*01 捨て鉢=腐れ縁
「ごめんね、庵。私、別れたい。」
「え…?」
人気の無い一つの場所。
雛据妃奈は、幼馴染みであり、恋人だった鷹桐庵に別れを告げた。
雑草や木蔭に木漏れ日の光が差し込んで、静かに靡いた空気が入り込んでくる。
真正面にいるのは恐ろしく背が高い、不良のような着こなしの銀髪の男。
顔立ちは整っていて、遠目に見れば普通の公立高校でも一躍人気になるほどカッコイイ。
だけど今の私は、そんな庵が大嫌いだった。
庵のことが好きという感情すら成り下がった、が正しい。
無理やりキスをしてくる。
私が距離を置けば、他の女と堂々とキスをする。
そんな幼稚で意地悪な庵が、ただただ気持ち悪い。
意地悪で捻くれた性格をしている庵が気持ち悪くて、思い出すだけでも気分は最悪だ。
ことの事実を知らない庵は、私の唐突な別れ言葉が気に入らないのか、歯向かうように告げる。
「別れたいなんて、そんなの…どうして急に?」
「急に…?違うよ。庵が変わったから。私を試すような態度ばっかり…」
私のこと見てないから、に決まってるじゃん!
そんなこと、強く言えるはずもなく、思わず口を噤んだ。
本当はずっと前から感じていたことだった。
庵は私を試すような態度ばかりとって、私が怒ればすぐ他の女と仲良くする。
そのくせ私が怒れば、「何怒ってんの?」みたいな顔でこっちを見て、飄々としていた。
そんな庵を見て、どれだけ傷ついてきたか。
なのに、私は何も言えなかった。
だって、“好きだった” から。
いや、“好きだった” というより、“好きでいる努力をしていた” というほうが正しいのかもしれない。
庵は、私の気持ちを知らない。
知ろうともしない。
それが一番悔しくて、悲しくて、そして許せなかった。
私がよからぬ行動をすると思っている時の庵は、真相を知りたいと思うべく強引に突っかかる所がある。
庵自身が素直にならないから、こうなってはいるんだけど…
今日だけ強く引かない私に、庵は顔を歪めている。
「知り合いの従兄弟とか。幼馴染みとか。関係なく、人の気持ちを考えないところが嫌なの!」
「ふざけんな。お前が他の誰かに奪われるのが嫌だから付き合ったんだろ?」
庵は苛立ちを隠さない。
その言葉に、心が冷めていく。
「俺は好きだから付き合ったのになあ?理由がそれ?」
本当にそう? じゃあ、なんで他の女と?
言いたかったけど、言ってしまえば、庵の目の前で泣いてしまいそうだった。
それだけは、嫌だった。
「お前、俺のこと好きじゃねぇの?」
その言葉に、胸が締め付けられる。
どうしてそんな顔をするの。
どうして今さら、そんなことを聞くの。
普段の甘えん坊な庵とは違って、どこか違う凛々しい素顔。
きっとなにがなんでも射るつもりで行動をするのは、庵のやり方なんだろう。
ガラリと変わった庵の瞳に怖く感じて、背中にゾクッと寒気が襲う。
おかまいなく庵は靴音をカツカツと鳴らして歩いてくる。
(いや、いやだよ、あんたなんかと――付き合わないから)
行き止まりに追い込まれた私を庵は観察しながら、満面の笑みを浮かべ頬をそっと触れる。
「俺の名前くらい呼べよ、妃奈。」
「じゃあ…俺のこと好きじゃなくてもいいから、キスして?」
「……! ちょっ! ば―――」
答えも出していない私の顔を強引に掴み、庵は唇を奪おうとする。
本当は――私も庵が好きだった。
付き合っていた当時は、いつも優しくしてくれた。
純粋に好きになれたのは、庵が心配してくれて駆けつけてくれたとき。
だけど、それはずっと昔の話。
どこでズレたんだろう。
私たちは、どこで間違えたんだろう。
だけど、長年付き合っても限界だった。
入学式から長く続くことなく、数日経ったある日。
彼は他の女と会うようになり、私を無視することが増えた。
「可愛いよな、お前って」
盗み聞きで聞いてしまったその言葉。
女の子に優しく声をかける庵を見てしまった。
それから、彼の態度はつまらなく感じた。
毎日、悩みながらも、庵は何事もないかのように素っ気ない。
それなのに、「お願いだ、別れないで」なんて言われても、どうしろっていうの?
ベタベタと女の体を触る庵と、ニコニコ笑う女。
光景を見ながら、ずっと触れるのすら我慢していた。
好きだから。
だけど、長年付き合っても限界だった。
ただキスひとつで「大丈夫」なんて機嫌が治まるとでも思っている甘い奴だった。
庵は、本当に私のことを好きだったの?
そんな行動にしか思えなくなった頃から、付き合ったとしても何も感じれず。
ましてや、付き合う理由なんて一度も聞いたことがない。
たとえそれが庵も同様に本気で好きだとしても、じっと見ているアイツにムカついてくる。
もう好きだった気持ちなんかどこにもない。
それが、一番つらかった。
「誰がキスするもんか! 私からキスして何が満足なのよ!? この捨て鉢が!!」
強く庵を睨みつけ、振り払おうとする。
だけど、庵は余裕そうな笑みを崩さない。
私の世界が一瞬グルリッと簡単に持ち上げられるように反転した。
不意に目を瞑る私の唇に、先ほど馴染みの温かさが強引に押しつけるように喰われた。
抵抗しようとするのに、身体が小刻みに震えた。
(やっぱり男には敵わないんだ。勝てない。)
瞼を薄く開けるときはもう逃げるのは遅く。
私の唇は庵の唇によって塞がれているこの状況。
瞬時に起きた光景に驚く私の声も叫ばさせてくれない。
「…んむっ…!!(何すんの!)」
私は喚きながら腕を乱暴に叩いても引き裂こうと力を加えても庵の手で強く掴まれる。
「抵抗しても、何度言っても許さねえよ? そうそう俺を止めたって、そうはいかないから」
もう動けない私と何度か唇を触れ合わせる行為をされた後、
唇の隙間から口中の歯茎をなぞるように深く何かが押し込まれる。
初めての体験だった私に、慣れない気持ちの罪悪感が襲う――。




