第4話 錬金術師と都落ち
狭い車内で女性3人に囲まれるとどうにも居心地が悪い。
侍女は警戒を露わにしているし、主治医は興味なさげに窓の外の景色を眺めている。
「トレイボーン様。王都の研究室はあのままでよろしいのですか」
「ええ、本来の研究室はこれからいくエッセネ地方にありますので、王都のは一時滞在する時に使うもの、こちらの魔術師との共用施設です」
私の事は平民なのだからただのトレイボーンでいいと何度もお伝えしたが、どうしても姫様は改めてくださらない。
老師からだいたいの事は伺っているがやはり平民出身ということで遠慮しているようだ。
しかしそんな性格では貴族社会では辛くなるだろうに。
貴族達は下手に出ればつけ上がるし、逆にすればそれはそれで陰険な嫌がらせが待っている。
「エッセネ地方というのはどんな所なのですか?」
「王都から1400クビト、馬車で7日ほど離れた場所にあります。かつてはエッセネ公が治めていましたが随分前に血統が絶えていたのをエドヴァルド様に与える為に再興されました。この国でというよりこの大陸の南東にあります。姫様が住んでいらっしゃった地方は東方圏では北東ですから、かなり距離がありますな。転移陣がなければ一か月以上かかります」
「南東というとやはり海に隣接しているのですか!?」
妙に期待を込めて問われる。
「いえ、これからお住まいになるラリサの城から先はエルセイデ大森林が広がっており、こちらは開発禁止となっている為、海には接しておりません」
「まあ、どうしてですか?」
勿体ないと言外におっしゃられているようだ。
「大森林は複数の国に跨っていて、中には開発している国もあります。わが国の場合、街道はラリサの城まで伸びていますが、その裏手はオルタ・エイペーナの聖なる森と呼ばれており住処にしている蜘蛛の魔獣が人の立ち入りを許しません」
「今まで誰も倒そうとはしなかったのですか?」
「いたそうですが、全て返り討ちにあっています。土地の住民は神獣と呼んでいることもあり、今では誰も近づきません。少なくとも第三帝国期にはその姿を確認できたそうです」
今は第4帝国期に入って200年経っている事を付け加える。
「ああ、樹木の神々の眷属という白い蜘蛛ですか。聖典でもそんなお話が出てきました」
「よくご存じですね。伝説では第二帝国期の神殿を守っているとか第一帝国期に帝国の進軍を阻んだとかいわれておりますな。つまり数千年以上生きているという噂です」
多くの騎士の挑戦を打ち破った記録に残る伝説的な魔獣も大体300年くらいで代が変わるといわれているからさすがに眉唾だが、確かめようもない。
「白い蜘蛛の魔獣は時折発見されますが、そこまで長生きのものも強力な個体もいません。たまたま我が国が土地が広く開発の必要がなかったので、地元住民が神格化してしまいそのまま放置されたというのが実態です。開発するなら白の街道方面に開発地域を広げた方が得策ですし、他の地方は外海に接した地域もありますので」
ちなみにこの街道は白の街道でなく、王国が真似て敷設した街道です、と付け加える。
「外海というと内海もあるのですか?わたし地理には疎くて・・・」
ふむ。老師の文では故郷、前父に拾われる前のものだが、そちらに繋がりそうな話は避けろと書かれていたな。その問題はいずれエドヴァルド様が解決されるのだとか。
姫様はかなり高度な教育を受けている筈だが、前父もこの話は避けていたのだろうか。
だが、まあラリサの図書館かどこかで地図でも目にするだろう。
「大陸で帝国本土の大きな半島地域を中心に東と南と西を隔てている海が内海、大陸の外側が外海です。基本的に内海の貿易港と結ぶ白の街道沿いに都市は発展していますから、これから行く地方は近隣でもっとも発展から遠ざかっている地方です」
「なぜ、そのような遠方をエドヴァルド様に・・・お父様に与えられたのでしょう」
姫様に困惑顔で聞かれる。
「ギュスターヴ殿下に確実に王位を譲る為ですな。殿下は南方圏とつながる自由都市連盟の大都市群や白の第一級街道沿いで王国でも最も発展した地域を与えられております。国王陛下より収入が多いくらいです」
「質問ばかりで申し訳ありませんが、国王陛下より収入があるのですか?」
「はは、姫様にこの国や錬金術についてご教授するのが私の役割で、代わりにエドヴァルド様には軍務中に回った各地の話を聞かせて頂いて本にさせて頂く約束なのです、いくらでも遠慮せず聞いてください」
王都滞在中も姫様はあっという間に基礎を覚えられ優秀な助手になって頂いた、こちらが申し訳ないくらいに。
老師からも将来良いものが出来たら自分の名前でフッガー商会に流すようにと指示があった。販売権は姫様に一任することになるが開発者として姫様の名を世に出さないよう仰せつかった。
手紙を読んだときには馬鹿馬鹿しいと思ったものだが、レベッカ女史に頼まれた品を次々と開発してみせる様子に恐れおののいたものだ。
訳ありな様子も頷ける。
稀に天才児は世に出るが、それとは少し違う感じもする。
賢者の学院に最年少、わずか12歳での入学を許されたものもいるにはいるが・・・。
「そうそう、国王陛下でしたな。陛下は私財としてはエルニコア伯としての収入しかないのですよ。王家は内乱で何度か入れ替わっておりましてな、伝統的に王都エルニコアを抑えたものが各領主に推戴されて王位に就くのです。お隣のアルシア王国は国王に全権力が集中しておりますが、わが国では事情が異なります」
飛び地は王家が分散して統治するか、法官貴族が官僚として赴任し国庫に収める、王が何をするにも領主たちの同意がいる。エドヴァルド様もこれから赴くエッセネ地方で同様に貴族達を統率しなければならない。
「随分と国によって制度が違うのですね・・・・・・王の権力が抜きんでるのを貴族達が警戒しているのでしょうか」
「隣の国をみて警戒しているのでしょう」
「ところで森深い国と聞きましたが、思ったより・・・その・・・見かけませんね」
「まあ街道沿いですからな、それにほら外をご覧ください」
ちょうど煙が上がっているのでそれを指さす。
「あれは・・・・・・?」
「森を焼いているのです、南方からの移民が増えましてまた土地が必要になったのでしょう。開墾はかなりの手間ですし、収穫もよくなりますので盛んに行われているのです」
それにしても確かに随分森が減ったな・・・・・・。
最近研究室にこもり過ぎていたか。
「森を焼くなんて・・・・・・!!」
「この地方にも政治情勢としても必要な事なのです。南方では砂漠化が進み、西方は山岳地帯が多いため、人口が増えつつある大陸では東方に食料の増産が求められています。そうでなくては飢えてしまうものがでるのです。でも大丈夫ですよ、ちゃんと法律で保護するよう決まっていて厳格に管理されていますから」
姫様は目を真っ赤にして珍しく怒気を露わにしたが、話を聞いてすぐにもとの美しい碧眼に戻った。
「そうでしたか・・・・・・申し訳ございません」
「私も樹木を愛する東方の民としては心苦しいのですがね。この地方では突発的に豪雨が降る事も多いので心配いりませんよ。それほど拡大せず済みます」
姫様にそう伝えて安心させたが、その日雨は降らず、夜に合流した後続部隊から火に巻かれて7人の死者が出たと聞いた。




