す二神に、紅藍の身体が怒りに震えた。


 あれは何だ?


 バカじゃないのか?


 大切な商品になんて事を


 お前達はそれがどれだけの思いを込めて作られたか知っているのか?


 そもそも売り物を蹴飛ばすなんてどういう神経をしているんだ?


 男達が、こちらに来る。


「ん? ここのはまあまあだな」

「そうですか?下々の穢らわしい汚物としか思えませんがね」


 商品を汚物呼ばわりされた店主の顔から血の気が引く。

 怒りに震えているのだろうが、それを口に出せば終わりだという事も理解している彼はただひたすらに耐える。


 だが、そんな彼の必死の努力すら男達は嘲笑う様に踏みつぶす。


「これはまあマシだな」

「中の方は見なくて良いんですか?」

「あ? こんな汚らしいとこに入れるわけないだろ?」


 そう言って、傲慢系の男が商品の一つを手に取りその場を去ろうとした。

 手にしていたのは、綺麗に磨かれた美しい宝石の首飾り。


 いや、ちょっと待て。

 あんた達、お金は払ったのか?


「ちょっと待ちなさいよっ」

「あ?」

「何お金も払わずに行こうとしてるのよ! それは売り物よっ! きちんとお金を払いなさいよっ」


 紅藍の叫びに、行き交う神々、周囲でそれとなく様子を見守っていた神々、そして近隣の店々全てが息を呑む。


「あ?」


 傲慢系の男が、紅藍に視線を止めた。


「きさま、何言ってる? 払え? この俺に、ゴミに金を払えと?」


 男が、近くにあった商品の一つを手に取る。

 と、紅藍の米神近くに鈍い衝撃が走った。


「お客様っ!」


 店主の悲鳴が上から聞こえる。

 紅藍は地面に尻餅をついて座り込んでいた。

 米神近くから、何かがポタポタとたれてくる。

 

 生臭い匂い。

 無意識に手がそこに伸びていき、ぬるりとした感触が伝わった。


「……」


 掌を見て、紅いものがついていた。

 ズキン、ズキンと痛みが走る。


「誰にものを言ってるんだ? お前は」


 グイっと、地面についていた方の手が踏みつけられた。

 痛みに呻き声をあげれば、再び店主から悲鳴が上がった。


「身の程知らずの、ゴミがこの俺に意見か? あぁ?!」

「若君、落ち着いて」


 そうもう一神の男が制止の声をかけるが、それが言葉だけのものである事は誰もが分かっていた。


 ニヤニヤと顔が笑っているし、紅藍を見る目は『可哀想な物』を見下す目だ。


「ったく、こんな低いレベルの民しか居ないとな。我が国なら考えられない事だ」

「それは当たり前ですよ、若君」

「はっ! 何が海国だ、炎水界の水の序列第六位の国だ! こんな程度の低い民しか居ない国が六位など片腹痛い」


 思い切り海国を侮辱する言葉に、周囲が騒然となる。

 当たり前だろう。

 

 賢王と名高い現陛下、そして優秀揃いの上層部の下に統治された海国は豊かな国の一つとして数えられており、現陛下達への民達の人気も絶大だった。


 そして何よりも、自国を誇りに思う民達が多い。


 海国を批難するという事は、そんな彼らに喧嘩を売る事であり、現政権、陛下達に喧嘩を売る事である。


 つまり公然と正面切ってこの国に喧嘩を売っているのだ。


 今此処で民衆にタコ殴りにされたっておかしくない。

 しかし、余りにも傲慢すぎる態度が逆に民衆に何かあると思わせ、近づく者は誰一神として居なかった。


「まあ、どうせここの国王は男狂いの色狂いだしな」

「はは、後宮には女性と見紛う美男が大勢居るという話ですが。若君も私も危ないですね」


 誰が頼まれたってお前らを後宮になど入れるものかーーと、ここに居ない陛下の代わりに民衆達が心の中で代弁する。


「どれだけ大金を積まれたってごめんだな。というか、俺は女しか受け付けん。はっ! 俺の後宮を見れば自分がどれだけおかしな事をしているか分かるだろうよ」

「若君の後宮は百花繚乱ですからねぇ」


 後宮ーー。

 我が国。

 ここまで公然と海国をバカにする態度。


 もしや、彼らは。


 冷静に分析していた紅藍だが、その冷静さが吹き飛ぶ様な事を彼らは口にしだした。


「そういえば、海国には一神だけ女の妃が居たな」

「ええ。世継ぎを産む為だけに凪国から輸入されたそうです。が、何でも元は平民出身とか」

「はんっ! 凪国も平民出身の女を王妃になど据えているからな。送り出す女もその程度という事か」

「はは、しかもとんでもない無能で落ちこぼれだそうですよ、凪国の王妃は」


 ヒッと悲鳴をあげる声が、民衆から幾つか上がる。

 なんて怖い物知らずなのだろう、この男達は。


 よりにもよって、凪国まで侮辱するとは。


 そして凪国から来た王妃様を侮辱するとは。

 凪国の後見を持つ、この国の王妃様を。


「で、この国の王妃とはどんな女だ?」

「そうですね~、容姿は平凡で元は凪国の下働き。後見となる身内は居らず、まあようは多産家とかそういう感じで送られたのでしょう。ああ、あとは五月蠅く言わない、言えないという女を」

「あ?」

「元々この国の王は男にしか興味がない男色家ですからねぇ。世継ぎの為に仕方なく女を娶りはしたものの、その寵愛は後宮の男妃達にだけ注がれているそうですよ。でも、普通の女ならそういうのは許せないものでしょう? でも、王妃の立場が弱ければ何も言えない」

