アルベルト卿「あの馬鹿者が……寝返っただと!?」
この章は三人称視点で書かせていただきます。
物語も大詰めです。
夜のブルマリン港西地区。この辺りには方々に柱が立っており、どの柱にも明々と燃えるランプが掛けられていた。
馬車が合わせて10台止まっている。乗り合いの馬車もあれば自家用の馬車もある。勿論馬車を引く為の馬も居るし、御者達も居る。
顔馴染み同士の御者達は、方々に集まって何事か話し込んでいる。そろそろ主人達が戻って来る。
その船は元々は海軍のガレー船だったが、今は払い下げられ、ブルーローズ号と名を変えられていた。
往時には大勢の漕ぎ手が苦役を強いられていた下層甲板は船上カジノに改装され、ブルマリン市街や周辺の紳士達の社交場となっている。
カジノの支配人はヴァレリアン。ブルマリン男爵家の三男にして、グラナダ侯爵の娘カリーヌの夫だ。口髭を丁寧に整えた、見栄えのする中年男である。
貴族の身ではあるが、ヴァレリアンは連日船上で働いていた。父の勘気を受け家からの支援が無くなった今、自分はとにかく働くしかない。そう思っていた。
だから今日も、オーナー自らブルーローズ号に乗り、自ら営業もして集めた顧客を自らもてなし、無心で商売に励むつもりだった。
今日の午後、桟橋に佇む人影を見るまでは。
◇◇◇
「アイリ君……」
昼間、桟橋からじっとブルーローズ号を見つめていた一人の女性。
ヴァレリアンは彼女を正視する事も出来なかった。
彼女を紹介して来たのは友人のトリスタンだ。しかし彼女を奪ったのもトリスタンだが……自分にも大きな責任がある事は承知していた。
白金魔法商会を破産させたのは自分ではない。けれども彼が父に勘当された事は、白金魔法商会を破産させる引き金となった。
父に担保を引き上げられた白金魔法商会にはたちまち債権者が押し寄せ、全てを台無しにしてしまった。
ヴァレリアンが勘当されたのは、誰かがヴァレリアンとアイリ嬢の関係を父に密告したからである。父は以前からトリスタンを引退させアイリ嬢を会長に指名したヴァレリアンに、不服を唱えていたのだ。
トリスタンの引退は本人が言いだした事だった。二年前の事だ。持病が重くなり仕事が辛い、療養したいので若いアイリに仕事を任せたいと。
ヴァレリアンはそれをすぐには承諾しなかった。するとトリスタンはアイリを紹介して来た。わざわざブルマリンへ連れて来ては、自分は療養したいと言って彼女を置いて行く。
昔はプレイボーイで鳴らしたヴァレリアンだったが、カリーヌと結婚してからは女遊びは一切絶っていたはずだった。しかし、アイリ嬢の美貌と、どこか幸薄げな身振り、好奇心溢れる笑顔には抗えなかった。
アイリもまた、ヴァレリアンに急速に惹かれて行った。
それは、身の程を知らぬ恋だった。ヴァレリアンは今ではそう思っていた。アイリが平民だからではない、実家が多額の資金を提供している商会の長となった女性と関係を結ぶなど、自分の実力を理解出来ていない恋だった、と。
アイリが会長になった後も、白金魔法商会は暫くは順調な商売をしていた。しかしある時から、取引先の破綻や銀行の貸し剥がしが相次いだ。
アイリも、ヴァレリアンも、ただ一生懸命働く事しか出来なかった。
父に勘当を言い渡されたヴァレリアンの支えは、二人の女性の愛情と、友人トリスタンの助言だけだった。
そのトリスタンにアイリを切って逃げろと囁かれた時、ヴァレリアンは自分の耳を疑った。トリスタンは尚も囁いた。それ以外に人を救う方法は無い、このままならヴァレリアン、カリーヌ夫人、アイリ、誰も助からないと。
アイリに全ての借金を押し付けて切ればいい。そうすればまず君達夫婦は生きる。アイリだって君と別れて逃げるだけでいいんだと。彼女は若く美しい、どこかでやり直せばいいと……
桟橋の彼女を見たヴァレリアンは最初、彼女が復讐をしに来たのだと思った。
しかし、すぐに思いなおした。復讐ではないと。彼女はこのヴァレリアンという無力で不誠実な男の為に、より残酷な言葉を用意してやって来たのだと。ヴァレリアンはそう考えていた。
◇◇◇
ブルーローズ号は波止場に戻って来た。水夫の一人が波止場に飛び乗り、ボラードにロープを掛ける。
ブルーローズ号の改装された船尾は幅の広い跳ね上げブリッジになっており、船に不慣れな客でも楽々乗り降り出来るようになっている。
