★★第33話 夏の転機
お父様の実母に当たるスーリヤ様の回復は順調に進んでいる。
もともと発病当時から研究を続けていて解毒についてはある程度可能だったそうだけれど、一時的に解毒に成功してもあのミミズもどきがいる限りまた体内で毒が広がってしまう。最初のうちはあの奇妙な生物?は見えていなかったそうで全然原因がわからなかったらしい。
取り除こうとしても、医師に感染してしまってどうにもならなかったのだとか。
スーリヤ様がまともに会話すら出来なくなったころにはもはや何も飲食物を摂取しなくても死なない体になっていたらしい。
おそらくミミズみたいな寄生体が生命活動を維持しているのだろうと魔術師や医師たちは予想し幽閉するしかなくなった。
お世話をしていた侍女たちも次々感染して無くなってしまったらしいし、ひたすら被害者とその周辺を苦しめる為だけに作られたであろう嫌な呪いだ。
わたしがあの体表の呪いの塊のような寄生体を追い払い、解毒剤が投与されると分泌物の活動は一時的に収まった。
その間にマナスの汚染を吸い出してお祓いをした所、汚れていたマナスは輝きを取り戻し、スーリヤ様の体は自分で毒素を追い出し始めた。
肉体の損壊は奇跡におすがりしてあらかた回復したけれど、当面は毎日毒素との闘いが続く。
活発な新陳代謝でどんどん毒素が追い出されてくるので、浄化に忙しい。
もう少し落ち着いたら森の神殿までお連れして一気に浄化してしまおう。
最上階の部屋と屋上の祭壇はそれまでスーリヤ様専用だ。
下働きの子達が毎日せっせと川に水を汲みに行き、汚れものをお洗濯しミリアムさまが消毒して回っている。
毎日お父様も通って反応が薄いスーリヤ様に話しかけている、いまだ声も出せず手も動かないようだが、薄いだけで反応はある。きっと声は届いている。
うーん、人間は凄いな。
あの状態からでも再び自分を取り戻せるのか・・・・・・
色々と感慨深い、最近ぼんやりしてた自分が少し恥ずかしい。
そんなこんな日々を過ごしている間にすっかり夏で大分暑い。
日差しも強いので服も白系の物に変わっていった。
お針子さんから母さんに私の成長振りを手紙で送ってくれていたようで、今度採寸してまた新しい服を送ってくれるらしい。ナジェスタからも縁あって帝都の学院に入ることになりましたとお手紙がきた。
今頃はもう入学している頃だろうか。私もそのうち帝都に伺いますとお返事した。
お父様次第だけど、いずれ情報収集に行く予定なのだ。
エーヴェリーンの目も気になるのでそろそろ真面目に活動しようか。
そういえば魔術の杖を作るのも中断していた。出来るだけ体から離した位置に魔力石で発動体をおいた方がいいらしいけど、そうなると杖は重くて持てない・・・。
皆が甘やかしてくれるので、ここ何年も食器より重いものを持った覚えがない・・・・・・。
どうせ容量不足で大きな魔術使えないらしいからもういいか。
さっそくさぼることが決定した。
・・・・・・次から・・・次の案件から頑張るから。
ますます暑さが増していく中、グリセルダの母が来訪した。前に渡した実験農場の苗のお礼とご機嫌伺いだという。
娘に連れられてやってきた母は、アルシア王国の出身の為、この地方とは違う民族らしい。
13人の母だけあってなかなかの貫禄をお持ちだ。
「お初におめもじ仕ります、イルンスール様。グリセルダの母アマーリアでございます」
「ようこそ、アマーリア。こんなところで失礼します」
毎日汚染を吸い出して、呪いを引き受けているので少しばかり具合が悪く寝室の長椅子で応対している。
「こちらこそ、お加減の悪い中お邪魔してしまい申し訳ありません」
「良いのですよ、グリセルダにはとてもお世話になっていますから。農場の結果も聞きたかったですし」
先日収穫物が献上されてきたので上出来だったとは聞いたけれども伝えたい事があった。
「おかげさまで今年は大豊作でした、先日植えた分以外は政務官の方々のお触れの通り耕地を少し休ませてみようと思います」
お父様が読み込んでいる農業書にそんな農法が書かれていたという。
自家菜園程度しか扱ったことのない私には知らないことだった。
三の姉様からも聞いた覚えはない・・・・・・。
「豊作と聞いて安心しましたが、伝えたい事があります。研究室で分析した所、改良品種の一部は実は大きいものの栄養価は低くなっていました。ひょっとしたら渡したものの中にもそれが混じっていたかもしれません」
大変申し訳ありません、とお詫びした。
グリセルダの好きなようにやらせたから、あんまり把握していなかった・・・。
「まあ、そんなことお気になさる必要はありません。栄養のことはさておきお腹は膨れますもの。買取りにきた商人にも高額で売れましたし我が家としては万々歳の結果ですとも」
子だくさんなだけあってとにかくお腹を満たすことが先決だというお考えだ。
「アマーリアがそれで構わなかったのなら、良いのですが・・・そういえばグリセルダの兄妹はどうなさっていますか?たくさん兄妹がいて大変だったと聞いていますが」
良かったらこちらで引き取りますけど。
グリセルダは随分困窮して、働き先を確保するのも大変だったそうなので申し出たけれど、余計な心配だったみたい。
「おかげさまで忙しくなってきて人手不足となりまして、他の子達は呼び戻したのですが、グリセルダだけはこちらでまだ姫様にお仕えしたい、と拒まれまして」
おやまあ、グリセルダったら・・・隣で恥ずかしそうにしている。
仕事熱心なグリセルダの為にまた何か仕事を見つけてあげなければ!
