第24話 ある一家の侍女②
御一家が大型の馬車に乗り込み、続けて私たちも使用人の馬車に乗り込みます。
出発自体は私たちの方が先です。
御一家の馬車の方は振動を軽減する為のバネつきで立派な装飾が施されています。
私たちの馬車にはそれがないのでガタガタ揺れて乗り心地は悪いですが、白の街道に入ると大分楽になります。
この付近の白の街道はトリオネス街道と呼ばれておりまして、第二級街道なので、本道ほど立派ではありませんが、石畳の下には粘土が敷き詰められ振動を和らげているのです。
街道を掃き清めるのは周辺住民の賦役となっています。
朝早く出発しましたし、長時間走らせていると馬も人も疲れますので途中で都度都度停止します。街道沿いに森がある休憩地点でイルンお嬢様が、森を散歩してみたいとおっしゃり昼食予定地点の休憩所まで間がありますが、そろそろ良い頃合いでしたのでお弁当を広げることにしました。
歓んだイルンお嬢様は、いつになくお元気で森の中を跳ねるように進んでいきます。
あんまり急ぐので奥様に頂いた大きな帽子が落ちそうです。
といっても幼児の脚です、わたしは皆さまにお止めしてきますと断って先に行きすぐに追いつきました。
それにしても珍しくわがままをいって先走るほど森に入るのに執着するなんて、先日森へ走り去ったのはまさか単に森に行きたかったからではないでしょうね。
追いついた先の森の中にぽっかり開けた空間があり、そこにイルンお嬢様は両手を上げて降り注ぐ光を浴びてうっとりしていらっしゃいました。
まるでお嬢様自身が光り輝いているような錯覚を覚えます。
こうした空間は妖精の社交場などと呼ばれているので、ひょっとしたら本当に妖精達が祝福しているのかもしれませんね。
「おーい、そんなに先に行くなよ」
お昼ご飯を持ってきてくださったレベッカ先生が追い付いてきたようです。
そちらに一度目をやって再びお嬢様に目を向けた時、視界にのそりと動く黒い影が見えました。
アグラー、森に住む獰猛な猛獣です。
お嬢様を守らなくては、でもあれを刺激しないよう気を付けなければ、おろおろしている私をよそにお嬢様も気づいてしまい、あろうことか、ちちちを舌を鳴らし、おいでおいでーと声を出して左手に帽子を持ち、右手の指をぱたぱたさせて猫でもかまうかのようです。あちらも興味津々といった様子でお嬢様に近づいていきます。
駄目です!それは人里にも入り込んで赤子をさらっていくような危険な猛獣です!!
私がおろおろしていると、レベッカ先生が異常に気付いていつのまにかすすっと流麗な動作で間にお嬢様の間に割って入ろうとし、アグラーに岩のような拳を振り上げます。
「だめ!」
「お、おい!?」
お嬢様が振り向いてレベッカ先生を止めると、後ろからあの猛獣がお嬢様に!
