第59話 薄っぺらい影
気が付けば、ダンジョンの第一層に入っていた。
右肩に、まだ違和感はある。
けれど、武器を構えられないほどじゃない。
「……まあ、試運転だな」
そう呟いて、配信用ドローンを起動する。
久々に点灯する赤いランプが、やけに眩しかった。
――配信開始。
<コメント>
・待ってた!!
・ヤヤコ復活?
・久しぶりすぎる
・肩大丈夫なん?
・久々じゃん
・配信嬉しい
・てっきり死んだかと……
「生きてるよ。ま、死んでないだけで奇跡みたいな界隈だけど」
いつもの軽口。
少しだけ、調子が戻ってくる。
今日は深層に行くつもりはない。
第四層の外縁。人も多く、魔物も弱めだ。
模倣者を探すには、ちょうどいい。
私は奥に進みながら、ハンマーと電撃で魔物たちを蹴散らしていった。
戦闘は久しぶりだけど、動きは鈍ってなくてよかった。
しばらく進んだところで、妙な音が聞こえてきた。
――やけに大げさな銃声。
無駄に連射。
カメラを意識した動き。
「……ああ」
嫌な予感が、当たる。
角を曲がると、そこにいた。
探索者。
男。二十代前半くらい。
装備は一応整っているが、どこかチグハグだ。
新品の防具に、過剰な装飾。
無駄に黒いマント。
固有武器は、よりにもよって拳銃。
そして何より――
ドローンの位置が、完全に「アリサ風」。
<コメント>
・あれ?
・配信者か?
・見たことある
・もしかして模倣者?
・どうすんの
男は、魔物を撃ち倒すと、わざとらしくカメラを向いた。
「……フッ」
鼻で笑うような、間。
「死は、常に隣にある」
低い声。
明らかにキメ台詞。
寒気がした。
「……は?」
思わず声が漏れる。
男は、こちらに気づいた。
一瞬、目を見開き――すぐにニヤつく。
「あれ? もしかして……」
男は、わざとらしく肩をすくめた。
「ヤヤコさん? 本物?」
私は、ハンマーを下げたまま近づく。
「誰?」
「俺、シグマっていいます。探索者兼、配信者」
シグマ。
動画で見た配信者だった。
「最近、活動始めたんすよ。死神系」
……死神系。
「ふーん……」
コメント欄が、ざわつく。
<コメント>
・死神系ってなんだよ
・ジャンル化すんな
・ヤヤコの前で言う勇気
・どんな系統だよ
・なんだこいつ……
シグマは、まったく気にしていない様子だった。
「いや~、アリサさん、伝説じゃないですか。だから、継がなきゃなって」
軽い。
あまりにも、軽い。
「継ぐって、何を?」
私が聞くと、シグマは胸を張った。
「覚悟っすよ。死を映す覚悟」
そう言って、銃口を自分の足元に向ける。
「この距離で魔物来たら、マジでヤバいっすよ?」
カメラに向けた、パフォーマンス。
違う。
何もかも、違う。
アリサは、こんなこと言わなかった。
こんな見せ方をしなかった。
死を、煽ったりしなかった。
「ねえ、シグマ」
私は、静かに言った。
「死ぬ覚悟ってさ、口で言うもんじゃなくない?」
「え?」
一瞬、シグマの表情が曇る。
「いや、でも……視聴者ウケは――」
「視聴者ウケ?」
その言葉を聞いた瞬間、全部が腑に落ちた。
こいつは、死を「踏み台」にしたいだけだ。
アリサを、看板にしたいだけだ。
<コメント>
・ヤヤコ怖い
・空気変わった
・説教モード?
・ウケ狙いか……
・浅いな〜
私は、ため息をついた。
「忠告しとく」
視線を、真正面から合わせる。
「そのやり方、長くは持たないよ」
「……は?」
「死を舐めてると、本当に死ぬよ」
シグマは、少しムッとした顔をした。
「なんすかそれ。先輩風?」
「別に」
私は、ドローンに背を向ける。
「ただの、事実」
そのまま歩き去る。
背中から、シグマの声が飛んできた。
「負け惜しみっすか?」
「……」
「アリサに負けたから、ムカついてるだけでしょ?」
――ああ、なるほど。
これが、模倣者。
浅い。
軽い。
薄っぺらい。
私は振り返らなかった。
これ以上、相手にする価値もないと思った。
胸の奥で、確信が固まっていく。
こんなのが、これからも、湧いてくる。
「……掃除、必要だな」
小さく呟く。
私は直感的に、もっと厄介なやつがいるはずだと思った。
これは、まだ序章だ。