「ところで姫様は大変信心深いと聞きましたが、どちらの神様を信仰されておいでですか?」
「わたしは特定の神様を信仰していませんよ、引っ越して来ましたから特に守護神というものありませんし。強いて言うならガーウディーム様でしょうか」
薬師の神でもあり、若葉祭でご加護も頂いたし、眷属に森にまつわる神様達がいるのも親しみ深い。
先日、ついついあの船長の事を思い出して復讐を新たに誓っていたらいつの間にか隣に来ていたアルベルドに呟き声を聞かれてしまった。
新事業のついでに調べてみたところ、どうやら海洋法では密航者と海賊は船長の権限で即時処刑が認められているので、運よく見つけ出したとしてもあの嗜虐趣味の船長を裁くのは難しいみたいだ。
仕方ないので合法的に復讐をせねば。
まずあいつの所属商会を買収して、あいつが馬鹿にしていたラザフさん以下の地位に落として「おほほ、こんなはした金の為にあんな暴力を振るってくれちゃって・・・思い知りなさい」と札束でびんたしてやるっ。
昔の事は口にしないようにしているけど、レベッカ先生はそこらへんの事は知っているので決意を打ち明けたら「まぁお前がそれでいいなら・・・」となんだか優しい目で見られた。復讐なんて良くないとかお説教されるかと思ったけど、天女レベッカからお許しを貰ったし、アルベルドの奴も復讐はなされるべき、正当な権利だと保障してくれた。王子様がいいっていうんだからこれはもう大丈夫だ。
ま、それはともかく。
アマーリアは誰か特定の神様を信仰しているのだろうか。
「まあ、東方の民らしい選択ですね。森の神達は悲恋に終わる伝承が多く、子供のころそれが先に頭にあった私にはどうしても親しみづらくて・・・。アルシア王国の民達は大地母神ノリッティンジェンシェーレ様を信仰しているものが多いのですよ。豊穣の神でもありますから、子宝を望むものに加護を与えることがあるといわれましておかげさまで私もたくさんの子供に恵まれました」
「悲恋といえばグリセルダからシーリーン姫のお話を聞きましたけど、あれはアルシア王国の話ですか?」
「いいえ、あれはラール海の向こうにある南方圏の話ですが、行政上の都合での区分けですのでこちらとも民族的には近いですからこの周辺の王国のどこかが元のお話かと思われます。泉の女神ゲリアの聖地といわれる泉はあちこちにあってどれが本物かわかりませんからね」
グリセルダがそれとなく読めといって渡してきた本はゲリアの泉で水浴びをしていたシーリーン姫が隣国の王に目撃され、王は一目惚れしてしまう。
見られてしまったシーリーンの父は元々進めていた縁談をまとめる事が出来ず自国の王からの命令もあって嫁がせた。
が、せっかく嫁がせたのに王は既に他の女性にうつつを抜かしていた。
不遇な暮らしを送るシーリーンを見かねた王子は慰めるうちに彼女と密会する関係になった。
放置していたくせに他人、それも息子に取られると独占欲がうずいたのか王は激怒してシーリーンを幽閉して王子を激戦地に送ってしまった。
大臣達が必死に王を説得してシーリーンを解放して王子と結婚させてやるべきだと説いたがなかなか王は首を縦に振らない。
娘の苦境を知ったシーリーンの父は自国の王を説得して、解放を迫った。
大臣達とシーリーンの母国からの圧力についに王が折れたが時すでに遅し。
王子は戦死してしまい、シーリーンは絶望から自殺した。
強欲な王は有力な後継ぎを失い、王国は乱れ二か国から攻められて滅亡したという。
グリセルダも自分が好きじゃないおはなしを薦めないで欲しいものです。
最初から悲劇で好きじゃないバラされてたから、わたしも今一つおはなしにのめりこめなかった。
そんなグリセルダと違ってアマーリアは話上手で、いろいろこの地方の民話や神話を教えてくれた。
久しぶりの神様談義。
アンナマリーさん以来だなあ。彼女はオルステンド男爵領から親類のいる神殿へ移ったとお手紙があった。