「え!?」
あの猛獣が、お嬢様のわきの下から顔を出して頭を体に擦りつけて甘えた声を出しています。
「もう!先生何しようとしたの!!いじめたりしちゃダメでしょ!」
ねー、と猛獣の喉に手をやってくすぐり始めました。
あれはごろごろ音を立て始め、完全に猫です。
「はあ、で、イルン。それはどういうことなんだ?」
「・・・?なんのこと?」
ご一家も追いついて、ちょっと恐れおののきながら敷き布を広げ昼食を始めました。あれはお嬢様の隣で騎士のように寄り添って腰を落としています。
座った状態でも立ったお嬢様と同じくらいの背の高さです。
「そいつは時々人里でも悪さをする危険な猛獣だ」
「そんなことないもん、ねー?」
お嬢様はわーい、もふもふだーと喜びながら顔を擦りつけています。
ああ、うらやましい・・・・・・。
もう少し森にいたいというお嬢様を説得して、なんとかあの獣にお別れしてもらい、再出発しました。あちらも名残惜し気に途中まで着いてきましたが、さすがに街道からは追ってきませんでした。
午後の鐘二つ分くらいは走ったでしょうか、いくつかの村々の田園を通過し、ようやく街門へ辿り着きました。途中の草原で北の遊牧民のテントが見えましたが、今年は随分南下してきたのですね。
街門といっても自由都市として経済活動と発展の為、街壁は撤去された形式的な門だけが残っています。
衛士に身分証明書を見せそのまま中心街へ向かいます。
何度か来たことはありますが、非常に大きな街で人口は20万人近くだそうです。
オルステンド男爵領にはここまで大きな都市はありません。
ここは上下水道まで完備されていますからね。
王都も同じような設備はあるそうですが、男爵様が自領に戻ってこないのも納得です。
中心街のホテルに馬車を止めるとご家族を降ろし、予め先触れをだしてあるので旦那様は市長に会いにいくそうです。下男は今度は旦那様の馬車に同乗していきます。
お嬢様は巨大な街にびっくりしているのが先に立っているようで、恐れていたほど人に怯えてはいらっしゃいません。
私も実家の取引や旅行で家族に連れてこられた時、ここに来た時宿を取りましたが、こんな5階建てもある立派なホテルではありませんでした。
1階毎の天井が高く、お城より立派そうです、見た事はありませんけど。
荷運び人が手際よく昇降機に乗せ巻き上げ機で荷物を運びこんでしまいます。
そろそろ寒くなってきましたので念のため防寒着なども詰め込んであり、ご一家分ですから結構重いですのに、凄いですね、あれ。
宿泊先は4階ですが、イルンお嬢様には大変なのでレベッカ先生が抱き上げていきます。
今回は吊り下げ式ではないようです。
今日の所は皆疲れていますので、部屋で皆さまにお茶を入れ夕食までのんびりします。私とリリヤさんも格付けは落としていますが、お部屋を頂いていますので、このホテルでの宿泊です。
下男や御者たちは付属の使用人向けの宿ですのに、私達は旦那様達と同じような部屋を取っていただいて誠に有り難いことです。
旦那様が戻っていらっしゃると、夕食にちょうどいい時刻になりましたので5階の食堂へ向かいます。こちらは宿泊者以外も利用されるそうでなかなかの賑わいです。
途中見かけた遊牧民の民族衣装を来たお嬢さんもいらっしゃって、せっかく同年代だからと奥様がうながしてイルンお嬢様が自己紹介をなさっています。意外と裕福なのかしら、と失礼なことを考えてしまいましたが、定住者と遊牧民の衝突を避けるため族長御一家を市長が招いたそうです。
旦那様もご存じなかったそうで、彼らは招待された大ホールへ向かいました。
私たちは個室を予約しておりましたので、そちらへ案内されます。
お部屋には大きな円卓と特別に私たち使用人用に準備された席があります。
バルコニーもあり、この大都市の夜景が一望できます。
街を貫く街道沿いに街灯があり、港の方角や他にもほうぼうに灯りが灯っています。
ほんとうに素晴らしいお部屋です。
旦那様が経営されていた商会は他人に譲ったので個人資産は大したことがないとおっしゃっていましたが、今なお、かなりの財力をお持ちです。
お嬢様が怖がるので宿泊先のお部屋からも鏡を外しておくことまで手配されており、財力もさることながら気配りもできる人格者でもあります。私達使用人皆が尊敬する旦那様です。