船内で紳士達の目を楽しませていた、色とりどりのバニーガールが6人、ブリッジの両側に立ち、客を誘導し別れの挨拶をする。
ヴァレリアンも支配人として、一人一人の客に頭を下げる。
「本日は御乗船誠にありがとうございました。またのお越しを心よりお待ちしております」
彼が男爵家三男という事も、その妻が侯爵令嬢だという事もよく知られている。顧客からすると、そういう男から丁重に頭を下げられて悪い気のするはずもない。
ブルーローズ号はかなりの利益を上げているのだ。街の口さがない連中からは遊びが過ぎると揶揄される事の多いヴァレリアンだが、本人は遊んでいるつもりはない。彼は客を遊ばせているのだ。
多くのパーティに出席するのも、顔を広げて顧客を獲得する為である。彼はカジノの支配人としては決して無能ではなく、むしろ優れた人物だった。
船を降りた客達は概ね市街のホテルへと帰る。仕事を終えたバニーガール達も外套を着て水夫達のエスコートで近くの宿舎へ帰る。
ヴァレリアンは普段ならここで船に残る宿直の水夫達に一声掛け、労をねぎらうようにしているのだが、この日はただ、去って行く馬車達を眺めていた。
そのうちブルーローズ号の跳ね上げブリッジが上がる。下甲板の左右からオールを出したブルーローズは、鈍重な船体を引きずり、ゆっくりと波止場を離れて行く。
老いた人足がやって来て、波止場のランプを消して行く。
人足はまだ佇んでいたヴァレリアンの前で何か呟く。ヴァレリアンは懐から銅貨を数枚取り出して老人に渡す。
これで今日の仕事は終わりだ。ヴァレリアンはゆっくりと歩き出す。
波止場の広場を抜け、水路と倉庫が並ぶ港の道。入り組んだ水路には小さなボートやヨットが並んでいる。
そんな水路沿いを歩いて行くヴァレリアンの後ろに、いつの間にか二つの影が並んでいた。漆黒の外套を被った二つの影。
気配に気付いたヴァレリアンは振り返ろうとした。
「動くな。そのまま歩いて、次の橋を左に渡れ」
左真後ろで囁かれ、ヴァレリアンは一瞬動きを止めた。
「物取りなら……上着の左のポケットに金貨があるから早く持って行け」
「いいから歩け」
今度は別の声が、右真後ろから掛けられた。
ヴァレリアンは言われるがまま、水路にかかる小さな橋を渡る。
「そのまま直進しろ」
左後ろの人物は背が高く、右後ろの人物は低い……ヴァレリアンはそう思った。彼らの声には全く心当たりが無い。
満月に近い月が辺りを照らしている……
水路沿いの道に人影は無い。ヴァレリアンと二人の不審者だけだ。
だが……行く手に、人の乗ったボートが一艘見えて来た。人影は二つ。
「私をどこかに連れ去るとでも……?」
今度は、不審者達は何も言わなかった。
ボートの人影の一つが立ち上がり……外套を払った。
「……アイリ!」
ヴァレリアンには、眩い満月に正面から照らされたその顔が、はっきりと見えた。
アイリには満月を背にしたヴァレリアンの顔は、はっきりとは見えなかった。
「ヴァレリアン……ごめんなさい……一つだけ、聞いて欲しい事があって」
「……待ってくれ」
ヴァレリアンは歩を進め、アイリの乗ったボートの近くを数歩通り過ぎてから、振り向いた。
満月の明かりを横から受け、今度はアイリからもヴァレリアンの顔が見えるようになった。
どんな言葉でも、剣でも……心臓でも喉でも突くがいい。
ヴァレリアンはそう、覚悟した。
「貴方に出会えて、私、本当に幸せでした。これでお別れです……さようなら。今まで愛してくれて本当にありがとう」
アイリは笑顔で言った。ヴァレリアンは目を見開いた。
「待ってくれ! 他に、他に言うべき事は!? あるはずだ! そんな……」
「本当なの。私は大丈夫だから、私は遠くでやり直します、友達もたくさん居るから、私の事は気にしないで、元気でね! ヴァレリアン!」
「そんな……アイリ! 私は!」
ヴァレリアンは驚いていた……しかし、覚悟もしていた。彼が知るアイリならば、間違いなくその一番過酷な言葉を掛けて来るだろうと。
「アイリ……すまぬ。それでは私は君の期待に応えられない」
ヴァレリアンは懐に手を入れると、燧石式の小さな短銃を取り出し、ゆっくりと自らの右耳へと突きつける。
「フレデリク!」
ヴァレリアンの左に居た男が叫んだ。
次の瞬間、もう一人の男が……外套をはね飛ばしながらサーベルを抜き様、下から切り上げた。
―― ドン!!
