第3話 辺境領主の騎士と狩
エドヴァルド様は馬に乗って狩りにでかけてしまったが、聖女様はご家族と過ごされたわずかなひと時以来、久しぶりに明るいお顔で森を進んでおられる。
「御免なさいアルミニウス、貴方には面倒ばかりかけてしまって」
「とんでもありません、姫様。貴女をお守りする事は私の誓いです」
だが、私では恥ずかしい事に聖女様をあの貴族共の不躾な視線から守る事はできない。エドヴァルド様はさすがに当代随一の騎士、無礼者達を次々と追い払ってくださった。剣の腕も魔術の腕も紳士としても私とは比較にならぬ。
こちらの国の方々は南方民族との混血が進んでいる為、聖女様の事が随分と珍しいようだ。
王族と大使の方々以外とは帽子を被ったまま挨拶しているので、指先と顔の一部しか見えぬだろうに。
おいたわしいことに事に聖女様は我らに万遍なく癒しの奇跡を与える事ができるというのにご自分を癒す事だけは出来ないようだ。
老師もかつての聖女もやはり、自分の為には奇跡を使わなかったとおっしゃっておられた。
せめてお顔だけでも元に戻して上げられないだろうか。
神よ、どうかイルンスール様に癒しの奇跡を。
「どうかしましたか、アルミニウス?」
「っ、申し訳ありません。つい神に祈りを捧げておりました」
「まあ!感心ですね」
聖女様はお褒め下さるが、護衛が護衛の役目を放り出し我を忘れてしまうとは何たる失態。
やはり老師のおっしゃった通り私は信仰に生きるべきではない。
無骨な盾として鋭い剣として、聖女様をお守りし、敵を容赦なく斬らねばならぬ。
気を取り直して辺りを警戒し始めると、森の奥地から少し騒がしい音が聞こえた気がした。
勢子が追い立てているので会場側のこちらへ来るわけはないのだが。
この辺りは木々が密集しておらず、そこそこ見晴らしがいいが特に人影は見当たらない。
会場側にはちらほらと散策している者たちや衛兵が見える。
「聖女様、少し辺りが騒がしいようです。念のため会場へ戻りましょう」
「・・・・・・わかりました」
とても残念そうな表情を浮かべていらっしゃる、申し訳ないがここで何かあったら私一人だけでは守り切れるかわからない。
レベッカがいてくれればよいのだが、彼女は改めて医術を勉強したいと最近は城の典医の元へ通っている。
会場へ戻ろうとしたが、間に合わなかったようだ。
奥から地響きが聞こえ、逃げろ逃げろ、と絶叫する騎兵の声がする。
家のような大きさで鋭い牙を生やした猪が会場に向かってくる。
不味い、あの大きさでは私の剣で止められるかどうか。
走って逃げてもあの速度では無駄だ。余計注意を引いてしまうだろう。
並走する騎兵が槍を突き立てたが、毛皮に弾かれまったく速度が鈍らない。
巨猪が邪魔そうに頭を振ると牙が当たり騎兵は吹っ飛んで行ってしまった。
並走する猟犬達が足に噛み付くが、歯が立たず彼らも吹き飛ばされてしまう。
他の騎兵が追いすがってくるのが見えるが、巨猪とは距離が大分開いてしまっている。
止められないとしても仕方ない、剣を抜いて聖女様の前に出る。
「いけません、アルミニウス。剣を収めて下さい。大丈夫です、あの子は私を傷つけませんよ」
戦う必要はありませんという聖女様に驚いて振り返ると、まったく普段と変わらない顔で微笑んでいらっしゃる。
しかし視線を前に戻すと、巨猪はこちらに狙いを定めてしまったようだ。一度速度を落として進路をこちらに変えまっすぐ突っ込んでくる。
「ほら、駄目ですよ。アルミニウス、武器をしまって!」
し、しかし目の前に危険が。
「アルミニウス様!お嬢様に従ってください!!」
ここまでずっと黙り影のようについて来た侍女が鋭く叫ぶ。
訳が分からないまま、聖女様を信じて剣をしまう。
すると聖女様は私の前に出て巨猪の正面に立ってしまった。
「なっ」
巨猪は激突するかと思われたが、一瞬速度が落ち足を滑らせて進路がそれ、木の幹に激しく激突しその恐るべき突進力で木をへし折ってしまった。
巨猪は立ち直り、少しよろけている間に追いついて来た騎兵を蹴散らし、森の奥地へと引き返し猛然と進んでいった。
この場には我々3人だけが残った。
「帰りましょう。あの子が傷つくのも誰かが傷つくのも見たくありません」
哀し気におっしゃる聖女様に茫然としながらついていった。
つくづく驚かされる方だ。
「ハンネ・・・これはいったい・・・」
「昔も同じような事がありました。時々お嬢様の護衛で一緒に森へ採集にいっていたレベッカ先生から聞いたことがあります。お嬢様はおっしゃっていたそうです、森の獣たちは決して自分を傷つけない、と」
会場に戻り飲み物を貰っている間にエドヴァルド様が戻り、国王陛下が狩りの最中に怪我をされ勢子達の連携に乱れがでてこちらに獲物が逃げてきたようだ、と説明された。
幸い陛下は軽傷だったようだ、聖女様はいたく心配されていたが。
或いは巨猪を。