お嬢様のお体の具合は大分よくなってきたといってもやはり顔の左半分が暴行で潰されてしまったのと膝の具合がかなり悪く、私達の介添えがないと長時間立ち歩くのはまだ苦しいご様子です。
おいたわしい・・・。
鏡を見るのは嫌がるのは、やはりお顔のご様子をかなり気にされているのでしょうか。あまり内心を語っては下さらないのでわかりません。
最近は言わなくなりましたが鏡の中にお化けがいると泣きじゃくってしまうのです。
先生が地獄の話をしたり脅かし過ぎたせいじゃないでしょうか。
一通り夜景を堪能してから、席へ着くと給仕たちが前菜を運び込みます。
レベッカ先生がイルンお嬢様が軽度だが、金属に対して肌が過敏に反応する体質だということで、家令のコンラートさんが予め問い合わせてくれていますが、食器は銀製なので大丈夫だろうとの回答でした。金属にもいろいろあるそうです。
念のため木製の食器も準備されており、気配りが行き届いていますね、さすがの高級店です。
お嬢様がこわごわと触れてみましたが平気なようで一安心です。
レベッカ先生やヨハン坊ちゃまは少量ずつ提供されるお食事にご不満のようでしたが、こういうお店の食事は味わって食べて頂きたいものです。
柔らかいお肉の入ったスープを飲み終わった後、皆に感想を聞き、その内容に満足して旦那様がおっしゃいました。
「ちなみに今のが香草煮込みの蛙スープで、このあたりの郷土料理だ」
奥様は、あらそうなの気づかなかったわとおっしゃいましたが、同感です。
洗練されすぎていてまったく別物です。
ヨハン坊ちゃまはびっくりはしていますが、嫌悪感はないようです。まあそうでしょうね、この味では。
「旨いにゃ旨いがあたしとしては脚を普通に焼いて塩を振ったヤツが欲しいねえ」
レベッカ先生には少し不満が残るようです。
それを聞いた給仕責任者が料理長に頼んでみるのでよろしければ、お持ちしましょうかとおっしゃってくださり、次の甘辛く炒めたものと一緒にお持ちくださいました。
お嬢様方がいらっしゃるので配慮して原型が余りわからないように片足ずつ焼いたものでしたが、レベッカ先生も満足してくださいました。
イルンお嬢様はもうお腹いっぱいになってしまったようで、あまり食べられませんでしたが、ヨハン坊ちゃまは年ごろの男の子らしく健啖っぷりを示し、最後の料理まで完食されました。私とリリヤさんは少し離れた席だった為、詳しくは聞けませんでしたがどうもヨハン坊ちゃまはイルンお嬢様が生で食べるのかと思ってたそうですね、そんなわけないでしょうに。イルンお嬢様が坊ちゃまを見る目に哀れみの色が濃くなりました。
そうです、何故かお嬢様はあれから坊ちゃまを嫌うようなそぶりを見せず、哀れみの目で見ていたように思えるのです。何故でしょうね。
それはともかく、誤解が解けて何よりですが、実の所種類も違いますし自宅で調理してもこの味にはならないことは黙っていましょう。私の実家でも食べませんし。
給仕長とレベッカ先生が話していましたが遠方のお客様にも楽しんでいただけるよう当店で改良を重ねたもので、本来の郷土料理とはかけ離れてしまっているとのことでした。
・・・・・・でしょうね。
食事が済むとバルコニーの席にある燭台に灯りがともり、デザートとお茶が準備されご一家が移動します。
私たちにも今の座席で配膳してくれます。
燭台の蝋から良い香りが部屋の中まで漂ってきます、これもまた高級品ですね・・・・・・。
実家の農園には遠方から様々なお客様が買い付けにいらっしゃいますので、父から私も農園の娘には不似合いなほどの教育を施されました。我が家の商品はなかなかの高級品なのです。
本館で旦那様付の公務補佐官からもこのまま貴族が相手の応対をさせても構わないくらいといわれたことがありますが、本物の貴族や富裕層のお相手は無理そうです、世界が違います。
お腹いっぱいになって、うつらうつらとし始めたお嬢様には申し訳ありませんが、本日はたくさん汗をおかきになっていますので、お風呂に入って頂かねばなりません。
せっかく専用のお風呂が用意されていることですし。
脱がせようとした時に気が付いたのですが、お嬢様はいつの間にか背が伸びていたようです。今朝着替えのお手伝いした時には気が付かなかったのですが、服のサイズが少々合っていません。
全然背が伸びないとレベッカ先生が心配していましたが、これで一安心ですね。