サーベルの腹がヴァレリアンの肘を叩く方が、銃声よりほんの少し先になった。狙いを外された銃口から放たれた弾丸は夜空へと消えたが、銃口からの衝撃と炎はヴァレリアンの耳朶を少々傷つけた。
「ぐっ……」
そして音で耳をやられたか、ヴァレリアンは尻餅をついて崩れ落ちる。
「ヴァレリアン!」
「大丈夫、当たってない!」
アイリが叫ぶが、すぐに、先程フレデリクと叫んだ方の男が、自らの外套を払いながら応じる。
ヴァレリアンを連れて来た二人の男。
アイビス国王直属、風紀兵団のヨハン・トライダー。
ストーク王国貴族、フレデリク・ヨアキム・グランクヴィスト。
「何て事をするんだ!」
フレデリク……アイマスクを付け鍔の広い羽根帽子を被った少年が、座り込み倒れそうになったヴァレリアンの背中を支え、叫んだ。
「何故アイリにある勇気が男の貴様に無い! 彼女の気持ちを何だと思っているんだ!」
尚も迫るフレデリクに、ヴァレリアンは涙声で答えた。
「自分の弱さを……ここまで突きつけられては……生きられぬよ、私は生きるには弱過ぎる」
ヨハンが、ヴァレリアンに数歩近づいて来て、言った。
「卿はトリスタンから何と言って脅されているのだ。この質問には答えてもらうぞ」
「トリスタン……? 彼は友人だ、脅されてなど……いや、確かに私は誰かに脅されているが、脅迫者が誰なのかは……」
「では何と言って脅されているのだ」
「アイリの事を……カリーヌに知らせると」
「……冗談はよせよ」
フレデリクが呟いた。
「本当だ! アイリの事をカリーヌにばらすと! 見ろ……私はこんなにも醜いのだ! 私は! アイリ本人の前で、カリーヌに浮気をばらされるのが怖いと言っているのだ! 頼む……もうその剣で私の命を断ち切ってくれ!」
「馬鹿者!」
ヴァレリアンの叫びに、フレデリクが応じた。
「誰がヨハンと僕をここに派遣し、アイリと君を守れと依頼して来たと思う!? カリーヌ夫人だ! 彼女はアイリの事もとっくに知っていて、自分の事も愛してくれるならそれでいいと看過していたんだ!」
これはアイリも今知らされた事だった。
「自分は正式な夫人でこれからも君と生きる事が出来る。しかしアイリ嬢は君と別れ、逃げなくてはならない。同じ男を愛し同じ男に愛された女として! アイリをヴァレリアンに会わせた上で、守り、逃がしてほしいと!」
「嘘……」
アイリが呟く。その瞳から毀れる涙はとめどなく、その両手は祈るように組み合わされていた。
「嘘なものか。そうでなければヨハンと僕がここに居る訳が無い。僕らはカリーヌ夫人の勇気と名誉の為にここに居る。そうだな? 親友」
「勿論だフレデリク! さて……あとはこの虎口をどうやって切り抜けるか」
ヨハンはそう言って不敵に笑うと、ベルトに下げていた兜を被り、腰の幅広の剣を抜く。ヨハンは外套の下に鎧を身につけていた。
それを合図にしたかのように……ボートと水路を囲む路地や倉庫の影から、不気味な古い兜で顔を覆い、抜き身の剣を構えた男達が、十人、二十人と……現れる。
「トリスタン? 何故君が……」
