白銀に染まってお終い
『白の使い』とは、世界各地に広く知られる宗教団体の一つである。
大聖聞教や龍信といったメジャーな宗教ほどではないが、アリサスネイルという一つの世界ではそれなりの力を持つ団体なのだ。そんな元はちっぽけだった『白の使い』を世界が知ることになった要因は、その共通思想の特異性にある。
別の言い方で表せば、異常性。
彼らが崇拝するのは『神』そのものに非ず、彼らは神が天から遣わすという『使い』を崇め、奉る。『神』そのものは信仰の対象にすらならない。世界に救いを与える、つまり直接的に関与して、手を指し伸ばす『使い』こそが『白の使い』と呼ばれる宗教団体が求める神である。
一時期は『狂人の集まり』なんて弾圧されたこともあった。発想の自由や宗教の自由なんて都合がいい法律を許さない一国家の手によって、都合よくまとめ上げられそうになったこともある。国家に利用される宗教は、長続きこそするものの信者の意識は低く落ちる。むやみやたらに押し付けることで純度の低い信者が現れる。塩の瓶の中に砂糖をぽとりと落とすと純度100%の塩から外れるように。
完全な思想の統一から外れる。
救われないから誰かに祈るなんて馬鹿らしいなんて考える人もいるかもしれない。だが世の中には存在してしまうのだ。幸せに生きる者がいる以上、対極ももちろん存在してしまう。生まれた時からハッピーエンドが確立した者とは対照的に、生まれた時からバッドエンドが確立してしまった人間というのが。
自分の力じゃどうにもならない。幸せになりたい。バッドエンドを確立させし敗者はそんな思いを心のどこかで描いてしまう。それが一から十に、十から千と集まって、共通する思想が世に産み落とされる。
これがいわゆる宗教。救われぬ者が求めた救いの集大成。天上の神様に祈りを捧げて人生を180度変えたいと願う考え方。
そもそも『神様』という単語も人によって思い浮かべる姿は様々だろう。
少なくとも地球。
西洋の国家にて。
雷を降らせ幾多もの神の親となった、全知全能とも言い表される浮気性の神。彼を象徴するのは先述した通り雷。科学で全てが解明されない時代において、雷は大いなる存在だけが操るとされる天罰だった。
一昔前、東のちっぽけな島国。あるいは東洋全域
仏と呼ばれる救いの神様。人間の集大成。人、畜生、餓鬼、修羅...全ての生き物は生と死を繰り返すことで魂魄が研磨され、仏を目指すという考え方。分かりやすい呼ばれ方で六道、輪廻転生。
北国、吹雪の国々
髭ぼうぼうで槍を振り回す闘争の神。九つ存在すると言われた世界のあちこちで起こる神々の戦争。終末戦争を軸とした神々の戦いの歴史を記す神話の数々。
黄河から栄えた巨大国家。地球一の人口量を誇る大国。
東西南北に表される四神、獣の神と実態無き概念+麒麟黄龍を含んだ五つの象徴。難しい漢字二文字から四文字で構成される古代より続く大国から来る思想。
あるいは。
現代の若者が軽々しく口にする『すごい』という意味合いの神?
または。
それに。
さて、長ったらしく『地球の神様』について語っては見たが......これは全てあくまでも地球の話。
世界が変われば歴史は変わる。歴史が変われば考え方も変わる。考え方が変われば人も変わる。
こっちにはこっちの神様がいる。むしろ戦争、争いが絶えない魔法や呪術なんかが闊歩する世界である以上、人々が救いを求めることが多いこっちのほうが宗教関係は活発だろう。
救いを求める人の中。幾億もの『神様』が生まれ埋もれてしまう世界で。少なくとも千年以上語り継がれる思想として生き残っているのは他でもない『白の使い』だ。
なら、こんな考え方だっておかしくはないではないか。
『神様』と呼ばれる天上の存在は、一人一人が概念を象徴する『世界の法則』そのものである。白雪の如く白は魂の色を象徴する純白の表れ。即ち妖魔族こそがかつて神が遣わした使者の末裔。|死してなお美を保つ遺体となりて、天上へ還った魂は信じる者へ幸運をもたらす――――。
つまり?
