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第百十六話




 ──地震だ。

 

 城内で誰かの声が空気を裂いた。

 あまりの揺れの大きさに立っている事が出来ず、リンドウが巨体を揺らして地面に倒れ込む。

 収まらない揺れは城の外壁を崩し、優美な外観に醜い亀裂を走らせた。どこかでは食器の割れる音がけたたましく響き、人々の悲鳴が耳に残る。

 フィーガスは大きく翼を羽ばたかせ、一気に天空へ駆け上がった。

 揺れが強く、空気すら振動して体勢を崩しそうになる。次第に収まってはきているものの、厨房があるらしき方向からは、何かに引火したのか火の手が上がっていた。

 湖から生活用水を汲み上げる設備の周辺は、土が液状化してところどころ陥没している。安全を確保する為に広い場所へ避難する人々は、ぬかるみに足を取られて転倒するのが見えた。

 中空で旋回し、大きく前足を振りかぶって()()()()()()()()()()フィーガスは、そこから己の力を使って城の損壊を食い止める。


「……なんなんだ、これは」


 気持ち悪さが体躯を駆け上がり、直感的に天災では無い事を察した。

 フィーガスは翼を動かして空を駆け、シガリアが閉じこもっている部屋のバルコニーに降り立つ。


「ライネリカ!!」


 前足で掃き出し窓を壊し開け、室内に飛び込んだ。

 以前入室した時とは打って変わり、地震によるものか、人為的によるものか、物が散乱した室内に彼女の姿はない。

 先ほどとは別の悪寒に、目の前が赤く点滅した。

 踵を返し再び上空に飛び、中庭でフィーガスの様子を見上げていたリンドウに、大きく声を張り上げる。


「ライネリカが居ない!! 僕は一旦リュグザのところへ行く! 君も安全を確保したらすぐにバラ殿と合流するんだ!!」

「閣下!!」


 返事を待たずに再度駆け出し、空から街の様子を見下ろした。

 揺れは収まり民が外へ出てきている。幸い、家屋の倒壊はないようだが、目視で確認できる限り、次に大きな揺れに襲われれば危ない。

 火災が起きている場所もあり、地面は足をとり、酷い惨状に眩暈がした。

 急いで鉱山に向かえば、職人たちが山を降り始めている。地割れが起きているが、彼らは器用に道を選択し、助け合いながら下山していた。

 流石は危険と隣り合わせの職人達か。声を掛け合って冷静に進んでいる様子を見るに、ここは大丈夫そうだ。フィーガスは胸を撫で下ろし、ライネリカの影を探しながら城下に戻っていく。

 途中、見覚えのある馬車が見え、翼を羽ばたかせて滑空した。


義姉(あね)様!!」


 侍女服仕様のラジレイシアに寄り添いつつ、緊急停車した馬車からアスターが降りてくる。

 地面に降り立ったフィーガスが顔を寄せると、彼女は両腕で白馬の頭部を抱えて、鼻梁(びりょう)に唇を落とした。


「フィーガスさま! ああよかった、無事ね、怪我はない?」

「僕は大丈夫だ。兄様は?」

「リュグザさまは、キリノスさまと先遣隊の馬車に乗っていたの。恐らくエイロス城に入った直後かもしれない」

「入れ違いか……、ラジレイシア嬢、怪我はないか」


 アスターから離れてラジレイシアに目を向けると、彼女はシガリア鉱山の方を凝視している。

 そして瞠目したまま、掠れた声で呟いた。


「…………ライネリカ、そこにいるのね……!」

「え?」


 瞬間。

 再び地面が突き上がり、揺れが国を襲う。

 アスターが咄嗟にラジレイシアを抱きしめ、地面に座り込んだ。フィーガスは翼を広げて二人の頭上を守り、四つ足を広げて体勢を維持する。

 周囲の家屋が倒壊する音がした。悲鳴が地鳴りに重なる。白馬は一度二人から距離を取り、蹄で大きく地面を打ち鳴らした。

 空中に白装束が数十体現れ、音もなく飛行しエイロス国の住民を助けに散らばっていく。

 頭を抱えていたラジレイシアが、ハッとしてフィーガスを見上げた。


「あたくし達は大丈夫ですわ、閣下! あなたの婚約者の元に向かってくださいませ!!」


 ラジレイシアの声に、懐かしい響きが重なり合う。心臓が跳ねて息を吸い込んだフィーガスに、ラジレイシアは手を伸ばして、その肩端(けんたん)を強く押した。

 交差した視線は強くフィーガスの心を動かし、白く汚れのない翼に血が通っていく。

 夜空に散りばめた星に似た、厳かな輝きを讃えた瞳から、涙が一筋零れ落ちる。


()()()()()()()()()()!! 目が覚めたら、わたしを殺しなさい。皆でわたしの息の根を止めるのです。絶対にあなたの女神を、失ってはいけない」

「っ……!」

「あなた達と過ごした日々に、わたしはきっと救われていました。わたしはわたしを愛されたかった。シガリアという個を求めて欲しかった。それでも我が子から受け取った親愛もまた、わたしの宝物でした」


 養母(はは)様、と言葉にできず、フィーガスの視界が水滴で揺れる。彼女は泣きながら微笑んで手を離した。

 大きな地震によって引き寄せられた黒雲が、寒々しい気配で充満し雪を降らせる。大粒の雪は触れた側から体温を奪い、永遠の別れを予感させた。


「ありがとうフィーガス。わたしの死を望んでくれたことが、本当はとても嬉しかったのです」

「…………」

「わたしはあなた達の母には、なれませんでした。それでも……あなた達を誰よりも愛していた瞬間が、ほんのひと時でも、確かにあったのです。……お行きなさい、我が子。あなたはこの先、ただ一つの色褪せない愛に誓って、……わたしの知らない場所で、幸せになるのですよ」


 咆哮を上げたフィーガスは、地面を蹴って空に飛び立つ。

 心臓の鼓動が己を急かす衝撃に嗚咽を漏らし、眩く輝いた軌跡を駆け抜けた。


 

 

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