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紅の嵐姫 藍の淑妃  作者: 大雪
過去編
24/35

番外編 三すくみ


 『右』は苛立っていた。

 あまりに王妃様達が楽しそうで、兄の店での挨拶の機会を逃してしまったが、それはそれで別に良かった。


 声を上げて楽しそうに笑う王妃様。

 自分達の敬愛する陛下の元に嫁いでくださった女性の存在はかけがえが無く、初めて出会った時から「ああ、この方なら」とすんなりとあの方の隣に立つ事を認めた。

 もちろんそれは自分の兄や他の上層部も同じだろう。


 普段は後宮に居り、陛下もそこから出さないからあまり会う機会はないが、それでも訪れる上層部に文句を言いつつも受け入れてくれる。


 本当に彼女が王妃で良かったーーと、のんびりとしたお茶会の時間を過ごす度に思った。


 それに、そもそも彼女は自分と兄にとって恋のキューピッドでもある。

 王妃様が王都の有名な旅一座に興味を持った為に呼び寄せた事で、そこに居た伊緒と自分は出会えた。

 そして兄は、家族を神質に取られ泣く泣く王妃様の暗殺を企てるも失敗して自害しようとした所を王妃様に助けられた槐に一目惚れした。



『家族を神質にして酷い事をさせようとするなんて許せないーー』



 力を貸して欲しいと言われた兄が、その時槐に視線が釘付けだった事は内緒にしておく。


 だが、王妃様が来なければ、きっと自分達は今も運命の相手に会えないままだった筈。

 それに、最後の最後で伊緒と槐が頷いてくれたのは、王妃様の優しい後押しがあったから。


 だから、その恩もある。

 けれど、大部分は純粋に王妃様を大切に思っていた。


 傷つく事なく、真綿にくるむように大切に王宮の奥深くーー後宮にて心安らかに過ごして欲しかった。


 なのに。


 王妃様をまた危険な目に遭わせてしまった。

 王妃様を泣かせてしまった。


 そして紅藍は、血を流した。


 手の者を呼び寄せて警備隊に命じた後は、王妃様と楓々を連れ、気を失った紅藍を抱えて後宮へと戻った。

 その後は大騒ぎだった。


 紅藍は後宮の医師がひったくる様に己の宮へと連れ込み、王妃様と楓々もついていった。


 すぐに事情説明を求められ、陛下を含めた上層部に事の真相を話した。

 職務怠慢として罰せられてもおかしくはないが、お咎めはなかった。


 ただし、次はない事を肌で感じる。


 だが、自分が罰せられる事よりもただ思うのは、王妃様の事。

 その心が修復不可能なほどに傷ついていなければ良いが。


 そしてーー紅藍の容体だ。




 仕事用の女物の衣装の裾を激しく翻しながら、陛下の元から下がった『右』は荒い足取りで軍の施設へと戻った。

 そうして、そこにある自室に入ったその時ーー。



「おお、『右』か」



 トロリとした蜜の様な甘い美声が響く中で、『右』が目を見開いた。

 そしてその相手の隣にいる、自分の兄である『左』に視線を移す。


 兄と弟。

 視線が交わり、そしてーー。


 共に目眩を覚えた。

 壁に手をついて身体を支えるタイミングも一緒。


「流石は双子よのう」

「何してるんですか大将軍っ!!」


 『右』の叫びに、『左』はうんうんと激しく頷き、余計に目眩を助長させてふらついた。


「ふっ! ツッコミのタイミングも一緒とはのう」


 んな事はどうでも良い。

 どうでも良いから。


「なんつぅ格好してんですかアンタはっ」


 上司をアンタ呼ばわりした『右』。

 そんな彼の前にいたのは。


 豊かな白い乳房とくびれた腰を露わにした、半裸の大将軍(女)。

 滴る様な色香と妖艶な美貌、蠱惑的な曲線が描く艶めかしい肢体の持ち主は、事もあろうに自分の上半身を晒していた。


 大きな白桃の頂きに実る紅い果実が誘う様に揺れる。


 普通の男ならば、いや、同性でさえも理性をかなぐり捨てて襲いかかる程の半裸の絶世の美女が長椅子に横たわって微笑む。


 一目目にすれば、誰だろうと欲望をかき立てられ本能の趣くままに突撃する事間違いなし。


 しかし、『右』も『左』も欲望が爆発するどころか萎えた。

 いや、そもそも彼らは愛する妻が居るし、元々が強靭な理性の持ち主だし。


