第30話 配信者の死
五層の通路は、もう驚くほど見慣れていた。
魔石の配置。
天井の高さ。
足音が返ってくるまでの、微妙な間。
初めて降りた日の緊張は、ほとんど残っていない。
初めてここに来たとき、この通路は、もっと暗くて、もっと深かった気がする。
今は違う。
視線を上げなくても、どこに何があるか分かる。
迷わないということが、こんなにも楽だとは思わなかった。
「今日は、深層を少し流します」
いつもより抑えた声でそう言って、私は撮影用ドローンを前に出した。
<コメント>
・きた
・今日も五層
・最近ここ多いな
・もう完全に定住してる
・てかさ
・最近、似た配信者多くね?
・わかる
・深層行って淡々と撮るやつ
・影響力やば
私は、そのコメントを一瞬だけ見た。
似た配信者。
多い。
否定できなかった。
真似されるのは、珍しいことじゃない。
目立てば、必ず起きる。
でも。
同じものを見ているとは、限らない。
そんなことを考えていると、向こうの曲がり角から魔物が飛び出してきた。
単体のヴェインパペットだった。群れではない。
距離を測り、引き金を引く。
一発。
倒れる。
<コメント>
・はい処理
・安定
・事故らないの逆に怖い
・深層配信の基準上げたよな
・もう余裕だな
視聴者数は、じわじわと増えている。
爆発はしないが、落ちもしない。
――定着。
それが、今の私だった。
通路を進むうち、空気が変わった。
血の匂い。
それも、少し時間が経ったもの。
壁際に、探索者が倒れている。
近づいて、私は足を止めた。
装備は破損しており、致命傷は胸元の大きな切り傷のようだ。
だが、それより先に目に入ったものがあった。
床に散らばる、小型ドローンの残骸。
レンズが割れ、アームが折れ、電源ランプだけが、弱々しく点滅している。
――配信者だ。
それも、かなり最近まで回していた。
<コメント>
・うわ、死んでる……
・傷ヤバいな
・ドローンある
・配信者か
・あー……
・間に合わなかった系?
・お、同業者??
私は、しゃがみ込んだ。
カメラを寄せることはしなかった。
構図も、整えない。
ただ、その場を一瞥して、立ち上がる。
「……これは、安全な死ですね」
口から出た言葉に、自分で少し驚いた。
<コメント>
・安全?
・どういう意味
・撮らないの?
・何言ってんのこの人……
・死に方へのこだわりすごいな
「もう、危険はありません」
「誰も、今は死にません」
それだけ言って、私はその場を離れた。
視聴者数が、わずかに下がる。
コメントの流れも、鈍る。
――そう。
この人の死は、もう終わっている。
◆◆◆
その日の夜。
私は、帰宅してから他のダンジョン配信者のアーカイブを開いていた。
タイトルは、どこか見覚えがある。
【五層探索・事故直前】
再生。
すぐに気づいた。今日、五層で見かけた、すでに死んでいた配信者だ。
これは、あの人が死ぬ直前に記録したアーカイブ映像だ。
画面は安定している。
解説も丁寧。
危険そうな場面では、きちんと距離を取っている。
……悪くない。
むしろ、模範的だ。
しかし魔物が出現し、混乱が起き、画面が揺れる。
悲鳴。
通信の途切れ。
そこで、映像は終わる。
私は、しばらく無言で画面を見つめた。
そして、思ってしまった。
――足りない。
死が、映っていない。
瞬間が、整理されていない。
ここから先を、私はもう知っている。
でも、映像はそこまで連れていってくれない。
私は、アーカイブを閉じた。
胸の奥に、はっきりとした感覚が残る。
これは、安全だ。
清潔だ。
でも。
「……私は」
小さく呟く。
「これを、撮りたいわけじゃない」
五層の光景が、頭に浮かぶ。
同じ場所。同じ魔石。同じ死。
でも、見せ方が、違う。
その差を、私はもう知ってしまっていた。
死ぬところを見せない配信は、視聴者に優しい。
でも、それは同時に、死を「なかったこと」にしてしまう。
私はもう、そこから目を逸らすやり方を、正しいとは思えなかった。