産めよ増やせよ世に満ちよ、が教えだけあって大地母神を守護神とする都市は人口が多いとかなんとか、帝国本土が最たるものだという。
「今時そんなに信仰熱心な方がいらっしゃるとは思いませんでしたよ、アマーリア。とても楽しいひと時でした。またいらっしゃってくださいね」
しばらく歓談していたのだけれど、わたしの体調を懸念したグリセルダがそろそろ、といって退出を促した。
ふいー。
夕食は早めに取り、食後に三階のバルコニー、本来は防御用施設なんだろうけど、そこでエーヴェリーンが作ってくれた菓子とお茶にセルマの奏でる音楽を楽しんでいる。
はむはむ
あ、甘い!冷たい!!焼き菓子の上に乗った凄く甘くて冷たいものがすごく美味しい。
焼き菓子とだんだん溶けていく甘いお菓子の触感がたまらない!!!
「エーヴェリーン、とても美味しいですね。どうやって作ったのですか?」
「ふふ、これは魔術師の先生方に氷を作る方法を教わったので牛の乳や卵を使って作って冷やしてみたのです。帝都の流行りなのですって。作り方だけ聞いて試してみたのですが、どうやらお気に召して頂けたようですね」
なるほど魔術にはこういう使い方もあるのか、実に素晴らしい。
「ええ、とても。今度わたしにも教えて貰えませんか」
「はい、是非一緒に作りましょう」
せっかくエーヴェリーンと一層親しくなる機会だったのにまさかの横やりが入った。
「いけませんよ、お・・・イルンスール姫様。お料理だけはいけません。約束したでしょう?」
う、そうだった。
「ハンネ、いいじゃありませんか。料理人のお仕事を奪うわけじゃありませんよ?可愛い妹との共同作業です」
エーヴェリーンが目を輝かせて期待しているし、少しくらいいじゃない?
「私もこんなことを申し上げるのは辛いのです。でも・・・姫様は試せる機会があれば試さずにはいられないでしょう。ご自分の体に実証されていないお薬を注射してしまったように」
むむむ・・・、ハンネもあの件はお怒りだったか・・・。
不利を悟って一時撤退を決定した。
「お姉様、そんなことをなさっていたのですか!?」
「ええ、まあ。イーデンディオス老をお助けするには急ぐ必要があったのです。お料理には臭み消しになるかと思ってちょっと香りの強いものをいれてみたら、朝まで痺れていたくらいのことしかないですよ」
「お、お嬢様!?私そんなこと聞いたことありませんでしたよ!?」
あ、ハンネも素がでた。あはは。
「お姉様、残念ですけど私また作ってお持ちしますから!」
仕方ない、わたしは食べる専門係に徹しましょう。
慣れないので溶けて唇に垂れてしまう。
はむはむ
おや、お父様がやってきた。
入口や机に置かれた灯りに照らされて少し明るい表情が見える。何かいいことがあったのかしら。
「済まないが、皆席を外してくれ。少しイルンスールと話したい」
何事か察したエーヴェリーンと侍女達が大人しく塔に戻っていき、入り口にアルミニウスが歩哨に立ちこちらに背を向ける。
ああ・・・わたしのハーレムが・・・・・・。
皆が去ったあと、お父様がいきなりわたしを抱きすくめた。
「イルンスール、聞いてくれ!母上がとうとう私の手を握り返してきたのだ。弱弱しくだが、確かにそうした!そして何事かしゃべろうとしていた。瞳の焦点も合い始めてきたようにみえるのだ!!」
うう、それはよかったですね。でもちょっと苦しい。
わたしは大分大きくなったといってもお父様の胸がせいぜいで鎧は来てなくても逞しい胸は堅い。
背中をぽんぽん叩き少し力を緩めてもらう。
それに首飾りとか指輪とかいろいろじゃらじゃらしてて痛い。
ラリサの主で高位の貴族なのでいろいろと単に身を飾る為ではなく、身を護る効果のある魔術装具というのをつけているけど、これが金属製の部分が多くてね。
わたしにおさわりするなら金属は捨てて頂きたい。