妖魔族の遺体こそ、我らを導く幸運の象徴である。
法衣にも似た長い布で、すっぽりと上半身下半身を纏めて覆い隠している男。横長の椅子が規則的に並ぶ協会で、男は一人の少女の前に跪いていた。両手は胸の前、顔も地面に向けて。
「とても良くお似合いです。我らが神の子よ」
「...」
対する少女の表情に明るみはない。彼女も彼女で祭服のような衣を身に纏っている。お気に入りだった白いワンピースは投げ捨てられて、もうどこにあるかもわからない。
彼女がこの教会にいる理由は明確だ。自らの望みを果たすため。冷たい鉄格子から抜け出したときに見つけた目的を果たすため。そのためには、自分以外の第三者。つまり『白の使い』の協力が必要だった。それだけのことだ。
ある日いつも通りバイト先から宿に帰る途中、声をかけた神父が見せた写真。その一枚の紙きれに映っていた光景が、彼女を決断に追い込んだ。
ステンドグラスから降り注ぐ星明りに照らされる、少女の長い後髪は白銀髪にたなびいていっそ神々しくもあった。
これから彼女は、ラミル・オー・メイゲルは『白の使い』の御神体になる。
彼らが追い求め続けた存在に成る。
死ぬ。
「本当に、私の記憶を知っているんですよね?」
「もちろんですとも。貴方様のお家は我々が厳重に保護しております。故郷へ亡き母上を埋葬する貴方様の願いも、これから叶うでしょう」
こつん、と。神父が右手の杖で地面を小突く。瞬時に石の壁と床は消失して、豊かな自然あふれる森が目に飛び込んだ。その中でぽつんと虚しく聳える無人の家屋も、彼女の記憶から切り離せない重要な思い出の一つだ。
それを見て、少女の目じりに小さく玉のような涙が浮かぶ。無残にも『強欲の魔王』の手によって踏みにじられた母との思い出。失ったはずの故郷の姿は、彼女の心を揺さぶるには十分すぎる。これから自分は死ぬというのに、ほんの少しの恐怖も感じない。
「これからの予定を説明いたしますと、まず我々は早朝、無人列車にてこの街を離れます。貴方様の思い出の地に到着した後にお母様を納骨。その後は我々の指示に従っていただきます」
「......はい」
もう一度、神父の杖が地面に触れて、再び石で囲まれた薄暗い教会が現れた。森の木々のせせらぎも、のどかに揺れる草の音も。全ては幻想で、この場に実在しない夢幻に過ぎなかった。
でもそれだけでもいい。思い出の現在を知れた。それだけで、今は十分だった。
「我らが神の子よ、貴方様はこれより天へと帰還するのです。そこに苦しみなんて一つもありません。どうか肩の力を抜いてください」
まやかしだ。
苦痛を伴わない死なんてあるものか。
けど苦痛にはもう慣れた。たった18年の人生で、嫌というほどに味わってしまった。何もしなくとも毟り取られるだけの人生だと経験が語っている。自分は永遠に幸せになんかなれないのだと。これから先を生きていても、不幸にしかならないと。
口を結んでしまえば、もう未練なんて湧き出てこない。
(やっと)
白い陶器の小瓶を握っていた。
この中には、彼女の母親の骨の一部が眠っている。
遺体をすべて持ち帰ることは叶わなかったが、実態あるものを持ちだせただけでも良かった。高い高い教会の天井を眺めて、宙に掲げた小瓶がステンドグラスの星光を浴びて輝く。
思えば、失敗だらけの人生だ。
やりたいことは全部空回りして、何もかも『対極』へ行ってしまって。今までの人生で一つでも望んだ結末になったことなんてあったのだろうか。
それももう、終わる。
...
......
.........
なら、今回は?
「――――!――――...」
「....!――――っ!」
ラミルが立つ場所から最も離れたところに、木製両開きの扉がある。
教会の入り口。突然の喧騒は、その向こうから浴びせられた。
『白の使い』の神父を名乗る男が額にしわを寄せて、怪訝な目を向けて扉へ歩を進める。
「何やら外が騒がしいですね。少々見てきますのでお待ちを......」
少女の背筋に、今まで感じたことも無いような冷たい感触が奔った。
教会の外では無数の教徒が待機しているはずだ酔っぱらいでもたかってきたのか、星が瞬く夜空の下で小さな喧騒の渦が起こっているらしい。思わず息を吐いて、神父が杖を持つ法とは逆の手で扉に触れた瞬間。
「なっ!」
ドッッッガッッッ!!!と。
木製両開きの扉が、石の壁を巻き込んで吹っ飛んだ。
吹き荒れる衝撃と瓦礫が飛び散り、容赦なく教会内の二人に降り注ぐ。特に扉のすぐ近くにいた神父のダメージは大きいだろう。吹き飛んだ瓦礫と共に反対側の壁に叩きつけられ、破れた衣服の隙間からは出血が伺える。
「これ、は」
震えた声を漏らす少女には覚えがある。この圧倒的な力は彼だけのモノだ。【憎悪】がもたらす『神花之心』の力だ。
星明りが照らす外には、地面に横たわる無数の信徒たちと一人だけ。一人だけが極彩色を纏って立っていた。
そうなのだ。
忘れてはならないはずだ。
どうして、こんな重要なことが頭の中から抜け落ちていたのだろうか。
これまで、彼女の思い通りに進んだことなんて一度もない。
