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その配信は【閲覧注意】~ダンジョン死亡配信録~  作者: にとはるいち
第二部

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第90話 敗者のままでも

 その知らせは、朝の静けさを破る勢いでやってきた。


「ヤヤコ! 起きてる!? 起きてるよね!?」


 ドアを開けると、そこには息を切らしたモニカが立っていた。手には分厚い雑誌。


「……朝から何」

「取ったの!」

「何を」

「賞!」


 私は瞬きをする。


「漫画賞!」

「……へえ」

「へえじゃない!」


 モニカは強引に雑誌を押しつけてきた。


「これ、読んで!」

「今?」

「今!」


 ページをめくると、受賞作の扉絵が目に入った。


 タイトル。

 ダンジョン。

 配信画面の枠。


 ……嫌な予感がした。


 読み進める。


 無鉄砲な潜り方。

 コメント欄との掛け合い。

 迷いながらも奥へ進む主人公。


 右肩に傷。


 ページをめくる手が止まった。


「……ちょっと待って」

「どう?」


 モニカはそわそわしている。


「これ」


 私はもう一度、主人公の顔を見る。


 髪型は違う。名前も違う。

 でも。


「私じゃん」

「モチーフ、だよ」


 誇らしげに胸を張る。


「言ってなかったっけ?」

「聞いてない」

「まあいいや……とにかく、ダンジョン配信者の話、描いてたんだ」

「それが私ベースとは聞いてないんだけど……」


 読み返す。


 教団のような集団との対峙。

 強大な先駆者の存在。

 勝てないと悟る場面。


 ……ちゃんと描いてある。


 格好良くも、過剰に惨めでもなく。


「……これで賞?」

「最優秀賞!」


 モニカはもう一度言った。


「おめでとう」


 素直に、そう言えた。

 本当に、すごいと思った。

 誰かが、私を材料にして、物語にして、評価された。


「ありがとう」


 モニカの声が少しだけ震える。


「ヤヤコがいたから描けたんだよ」

「勝手に使ったくせに」

「許可は今からもらう!」


 勢いよく言い切ってきた。


「で、連載も決まったの」

「は?」

「この主人公でシリーズ化しませんかって」


 嫌な予感しかしない。


「だからさ、ヤヤコのこれまでの活動、ちゃんと漫画にしたい」

「ちょっと待って」

「美化しない。ちゃんと、迷って負けたところも描く」


 まっすぐ見られる。


「ヤヤコ、自分のこと過小評価しすぎなんだよ」


 私は視線を逸らした。


「誰もがアリサみたいになれるわけじゃない。でもさ……」


 モニカは一呼吸おいて、続ける。


「ヤヤコみたいな人は、必要なんだよ」


 その言葉が、思ったよりも重い。


「……好きにすれば」

「了承ってことでいい?」

「しぶしぶ」

「やった!」


 それから数か月。


 新たに始まった漫画は、連載を続けている。


 最初は静かだった反応が、徐々に広がっていった。

 SNSで話題になり、レビュー動画が上がり、感想が増えていく。


 一方で私は、いつも通りだ。


 ダンジョンに潜り、モンスターを倒し、他の哀れな探索者を映したりして、帰って寝る。


 ある夜。


「ヤヤコ! 読者アンケートすごい!」


 モニカは興奮していた。


「主人公リアルで好きって! 応援したくなるって!」

「へえ、良かったね」

「それだけ?」

「賞よりも嬉しいの?」

「うん!」


 笑い声が弾む。


「本当にありがとう」

「私は何もしてない」

「してるって。続けてくれたから描けたんだよ」


 モニカが去った後、漫画のレビューを眺めてみる。


『強くないけど、逃げないのがいい』

『なんか自分と重なる』

『派手じゃないのに読んじゃう』


 私はアリサにはなれなかった。


 影響力も、覚悟も、届かなかった。


 負けは、負けだ。


 でも。


 私のやり方でも、

 誰かにとっては価値になるらしい。


 それなら。


 敗者のままでも、悪くないか。


 配信機材を整える。


「こんばんは、ヤヤコだよ」


 いつも通り、コメント欄が流れ始める。


 特別じゃない私。

 特別じゃない夜。


「それじゃ――今日も潜りますか」


 ダンジョンの入り口が映る。


 勝者にはなれなかった。

 それでも。

 敗者なりのやり方で、進んでいく。


「いってきます」


 暗闇へ、一歩。


 ――配信は続く。



(了)

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