ヴァレリアンがつぶやく。
男達の中に一人、ローブを着た痩せた熟年の男が居た。灰色の長い髪を真後ろで束ねている。
「トリスタン先生……」
アイリもつぶやく。トリスタンと呼ばれたローブの男は、憎々しげに唇を歪めて笑う。
「アイリよ、失望したぞ……何故その男を刺さぬ? その男はお前に莫大な借金を押し付け、捨てようとしているのだぞ? そうしておいて自分はおめおめ妻の元へ戻ろうというしている……侯爵令嬢のな」
「貴方には感謝していますわ先生。約束していた魔法も教えてくれず、私の名前で借財をして。だけど貴方は、私をヴァレリアンに会わせてくれました」
「お前はその点では役に立った。ヴァレリアンはすぐお前に夢中になったからな。ククク……魔女の面目躍如と言うところか」
ヨハンが剣で地面を打つ。
「そのくらいにしておけ。貴様は終わりだ、トリスタン」
「終わり? 身の程を知らぬ小僧だ……アイリは男をたぶらかした魔女、ヴァレリアンは魔女にたぶらかされ、賭博の罪を犯す穢れた男。お前達は共にここで異端者として死ぬ事になる。世間はブルマリン家の醜聞を喜び、カリーヌは失意のままグラナダ侯爵家に帰る。異端者の妻だった女としてな!」
トリスタンはそう言って、邪悪な笑みを浮かべる。
「フレデリク殿! オールを替わるんだ、私が戦う!」
ボートに乗っていたもう一人の人影が立ち上がる。
「ウラジミール君! 君でなければボートを早く漕げない、さあ早く出せ!」
フレデリクは抜き身のサーベルを手にしたまま、ボートに乗り込む。
「トリスタン! 私の命ならくれてやる、アイリに手を出すな!」
ヴァレリアンは叫ぶが、ヨハンに押しのけられ、投げ込まれるようにボートに倒される。
「卿も乗れ! 全く、先程の発砲のせいで目が眩んでいるのだろう」
「ヨハン! 君は」
「フレデリク、大丈夫、最後に乗る」
ヨハンとフレデリクはそんな言葉を交わし、不気味な古い兜の男達に向き直る。
ウラジミールと呼ばれた男はオールを取り、ボートを漕ぎ始める。
「君達は伏せていろ!」
フレデリクがヴァレリアンとアイリに向かって叫ぶ。
不気味な兜の男達が、ボートめがけ殺到する。
彼らはトリスタンが手引きした私刑団の手の者だった。極端な狂信者達で構成された、彼らの教義に反すると決めたものに勝手に刑を下す非合法集団だ。
ボートと併走するヨハンに、私刑団の男達が襲い掛かる。
ヨハンの剣と盾の術は正確かつ荒々しかった。武装の割には錬度の低い私刑団の男の攻撃を出頭から潰し、簡単にねじ伏せて転倒させる。
一方、ボートに移ったフレデリクは、サーベルは構えているのだが。
「だめぇ! マ……フレデリク様はやめて! 戦わないで!」
「放せッ! 危ないから! そんな抱きつかれたらむしろ危ないから!」
アイリに抱きつかれてもがいていた。ウラジミールと呼ばれたオーク族の男も焦りながら声を掛ける。
「船……フレデリク! やはりオールを代われッ、私が戦う!」
「貴方は戦わないで! フレデリク!」
フレデリクは左手で上着の脇から短銃を取り出し、空に向け、
―― ドンッ!!