ならば今回も。
「説明して、もらうぞ」
呻くように、灰被りの【憎悪】は睨みつける。
まるで血に飢えた獣。
右腕の極彩色とは対照的な、暗黒に満ちたオーラを纏う『人間』
「アルラ、さん」
アルラ・ラーファ。
灰を被ったような色の雑な毛髪の青年。
【憎悪】の咎人。
「妖魔族の遺体?どういうことだ。御神体?どういうことだ。やりたいこと?どういうことだァ!!」
吹き散らされる。
ラミルが求めた結末が、命を差し出してでも望んだ結末が。たった一人の青年の介入で粉々に砕ける。
直後に激突があった。
もはや轟音程度では表現できない異能同士の激突が。
神話の一ページの如き激突が起こる。
極彩色を纏う右腕だけで石の壁を粉砕する力と、法衣にも似た布切れを投げ捨てた神父の杖が、衝突する。衝撃が吹き荒れる。
「おおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
二人の距離が激的に縮まっていくのは必然か、互いに引かない。何が何でも押し通す。
今更ながら作用反作用が働きあう。ちょうど二人の中間で発生した互いの力の押し付け合いで、両者の体が大きく背後に下がった。これが何を意味するか、アルラは舌打ちして冷静に判断する。
『神花之心』の剛力に、生身の人間が拮抗した。
剛腕を振るう神父がちらりと背後の少女に向けて放った言葉だった。
「我らが神の子よ。今のうちに...」
ごぎりっ!と。左手を首に添えた青年が首の骨を鳴らした音。冷たい石の壁に跳ね返ってやたらと響いた歪で捻じ曲がった音。
その音は青年の意思を代弁するように。
「待てよ。ラミル」
呪うような端的な一文がラミル・オー・メイゲルの足を止める。一か月間以上もの間隣で見続けた力が自分に向いているとわかって、ようやく白銀髪の少女にも自覚が芽生えた。現在、アルラの【憎悪】が向いているのは『強欲の魔王』なんかじゃない。ましてや彼女をかばうように立つ神父でもない。
自分だ。
ラミル・オー・メイゲルに向いている。
「こんなことが、こんな馬鹿げたことがお前のやりたいことだとでもいうのかよ」
「............」
無言はいつかのように肯定を示す。これは二人の一か月が培った証明でもある。誰も介入することなんてできない、二人だけのルール。
二人を繋いでいたのは薄っぺらい協力関係で、踏みつければ薄氷のように割れてしまうものでしかなかったはずだ。だから彼がここまで自分に介入してくる理由なんてない。
ないはずなのに。
「一個しかない自分の命差し出してでも、やりたいことだっていうのかよ!!」
「ええそうです!これが私が自分で見つけた道です!誰にも侵害されるいわれはない。私が自ら望んで選んだ道です!!」
初めて。
二人が出会ってから始めて発生した衝突。
アルラ・ラーファはラミル・オー・メイゲルの全てを知らない。知っていることと言えば、彼女が好きな料理と『異能』と性格と.........『彼女は嘘つき』という事実だけだ。
そう、彼女は嘘つきだ。いつも他人に譲りっぱなしで自分の心は押し殺して。自分のやりたいことなんて誰かに語りもしないで一人で抱え込む。辛いことや悲しいことも『自分が悪い』と閉じ込めて。流していい涙を噛み殺していつも誰かのために不幸になる。
『世界編集』
ラミル・オー・メイゲルが生まれ持った名称不明な罪の『異能』
それが彼女の叫びに呼応して、消し飛ばした瓦礫を世界に再現させる。こぶし大の瓦礫がコマンド一つで速度を取り戻し、反転して、アルラの頭を撃ち抜いた。ゴガッッッ!!と大きく灰を被ったような頭が揺れて、彼の膝が地面につく。
避けない。
額から垂れる赤を、拭いもしない。
「っ...!」
生みの親に捨てられたのも自分のせい。
育ての母が死んだのも自分のせい。
捕まって、閉じ込めらて死のうとするのも自分のせい。
『私が悪い』で納得しようとして、そのたびに心はぼろぼろになって。でも誰にも悟らせまいと笑顔を取り繕って。やっぱり人に涙は見せないで。
今の今まで一度でも、彼女が自らの本心を曝け出したことなんてあったのか?もしかしたら、彼女は今でも牢屋の中に囚われていて、来るはずもない助けを待っているんじゃないか?
だったら。
今、彼女を本当の意味で救うことが出来るのは誰だ?
......俺しかいないだろう。
「許さねえ」
抗うように。
あるいは吐き捨てて何もかもに喧嘩を売るように。
たった一人の少女を見据えて、アルラ・ラーファは立ち上がる。
「許さねえぞそんなこと」
少女の瞳が、宝石のような青が揺れる。
例え彼女が望んでいなくとも。自分で自分を諦めていようとも。
世界中から嫌われたひとりぼっちの女の子を助けるのに理由なんていらない。
「俺は許さねえぞ。誰かに救ってもらった命を無意味に投げ捨てるなんて、ああそうだ。許してたまるか!!!」
俺しか、いない。
「絶対に助けて見せる」
さあ、今こそ手を伸ばせ。
暗闇に溺れるたった一人の少女を
無理矢理にでも救い上げろ。