 と、それを除いても、萎えた。

 たぶん妻が居なくても、絶対に突撃なんぞしない。


 そもそも彼らにとって、大将軍は女として見るどころか『触れてはいけない危険物』ぐらいの認識であった。


 そんな彼女が結婚したと聞いた時は心底驚いたーー。

 それが殆ど略奪、それも他国からと聞いた時には、かなり納得した。

 彼女なら自分の夫ぐらい略奪してくるだろう。


 巨大ゴリラがいたいけな子羊(男)を略奪してくる光景が、当時『右』と『左』の脳裏を駆け巡っていたのは言うまでも無い。


 とはいえ、今の所は、まあ、何とか平穏にやっているようだ。


 彼が拉致られてきた時には、「ごめんなさい!!」と二神で土下座した事が記憶に懐かしいが。


 女王統治ゆえに妃の一神として後宮入りさせられた彼。

 後宮が解散し、ようやく官吏として歩む事が出来る筈だった彼。


 それを容赦なく拉致ってきた、大将軍。


 しかも現在既婚者彼女は上半身裸。


「恥じらいを持って下さい!!」

「無理だ『右』、彼女の辞書にそんな言葉はない」

「そんな言葉なんぞ前世で置いてきた」


 そうか、前世で置いてきたから『恥も外聞もない』今の性格となったのか。

 納得した。


 というか、凪国の女王様でも上半身全裸なんぞやらないぞ!!


「甘いのう、おぬしらは」

「神の頭の中を読まんでください」

「俺達の八割は恥と外聞で出来てますから」

「はんっ! 男としてのプライドをかなぐり捨てて『女』として男をたぶらかすお前が? 精悍な美貌を持ちながら、やっぱり精悍な男を弄び泣かせてみたいという男に自らの身体を明け渡して骨の髄まで利用し尽くすお前が?」


 先の言葉に『右』が、後の言葉に『左』が口ごもる。


「まあそんな事はどうでも良い」

「よくないですよ」

「神の心をえぐっといて『そんな事』で済ませるんですか」

「言っとくが、凪国の女王陛下は妾よりも凄いぞ」


 全裸よりもきわどい衣装の方がエロティックじゃーーそう告げる大将軍に、思わず『右』と『左』は凪国の女王様を想像しーー。


 頷いてしまった。


「はっ! 頷いてどうする俺っ」

「くっ! これが大将軍の技ーー『テンプテーション』かっ」

「んな事に使うかボケ。しかも現在神力制限だっつぅの」


 大将軍の言う事は最もだった。


「ほんに……こんなボケボケの側近を持って嘆かわしい」

「誰のせいで」

「ボケとは酷い事を言いますね」

「まあ、その勢いで王妃様を楽しませてくれれば、なんら言う事ないのじゃが」


 だがツッコミが居ないから無理だと言い切る大将軍に、なんだかムカっとする『右』と『左』。

 そんなもの、自分達が本気になればーーと、このままでは戻ってこれない方向にずれていきそうで、二神は慌てて我に返った。


「それより、早く服を着て下さい」

「全部洗濯中じゃ」

「はぁ?! 一枚ぐらい残しておいて下さいよっ」

「しかも全部洗濯ってどんだけ不精なんですかっ」

「うるさいのう! 仕事が忙しかったんじゃっ」


 喚く大将軍を『右』と『左』はジト目で見る。


「仕事? どうせ旦那とイチャついていたんでしょ? 一方的にあなたの方が」

「おかわいそうなご夫君ですねぇ」

「お主達には負けるわ。兄弟揃って妻に逃げられ、いまだに取り戻せぬ無能夫達にはのう」



「……」

「……」

「……」



 それから間も無く騒ぎを聞き付けて駆けつけた将軍達は、そこに完成された三すくみの光景に静かに扉を閉めたという。


 そんな軍部名物三すくみ。


 それだけ見れば『バカじゃないの』とか、『こんなんで海国の治安が守れるのか?!』と疑問に思う者達も多いと思われる。


 しかし能ある鷹は爪を隠すという言葉があるように、一度仕事となった時の彼らの恐ろしさは相対した者達しか分からないだろう。


 そうーー。

 海王妃を迎える前に起きた、王都に隣接する領地での謀反。

 凪国からの海王妃を拒絶し、己の娘を迎える様に要求したその領主が。

 かなりの私兵と武力を持っていたその領地が。


 王都に攻め込む速さよりも早く、たった一日で制圧されたその裏には、『右』と『左』の作戦と指揮があったという。


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