第61話 新たな模倣者
シグマの顔が、時々、頭の奥で再生される。
あの、軽い笑い方。
「死神系」と名乗った時の、得意げな表情。
――覚悟っすよ。死を映す覚悟。
思い出すたびに、胸の奥がざらつく。
私は彼を倒していない。
論破したわけでも、打ち負かしたわけでもない。
ただ、「違う」と示しただけだ。
それ以上、相手をする意味もないと思った。
それでも、彼はきっとまた配信を続ける。
死を、言葉とポーズで飾りながら。
「……増えるんだろうな」
小さく呟いて、私は端末を手に取った。
開いたのは、保存してあるアリサの配信アーカイブだ。
何度も見たはずの動画。
それでも、再生ボタンを押してしまう。
アリサの動画は、完璧という訳じゃない。
荒い映像。
無駄の多い構図。
そういう「粗」も多く含んでいる。
今の基準で見れば、決して洗練されているとは言えない。
でも――。
魔物に追い詰められ、息を切らし、それでもカメラから目を逸らさない姿。
血に濡れた手で武器を握り直す、その一瞬。
「……やっぱり、違う」
アリサは、きれいじゃなかった。
必死で、醜くて、取り繕っていなかった。
だからこそ、目が離せなかった。
動画を止め、私は深く息を吐いた。
そのまま、配信を立ち上げる。
<コメント>
・お、始まってる!?
・配信助かる
・今日も配信ありがと
・ヤヤコ最近よく配信するな
・アーカイブ見返してた?
「まあ、そんな感じ」
少しだけ雑談をしていると、コメント欄の流れが変わる。
<コメント>
・そういえばさ
・最近気になる配信者いる?
・アリサ系の人でさ
・また模倣者出てる
・ヤヤコが気になりそう
嫌な予感がした。
<コメント>
・ゲンゾーって人知ってる?
・映像めっちゃ綺麗
・雰囲気再現度高いよ
・ああゲンゾーね
・あの人クオリティ高い
「……ああ」
ゲンゾー。
名前だけは知っている。
関連動画の欄によくサムネイルが表示されていた。
でも、配信や動画自体は、まだ見たことない。
「知ってるよ。噂は」
<コメント>
・見た?
・上品なおじさん
・完成度やばい
・ヤヤコ的にどう?
・アリサポイントいくつ?
アリサポイントって何だよ。
「じゃあ、見るけど」
そう言って、リンクを開いた。
再生された映像は――正直、完成度が高かった。
安定したカメラワーク。
計算された照明。
魔物の配置すら、美しく見える。
アリサを思わせる間の取り方。
抑えた語り口。
「……」
数分見て、私は眉をひそめた。
「クオリティが高い分、余計気持ち悪い」
<コメント>
・草
・そう来たか
・言うと思った
・厳しい
・お気に召さないか
「だってさ」
私は画面を止める。
「これ、危ないところ全部、避けてる」
深層には行かない。
無茶はしない。
命を賭ける瞬間が、意図的に排除されている。
「アリサは、こんな安全な場所で、こんな綺麗な配信してなかった」
<コメント>
・アリサ博士かお前は
・でも安心して見れる
・それも一つの形じゃね?
・今の時代向き
・アリサ風なのに安心ってどうなのよ
「そうだね」
否定はしない。
「たぶん、この人のやり方は正しい」
正しくて、洗練されていて、
たくさんの人に受け入れられる。
でも――。
それを「アリサの後継」って言われると、違和感しかない
胸の奥に、またざらつきが生まれる。
シグマとは、別の気持ち悪さ。
軽さでも、浅さでもない。
丁寧に削ぎ落とされた「危うさ」。
「……」
私は、画面を閉じた。
模倣者は、もう一人いる。
しかも今度は、技術も、評価も、たぶん私より上だ。
「厄介だな……」
小さく笑って、私は配信を続けた。
この先に、何が待っているのか――
なんとなく、分かってしまった気がしていた。




