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森の娘と最後の騎士  作者: OWL
第一章 森の獣
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第19話 ある町の医者③

イルンは起き上がれるようになると冬の間、健気にヨハンナのお手伝いを始めた。

やはり頭のいい子のようで、すぐにこちらの文字を覚え、言葉遣いも堪能になった。ヨハンナが独りの時間が多いイルンを慰めようと文字を読めるようになったのなら、とオイゲンの書斎から本を持ち出して与えたのでどんどん語彙も増えていく。

時折、村から様子を見に来るアンナマリーにもよく懐いて抱き着いて甘えているようだ。

ボサボサだった髪もヨハンナが熱心に髪を梳いてやったのでさらさらと手触りもよくなった・・・らしい。


あたしは相変わらず嫌われている。

悔しい。


ヨハンナとアンナマリー以外が頭に手をやろうとすると払われる。

悔しいので頬を引っ張ってやる。

この険のある顔つきをほぐしてやろうという親心の現れだ。

この表情で固まってしまったら可哀想だからな。


あいつらはこの子を抱いて暖かい体温を感じているととても気が安らいで、癒される気がするとほくほく顔だ。

アンナマリーの奴は、行動は慈悲深い敬虔な神官の鏡みたいなヤツだが、気丈で厳しい女でもある。どんなに暑かろうが青い神官服と飾り気のないベールをつけて、常にびしっと背筋を伸ばしている。せっかくの美人だというのに、厳しい顔つきのせいで台無しだ、もったいない。

自分の厳しさを村のガキどもにも求めるので、畏れつつ敬われて遠巻きにされている。

そんなアンナマリーがイルンの事にだけは甘い。

まあ最初に治療にあたって一番酷い状態の彼女を診ているのだから、それも当然か。

あんな可愛い子をあの惨状にしでかした奴らにはらわたが煮えくり返るが、どうしようもない。

古今東西世の中何処にでもある話だ。


いちおうアンナマリーからあたしの貢献をイルンに宣伝しておくよう言い含めておいた。

アンナマリーからの受講料替わりだ。

ほんとはいかんのだが、あたしは東方職工会ギルドのはぐれ扱いだし、神官の扱いも微妙な時代だ。

目立たないようにすれば文句はいわれまい。


アンナマリーは言葉を教えるついでに聖典の内容を語っているらしい。

本来の神話は結構際どい描写が多いので、子供向けに改変された内容だ。

神話は教訓になる話も転がっているが、子供に道徳を教えるには本来の神話は不都合が多いのだ、部分的には教えておかないとならないこともあるのでそういった改変がある。

村のガキどもは堪え性がなく長時間話を聞いてられず騒ぎ出すので、アンナマリーも聞きたくないなら別にいいとさじを投げた。

だが、イルンはお話好きらしく退屈もせず静かに聞いている。

そのうちイルンはアンナマリーを見習って事あるごとにお祈りをするようになった。

ちょっとあいつは周りの影響受けすぎじゃないか。


春になると、ヨハンナのお手伝いをしていた関係でイルンは私邸とヨハンナの自家菜園にやってくる侍女達にも気を許し始めたようだ。気を許したもの達にはなんとか無理して愛想をみせようとためらいがちな微笑みを向けてくれる。すでに彼女の本当の笑顔が見たい、と希望する本館の使用人達の人気者になっている。イルン、・・・恐ろしい子。

どいつもこいつもあっさり陥落しちゃって情けない。


お手伝いをしているとき、ぷるぷると震えながらイルンは頑張って重い水桶を運んでいたのだが、重すぎて脱臼してしまった。

あたしは整復治療を施し、ヨハンナと侍女達にイルンに重い物を持たせないよう注意した。

栄養状態は十分行き渡って回復している筈なのだが、どうにも彼女の体は脆い。

枯れ木のようだ。


イルンはせっかくお手伝いをしようとしたのに、両手が使えなくなって余計な手間を増やしてしまった、としょんぼりしている。

せっかく歩けるようになったのに寝室で引き籠ろうとするので、強引に摘まみ上げて庭に連れ出してやった。

あたしが何もしてないと、侍女達の目が冷たいし。

いや、ちゃんと手が使えないこいつの世話焼いてるよ?

