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Strawberry soda☆苺炭酸革命!  作者: 依梨
a chapterⅠ* 悪趣味が悪い奴っ!
11/12

*07 捨て鉢という男


朝の教室には、穏やかなざわめきが広がっていた。

新学期が始まり、まだ初日ということもあり、生徒たちは談笑しながら朝礼を待っていた。


しかし、その雰囲気を突如として変えたのは、一人の男子生徒の発言だった。


「……先生、翼裟くん来てません」


その一言が落ちると、教室の空気が変わる。


「え?」


先生をはじめ、クラスメイトたちは間抜けな声を漏らしながら、次々と周囲を見回し始めた。

確かに、水無月翼裟の姿はなかった。


「どうしていないんだろう?」

「いつもはいるのに……」


誰もが疑問を抱き、ざわつく。

翼裟は優等生であり、学校を休むことはおろか、遅刻さえ滅多にしない。

教師陣からの信頼も厚く、完璧な生徒として振る舞う彼がいないというのは、前代未聞の事態だった。


先生は深いため息をつきながら、「どうして居ないんだ」と、眉をひそめた。


クラスの女子たちはさらに混乱している。

「あの水無月翼裟がいない」という、ありえない状況に、ざわめきは収まらなかった。


まるで、教室から「あるはずのもの」が抜け落ちたかのような違和感が広がっていく。


数十分が経過しても、翼裟は現れなかった。

「完全に遅刻」と意識した瞬間、誰もが息をのむ。


その時――


――ガラッ!


突然、教室のドアが大きく開いた。


毬奈は咄嗟に顔を上げる。

そこに立っていたのは、見間違えるはずもない、長身の青年――


水無月翼裟。


黒髪はさらりと整えられ、眼鏡の奥の瞳は冷静な光を湛えている。

彼の立ち姿には、いつものような優雅な余裕が漂っていた。


教室の空気が、一瞬で変わる。


先生は彼の姿を確認すると、「おぉ」と軽く驚いたような声を漏らした。


「水無月、一体どうした?」


しかし、翼裟は無言のまま、先生をじっと見つめるだけだった。


「ははっ、遅いじゃないか優等生くん。早く席につけ!遅刻はさすがに許せないぞ!」


先生は冗談交じりに言うが、それに対して翼裟は口角をわずかに上げると、穏やかに微笑んだ。


「すいませんでした、先生。これからはしません」


彼がそう言い、綺麗な九十度の礼をした瞬間、教室の空気が張り詰めた。


(……え?)


毬奈は、息を飲む。

彼の謝罪の仕方はあまりにも落ち着いていて、余裕すら感じられる。


翼裟はそのまま教卓に歩み寄り、もう一度九十度の礼をとる。

「さっき校長に呼ばれて少し遅れてきました。これからは早くするようにします」


先生は満足そうに頷いた。

「さすが優等生だな」


すると、女子たちの歓声が上がる。


「やっぱり翼裟くんってカッコいい~!」

「なんであんなに余裕があるの?」


その声を聞きながら、毬奈は静かに翼裟の横顔を見つめていた。


彼の知的で冷静な態度。

端正な顔立ちと、その奥に見え隠れする影のような存在感。

カチャッと眼鏡を上げる仕草さえも、彼の持つカリスマ性を際立たせていた。


(……あの人、特別すぎる)


そう感じてしまうほどに、彼は圧倒的だった。


翼裟は先生に軽く会釈をした後、自席へと歩を進める。

周囲の注目が集まる中でも、彼は気にする様子もなく、ゆっくりと椅子を引いて座った。


その動作すら、どこか上品で洗練されているように見えた。


「――何見てんだよ?…毬奈、そんなに好きか?」


突然の低い声に、毬奈は現実に引き戻される。


鷹桐心一(たかぎりしんいち)

庵の兄であり、捨て鉢と呼ばれる不良グループの一員。短い黒髪に、首元の髑髏ネックレス。


皮肉げな笑みを浮かべながら、彼は毬奈をじっと見ていた。毬奈は、「また面倒なのに絡まれた……」と内心でため息をつく。

彼は時折学校に現れるものの、態度は一貫して気まぐれで、何を考えているのかわからない。


「もしかして、見ている有名人くんに惚れちゃったりとか?」

「……」


心一の軽口に、毬奈は眉をひそめた。満面の笑みで探るように話す心一に、毬奈は心底うんざりする。


彼とは幼馴染だった。庵、心一、そして妃奈と自分。

かつては仲の良い四人だったが、小学五年生の頃を境に関係は変わった。


「俺たちは、一生仲間だよな!」


そう言い合った日々は、過去のものとなり、今では心一の態度は冷たく、時に高圧的になった。

彼の変化に戸惑いを覚えながらも、毬奈はこの場では関わりたくないという思いを強くする。

だが、心一はさらに言葉を続けた。


「マジで惚れてんのかよ?」

「……っ!」


彼の言葉に、教室の空気がざわつく。


毬奈は唇を噛み、心一の顔を睨みつけた。

この人は、いつも余計なことばかり言う……

彼の態度がただの茶化しなのか、それとも探るためなのか、毬奈には判断がつかない。


そして謎なのは「捨て鉢組」と呼ばれる不良グループの一員だということ。


捨て鉢組は、学校内の秩序から外れた者たちが集う派閥であり、彼らは自由奔放に振る舞う。

その一方で、学校の「不良達組」とは一線を画し、より危険で、何をしでかすかわからない存在として恐れられていた。


心一は、そんな捨て鉢組の中でも特に異端の存在だった。

彼は学校にほとんど姿を見せず、気が向いた時だけ現れる。

それでいて、彼の言葉には妙な説得力があり、周囲を引き込む力があった。


そしていつも心一の笑顔は、どこか試すような、不気味なものだった。


「もしかして、見ている有名人くんに惚れちゃったりとか?」

「……はあ?」


満面の笑顔で探るように話す心一に、毬奈は眉をひそめる。

かつては共に遊んでいた幼馴染だったのに、今では彼の態度はどこか皮肉めいている。


心一は、翼裟に興味を持ちつつも、それが嫉妬なのか、単なる好奇心なのか、自分自身でも理解していない。


毬奈は心一の態度にうんざりしながらも、彼の真意を測りかねていたその時。


「――お前、煩いんだよ」


甘く低い声が、教室に響き渡った。


振り向くと、そこには水無月翼裟が座っていた。

心一を見下ろすように、鋭い眼差しを向けながら。


一瞬の沈黙。クラスメイトたちは、ただ固唾をのんでその光景を見守っていた。


毬奈は確信する。


――この教室の「空気」は、彼によって決められる。

水無月翼裟という存在が、全てを支配するのだと。


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