「つまり、飼い殺しという事か」

「まあそうですね。子作り期間中の今も男妃達の所には通ってますし、それこそ子供さえ出来ればもう後は用無しでしょう。後宮の奥に生涯幽閉し、子供は男妃の誰かにでも育てさせるんじゃないですか? ああ、一神で足りなければ何神も産んでもらう道具として大切にされるでしょう」


 お付きの男の言葉に、傲慢系男が笑う。


 それをワナワナと身体を震わせながら聞く紅藍は、余りにも激しすぎる怒りに動く事すら出来なかった。


「哀れだな、その王妃も。女としての喜びも与えられず腐敗するだけか」

「ふふ、ではどうします? お優しい若君」

「そうだなーーその女が惨めったらしく縋り付き愛して欲しいと望むならば、温情を与えてやってもいい。ただし、その醜い顔は見たくもないがな」

「目隠しプレイですか? 若君もマニアですねぇ」

「何がマニアだ。醜い女が触れることを赦してやっているこの俺の優しさをむしろ敬え」

「はいはい。まあ、私も顔さえ隠せば相手をして差し上げても良いのですがねぇ」


 ぶちんと、紅藍の中で何かが切れた。


 あれか?王妃様の事をお前達は話しているのか?

 王妃様を、醜い?哀れ?相手をしてやっても良い?


 だが、紅藍が怒鳴り散らす前に、再び彼らは事を起こした。


「まあ王妃の事は置いておくとして、せっかくの気分転換が最悪だ」

「そうですねぇ、若君はとても繊細なお方ですから」


 そう言うと、お付きの男が側にあった店先の品物を払い落とした。


「っ!」


 紅藍に石を勧めてくれた店主が息を呑む。

 だが、彼らの鬼畜な行動はそれだけでは収まらない。

 払い落とした品物を踏みつぶした。


「ああっ!」


 悲鳴をあげる店主が男に縋り付くが、すぐに蹴り飛ばされた。


「触るなゲスがっ」

「やめなさいっ」

「この俺に近寄るなっ」


 怒声と共に、紅藍も蹴り飛ばされた。

 容赦のない一撃に、息が止まる。


 けれど、また聞こえてきた店主の悲鳴に遠のきかけた意識を必死につなぎ止めた。


 悲鳴。

 怒声。

 破壊音。


「ウザいんだよ、てめぇは」


 傲慢系男が店主の胸倉を掴み、もう片方の手を振り上げる。


 だがーー


 その手が店主の顔面にめり込む前に、傲慢系男が横に吹っ飛んだ。


「なっ、ぐ、あっ」


 走り込んできた紅藍に体当たりされて。

 傲慢系男が無様にも商品棚に辺り、地面に倒れる。


「若君っ! 貴様、若君になんという事をっ」


 お付きの男から軽薄さが消え、瞳に残忍な光が宿る。

 けれど、男が腰の剣を抜き放とうとした時だ。


「警備兵が来たぞっ!」

「警備隊だっ」


 その言葉に、お付きの男が舌打ちをする。

 だが、主である男を立たせようとした所、思い切り手を振り払われた。


「わ、若君っ」

「貴様! 覚えてろよっ!」


 傲慢系男が喚き散らす。


「絶対に後悔させてやる! お前も、この街の奴らもっ! そして店主、てめぇもだっ!」


 憎悪に染まった瞳が紅藍を射貫く。

 男はなおも叫びながら紅藍に近づこうとしたが、お付きの男に止められる。

 そして何かを囁かれ、ようやく舌打ちしながらもその場を後にした。


 遠くから警備隊が近づいてくるのが分かる。

 だがそれを待っていられず、紅藍は店主に近づいた。

 地面に座り込む店主に声をかけようとしたその時。


「お父さんっ!」


 店の中から駆け出してくる少女が紅藍を突き飛ばす様に押し退け、店主に縋り付いた。

 そして父親の無事を確かめると、紅藍を睨み付けた。


「なんて事をしてくれたのっ!」

「え?」


 少女の叫びに、紅藍は戸惑った。

 自分はただ店主を助けようとして。


「どうしてあんな余計な事をしたのよっ!」

「あ、あの」

「どうして? どうしてどうしてどうしてよっ! あんたが余計な事をしなければ、ここまで酷い事をされる事はなかったのに!!」


 少女が憎々しげに紅藍を罵る。


「あんたが余計な事さえ言わなければ、あの神達は品物を持っていくだけで済んだのよ!! なのにあんたが余計な口出しをしたから、見てよ! 店だけじゃないわっ! お父さんもこんな酷いに目に遭わされてっ」


 確かに、紅藍が口出しした後に店主は痛めつけられた。

 そして、店も更に酷く破壊された。


 けれど、間違っているのはあの二神の方ではないか。

 品物を無断で盗っていき、金銭も払わず、更には店まで破壊して、店主まで傷つけて。


 なのに、目の前の少女は紅藍を罵る。

 紅藍が余計な事をしたからと責め立てる。


 間違って居るのは自分?


 あの二神は間違っていないの?


 悪いのは全て紅藍だけ?


「何よその顔! あんた、あの二神が最後になんて言っていたか分かってるの?」

「え」

「いいわよね、あんたは逃げられる。でも、私達は逃げられない」


 少女が紅藍に吐き捨てた。


「覚えていろって言ったのよ! 絶対に復讐にくる、また酷い事をされるのよ! あんたが余計な事をしたばっかりに!!」

「……」

「怖い? 怖いわよね?! なら逃げなさいよっ! 逃げられない私達を置いて逃げればいいのよっ!!」


 そんな少女の叫びは、警備隊が駆けつけるまで続いていた。

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