また赤くなってぷるぷる震えて楽しいけど。


摘まみ上げると、最初は抵抗していたイルンも抵抗が無駄なことに気づいて、力を抜いて手足をだらん、とさせた。ちょうど玄関で鉢合わせした侍女のハンネが冷たい目でこっちをみる。何故だ。


「先生、猫の仔じゃあるまいし、そんな持ち方・・・・・・」

「こいつはあたしに抱かれたがらないんだ」


自分が代わるというハンネの申し出に、あんたの仕事じゃない、と突っぱね庭のベンチに座った。

イルンは私の膝の上だ、軽いな、ほんとに。

彼女は諦めて周囲を見回していたが、何かに気を取られたようでじっとそっちを見ている。


「なんだ、ヨハンが気になるのか?」


ヨハンはカウフマン一家の長男で父親のオイゲンに似て金髪の10歳くらいの元気な男の子だ。父親の若かった頃のように商人になりたいらしい。


「ちがう、なにもってるの?」


男の子が気になる年ごろではなかったらしい。


「望遠鏡だ、海を見てるんだろう。時々見えるレインヴァールがお気に入りらしい」

「れいん・・・なに?」

「レインヴァール、でっかい魚さ。あの館くらいのな」


顎で本館を指す。


「うそ!?」


本館はカウフマン一家が暮らす私邸より10倍以上でかいので吃驚してる。


「あたしが信じられないか?」


イルンは首を横に振った。


「ううん、信じてるよ。治してくれたし」


意外に素直だ。躊躇ためらいなく返答した。


「治したといっても、お前に言われた通りの湿布を作ってやっただけだがな」

「元通りにつないでくれたよ」


こっちを見上げて見つめてくる。


「こほん、それよりあの湿布も前の解熱剤も結構高く売れると思うぞ」

「先生にあげるよ、お礼なにもできないし」


先生の好きにしていいよ、といわれたがいらん。


「いいさ、ギルドに全額巻き上げられるか、どっかの工房に独占されるか、今の主流製法握ってる所に命を狙われるだけさ」

「そういうものなの?」


そうさ、だからオイゲンもギルドから離れて安定生活を選んだ。

身近な人間に現物提供するだけで十分だ、報酬はお抱え医師として公費から貰っている。


「伝説で医聖、薬聖といわれた偉人達が秘伝の技術、製法を本に残したが古代から今に至るまでに写本されていく中、いつしか誤記や省略が入ってしまい、正しい知識はギルドが独占して公開にはうるさい決まり事が多いんだ」


イルンはよくわからないといった顔をしていたが、そのうち興味は無くなったようで、今度は門の衛士や、馬丁、庭師を警戒している。


「わっ」


膝の上のイルンを抱えなおした時、体勢を崩して胸に倒れこんできた。

嫌がるかと思ったが、そのままだ。

背中に手を伸ばして撫でてみると、びくっとしたが嫌がる様子はない。

あれ、なんかこいつめっちゃ大人しくない?

やっぱり今まで揶揄からかい過ぎたかな。

しばらく撫でてやっていると、本館周辺やヨハン達を警戒して強張っていた背中からだんだん力が抜けていく。

イルンはいつの間にか、すやすやと静かに寝入っていた。


お前ちょっと、ひとをあっさり信じすぎるだろう。

あんな目にあったのに、無防備過ぎる。

だが、次に酷い目に遭わされたら二度と人を信じなくなる予感があった。

よし、決めた。こいつはあたしが守ってやろう。


「先生、口もとがにやついていますよ。気持ち悪い」


ハンネの奴がまたやってきて、いちゃもんをつけてきた。


「ふん、うらやましいか」


手持無沙汰なので、煙草でも吸うことにした。ちゃんと顔はそらしている。

ハンネの奴はいまにもハンカチを噛んでキーっとうなりそうだ。

仕事しろ。


町の方から聞こえてきた正午の鐘の後、怪我をしたと聞いてやってきたアンナマリーがやってきて子供の前で煙草を吸うな、とうるさいので、寝台に運んでやれといって任せた。

すぐに昼食の準備が出来たとハンネが呼びに来たが、後でいいと断った。


「脚がしびれて立てないんですね?」


あいつ1年近く経っても全然大きくならないのになあ。


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2022/2/1
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