オイゲン父さんはそうしてくれたのに。
指でちょいと鎖骨のあたりを押して距離を取ってもらう。
「すまんちょっと興奮しすぎたな。君には本当になんといったらいいか・・・。有難う、イルンスール」
「わたしもお父様にとてもお世話になっていますから、このくらい構いませんよ」
お父様に保護されてなかったら、生きていられたかどうかわからないし。
「君のしてくれたことに比べたらどうということはない、私がこの城に保護しなくても君なら自力で生きていけたのではないか」
「いいえ、きっとどこかで誰かにまたさらわれていたかもしれませんし。それにお父様は小さい子達も保護してくれて、他の可哀想な人たちも救ってくれたでしょう?」
「それも君の多大な財産あってのことだ」
娘に借金をすることになった、と苦笑している。
「わたしがお金だけ持っていても、きっといいように利用されただけで誰も救えなかったでしょう」
財力だけでなく権力、権威、正統性が伴ってこそ。お父様の立場でないとできなかったこと。
「そうだ、お父様。どうせお金を借りるならアルミニウスの従士を呼び戻してはいかがですか?ずっと一人で大変でしょうし」
我ながら名案だ、7000人分もお金出したんだし、この際ちょっとやそっと人を雇ってもいいと思う。
「あ、ああ・・・そうだな。いや、今となっては彼らも自分達の暮らしがあろう。従士の件は何人かこの土地で募集してみよう。必然君の近くで勤める事になるから厳選しなくてはならないし。ああ、あとどうせだから恥を忍んで頼むが河川工事をしたいのだ。もう少し借りてもよいかな?」
ん?ああ、河川工事?構わないけどなんで急に。
矢継ぎ早に提案されるので思考が追い付かない。アルミニウスも自分の側近には旧知の人間の方がいいんじゃないかしらん。
「植林して森林面積を回復させる予定ではあるが、数年程度でどうにかなる問題ではない。水害対策は急ぐ必要があってな川の流れを大幅に変えたり橋を建設したりする必要がある。大量に労働者がやってくるので彼らに仕事を振る必要もあるしな」
「あ、はい。構いませんよ、お父様の使いたいように使ってみてください。それにしても川の流れを変えるなど、本当にできるのですか?」
「ああ、父上に技師の派遣を要請することになるが、十分可能だ」
ふえー、それは凄い。
「お父様は凄いですね。騎士としても当代一と言われるほどお強いのに、領主としてもご立派で、王子様なのに貧しい人にも気を配り、水害対策まで思いついて・・・わたしには出来ない事ばかりです」
「まさか君にそんなことをいわれるとはな。老師の高弟達が聞いたらなんというか。母を癒して見せた事など誰にも出来なかった事だし、農奴の子達の事も、下層の者がどんな扱いを受けていても気にしないものだ。君が連れ帰って来なければ私も気にしなかった」
お父様が皮肉気な顔をする、その顔はちょっと嫌い。
「農奴の子達の事は罪滅ぼしのようなものです、わたしだって見捨ててしまいました」
昔の話だけど、あの子達が今も生きているかどうか・・・
「何故泣いている・・・いったいどうしたというのだ・・・・・・?」
「いえ何でもありません。もう過ぎた事です」
檻から逃げ出す時、一応声はかけた。
彼らは身動き出来ないわけじゃなかったし、自分の意思で逃げない事を選んだ。
残念だけど仕方ない。できれば生きて幸せになっていて欲しい。
・・・無理か。
少しだけ負い目のような感情が残る。
お父様は急に気落ちしてしまったわたしの扱いに困って部屋まで送ろうといって連れ出されたけど、塔への入り口の向こうにある階段の前で待っていた侍女に引き取られた。
泣きはらした顔のわたしを見るや怖い顔になった侍女達とエーヴェリーンに睨まれてお父様はほうほうのていで自分の塔まで帰っていった。
・・・・・・やっぱり少し頼りないかな。