引き金を引いた。音に驚いたアイリは思わず手を放す。
フレデリクはそのまま短銃をボートに投げ捨てた。
「フレデリク! 前から来るぞ!」
ヨハンが叫ぶ。
水路の行く手に橋がかかっている。ボートはその下を通らなくてはならない。
橋の上では私刑団の男が二人、ボートが来るのを待ち受けている。
「さあ、来い!」
フレデリクは叫び、彼らにサーベルを向けた。
「馬鹿ぁぁ!」
突然アイリが叫び、私刑団の男二人にサーベルを向けている、フレデリクの背中を押した。
「えっ!?」
フレデリク本人はその瞬間、何が起きたか解らなかった。
船尾でオールを漕いでいたウラジミールは、アイリがフレデリクをボートから突き落として逃がそうとしたのだと思った。
しかし。
「えっ……あ。あーっ!!」
フレデリクが叫んだ。今までよりずっと甲高い……まるで、少女のような声で。
ヨハンは一瞬、その声に気を取られた。それはどこかで聞いた事のある声だった。
―― あの声は……
次の瞬間、飛んできた斬撃をヨハンは盾でそらし、その敵の側頭部に剣の柄を叩きつける。私刑団の男は錐揉みになって倒れた。
「フレデリク!」
ヨハンは叫ぶ。橋の上から私刑団の男が一人跳んだ。
「掴まってろ!」
フレデリクは叫びながら、軽やかなステップで前に跳ぶ。
真上から降りて来た私刑団の男がボートの中央に着地し、ボートが激しく揺れた。
「フレデリク!」
ヨハンがまた叫んだ。ボートは橋の下へ入り見えなくなり……大きな水音を立てた後……反対側へと出て来る。
フレデリクは船首に居て無事だった。私刑団の男は水に落ちたらしく、見えない。
もう一人の男がボートへと飛ぶ。今度はフレデリクは船尾へと跳んだ。そして。
「そら!」
ボートの上に飛び降りて激しくよろけた男を、難なく後ろからサーベルで追いやって水路へと突き落とす。
「やはり使い手だな! フレデリク!」
ヨハンは先程の違和感を忘れ、嬉しそうに叫んだ。
あの腕なら大丈夫と、ヨハンはボートへ飛ぼうとする襲撃者は無理に邪魔しない事にする。敵はまだ大勢居るのだ。
水路からもボートへ飛び移ろうと、次々に私刑団の男達が飛んで行く。
しかしフレデリクは、激しく揺れるボートの上を、まるで平らな地面の上に居るかのように軽々と飛び回り、跳んで来る男達を次々と水路へ突き落とす。
突き落とされた男達は、重い鎧が仇となり、次々と沈んで行く。男達は水中でもがき、命からがら石積みの水路の壁へと辿りつき、這い上がる。
「……失敗か」
トリスタンはボートを追おうともしていなかった。状況が思うように進まない事を悟ると、踵を返し、さっさと立ち去って行く。
水路の終わりが見えて来た。もうすぐ港湾に出られる。
私刑団はまだ十人ぐらい残っていて、追っては来ていたが、彼らにもう最初の勢いはなかった。
「ヨハン、早く来い!」
フレデリクが叫んだ。ヨハンは私刑団を睨みつけたまま立ちはだかっていた。
先程までは我先にと殺到していた私刑団も、さすがにヨハンとの力量差に気付いたようで、手を出せずに居た。
「構うなフレデリク、僕はここでこいつらを片付けて、トリスタンを追う」
「ヨハン! これを預かってくれ!」
フレデリクは懐から何か細長い物を取り出し、投げた。それは水路沿いの桟橋に落ち、カラコロと音を立てた。
「解った。次に会った時に帰すぞ! さて……」
ヨハンはフレデリクが投げた物をちらりと見てから、私刑団に視線を戻した。
「今夜はまだ暴れ足りないな。もう少し付き合ってもらうぞ」
ウラジミールが漕ぐボートが、ブルマリンの港の湾内をゆっくりと突っ切って行く……
アイリはようやくヴァレリアンの手当てをしていた。命に別状は無いが、片耳の聴力は戻らないかもしれない。
「すまない……アイリ……すまない……」
「本当よ……私何の為に来たのよ、ばか……そして……ごめんなさい……」
「さて……どうしたものか。一度船に戻っていいのか? 隠れ場所としてはうってつけだが」
ウラジミールが、船首の男……に向かって声を張った。
「大きな声を出さなくても、聞こえるよ」
フレデリクはボートの船首の船縁の先端に立ち、湾内を見渡していた。
「そんな所に立って大丈夫なのか」
「どうという事は無い」
フレデリクは口元に自信溢れる笑顔を浮かべ、振り向いた。
「僕は真の船長だからね」





