第45話 勝敗
ヤヤコが、目を見開いた。
理由は、単純だ。
私が――動いたから。
倒れたまま、痺れて、何もできない。
そう思い込んでいた相手が、何事もなかったかのように立ち上がった。
「……は?」
間の抜けた声。
ほんの一瞬。
でも、戦闘では致命的な一瞬。
私は、その隙を逃さない。
ハンマーが完全に振り下ろされる前に、前へ出る。
距離は、一歩分。
近い。
呼吸が聞こえる距離。
ヤヤコのハンマーは、間違いなく強力だ。
当たれば、私だって無事じゃ済まない。
でも、それは――振り切れたらの話。
<コメント>
・え、立った
・動けてる!?
・嘘だろ
・完全にフェイクじゃん
・騙し討ち得意だな
私は、ハンマーの柄を内側から押し上げる。
重い。
腕が軋む。
でも、向こうも完全な体勢じゃない。
電撃。
大振り。
瞬間火力。
どれも、外した瞬間に脆い。
私は、体重を預けるように肩からぶつかる。
狙いは、崩し。
体格差なら勝っている。有利なはずだ。
「っ!」
ヤヤコの足が、半歩、ずれた。
それで十分。
私は、そのまま腕を絡める。
肘を極め、関節の可動域を殺す。
ダンジョンスクールで、何度も何度も繰り返した動き。
派手さはない。
でも、「抵抗させない」ための技術。
「な……なに、して……!」
ヤヤコの声が、上ずる。
焦っている。
力任せに振りほどこうとしている。
それが、余計に悪い。
私は、重心を落とし、体ごと引きずるように回す。
――ドン。
鈍い音。
背中から、地面に叩きつけられた。
ハンマーが、手から離れ、床を転がる。
<コメント>
・倒した
・格闘!?
・銃だけじゃないのか
・普通に強くね?
・すご
ヤヤコは、すぐに起き上がろうとした。
その動きに、私は一瞬だけ感心する。
根性はある。
でも――遅い。
私は、もう銃を抜いていた。
狙いは、決まっている。
右肩。
殺さない。
でも、戦えなくする。
――パン。
乾いた発砲音。
弾丸が、肩を撃ち抜く。
「――っ!!」
悲鳴。
それと同時に、力が抜けるのが分かる。
右腕が、だらりと落ちた。
<コメント>
・撃った
・肩か
・殺してない
・終わりだな
・勝った
私は、銃口を下げない。
油断はしない。
配信も、切らない。
「……終わりです」
ヤヤコは、歯を噛みしめ、こちらを睨んでいた。
怒り。
悔しさ。
そして――理解できない、という顔。
「なんで……動けた……」
私は、少しだけ考えてから答える。
「回復弾」
それだけで、十分だった。
「電撃を受ける前に、撃ってました。完全には消えませんけど……耐えられるくらいには」
ヤヤコの表情が、歪む。
「……ふざけんな……」
私は、一歩だけ下がる。
距離を取る。
それ以上、近づく理由はない。
「殺しません」
「……は?」
その反応は、少し意外だった。
「あなたを殺す理由、ありません」
ヤヤコの目が、揺れる。
怒りでも、恐怖でもない。
予想を裏切られた顔だった。
「……どうぞ、逃げてください」
私は、淡々と言う。
「今なら、追いません」
<コメント>
・逃がすの!?
・冷たすぎる
・殺さない方が残酷
・完全敗北だろこれ
・殺すと思ったわ
ヤヤコは、しばらく動かなかった。
それから、ゆっくりと立ち上がる。
撃たれた肩を押さえながら、後ずさる。
「……覚えてろよ……」
それだけ吐き捨てて、背を向ける。
私は、追わない。
逃げる背中を撃つほど、感情は動かなかった。
ただ、カメラを向け続ける。
敗北した人間の背中は、
思ったよりも――地味だった。
<コメント>
・やるじゃん!
・終わった……
・静かすぎる
・アリサやべえ
・格の差感じる
・怖すぎる……
・アリサ最強!アリサ最強!
・おめ!
・ヤヤコざまぁw w w
・負けるところ見たかった
・今日死ななかっただけ
配信を切ったあと、私は小さく息を吐いた。
勝った。
でも、達成感はない。
ただ、はっきりしたことがある。
私は――
彼女より、深い場所にいる。
危険を、選ぶ側に。
死を、否定しない側に。
それを、自覚してしまっただけだった。




