第18話 ある町の医者②
彼女はその後高熱を出して寝込んでしまい、アンナマリーを呼び出さなくてならなくなってしまった。あたしはどうやら完全に彼女に嫌われてしまったようで近づくと唸り声を上げられてしまう。
だが、アンナマリーが薬を出した翌日になっても熱が下がらず、アンナマリーが彼女を宥めて私も一緒に診断することにした。
「レベッカ先生に頂いた薬でも効果が無かったようなのですが、もう少し効き目のある薬はないでしょうか」
「エルモットの葉を煎じたもので、しばらく様子見するしかないねえ」
残念だがこの辺で手に入る材料じゃそれが一番だ。
しかし、思わぬ横やりが入った。
「・・・・・・ウスペンサの花とセディニサの実を乾燥させたもの持ってきて」
不意に飛び出してきた声にわたしとアンナマリーはぎょっとして、彼女を見た。
ついにしゃべった、それはともかく。
「なんだ、それは?聞いたことがない」
彼女はたどたどしく、水辺に生えているこんなの、と説明してきた。
名前が違うだけで、それはよくある水辺の草だった。さらにセディニサの葉についた朝露もコップ一杯分集めて持ってこいという。なんの意味があるんだ、そんなもん。
「・・・・・・おばさん、うるさい。早くいって」
今度はあたしが激高して彼女に掴みかかって、口の利き方を教えてやりたかったが、病人と子供には勝てぬ、と大人しく出て行った。まったくもって偉そうなお姫様だ。
結局高熱を出した二日目もエルモットの薬では治らず、三日目、自分で調合するといった彼女を制して配合の分量を聞いて私が調合し、試し飲みした後、彼女に飲ませた。
四日目嘘のように熱が下がっていたので、ようやく彼女と話し合いをする時が来た。
「で、お前いつからしゃべれるようになってたんだ」
「このまえ」
馬鹿にしたようにこっちを見て答える、・・・そうか、馬鹿にしとんのか。
「・・・・・・話の意味がわかるようになってきたのはいつだ?」
「しらない、うるさい」
「お前、歳はいくつだ?」
「しらない、うるさい」
ぴきり、額に青筋を立てて、その口の利き方はなんだ、と怒ってみたが、彼女は怯えてしまった。
逆にヨハンナに叱られた。
解せん。
「小さな子の言葉は周りの大人の影響を受けるものです、一番話しかけていたのは先生じゃなりませんか」
むう、そうかもしれん。
ヨハンナは旦那の手伝いや他にやる事があるので暇なあたしや侍女が世話している時間の方が長い。
だが、ヨハンナに抱かれてこっちを見る彼女は、ふふん、と笑みを浮かべ明らかにあたしを馬鹿にして得意げにしている。くそう。
「ね、最初にお名前教えてくれる?」
ヨハンナが聞いてみたが、彼女が相手でも少し警戒しているような表情だ。
「悪いようにはしないわ、まずお名前分からないと困るでしょう?適当な名前つけようかと思ったのだけれど、みんなあなたが話してくれるようになるのを待ってたのよ?」
ヨハンナが安心させるように、微笑みかけて彼女に話しかけた。
さすが二児の母、あやすのが上手い。
彼女も少しずつ警戒を解いていく。
「名前はイルン・・・」
ヨハンナはまあ、イルンちゃんというのね、可愛い名前と無邪気に喜んでいるが、私には疑問に思えた。
「おい、それは本名か?」
「・・・・・・嘘の名前もある」
「嘘の名前?」
「酷いひとに教える名前」
奴隷商人にでも伝えた名か、わたしとヨハンナは察しがついたが、それは口に出さなかった。そんな名前は知りたくない。
「じゃあ、続いて質問。おとしはいくつ?」
彼女は不安そうな面持ちになった。
「・・・・・・わからないの、ほんとうに知らないの、うそじゃないの」
今にも泣きそうな顔で答えた。
さっきは嘘をついて隠そうとしたのかと思い、少々高圧的に接してしまったが、どうも本当にわからないようだ。失敗した。
彼女の瞳からは明らかに高い知性が伺え、年齢が分からないとは思えなかった。
「誰も教えてくれるひとはいなかった?」
ヨハンナも信じているようだ、ここは彼女に任せよう。
イルンは怯えてしまって、少しづつしか答えなかったが、ヨハンナが辛抱強くゆっくりあやしながら聞いた話をまとめると、
物心ついた時には山小屋に住んでいて、時々様子を見に来る大人がいるくらいでひとりで暮らしていた。
その大人たちは誰も自分の年齢や親の行方を教えてくれなかったこと。
近くの大人の中に親はいないらしく、必要最低限の世話だけだったこと。
意地悪されて着るものや食べるものを何度も取り上げられてしまったこと。
少し大きくなった時に知り合った近所のお姉さんたちに生活手段を教えて貰ったこと。
大きくなったら奉公に出すから、それまで誰とも接触しないよう叱られたこと。
住んでいた山の麓の村に友達が出来たこと。
隠れて会いに行ったら、友達が少なくなっていてひとさらいにあってしまったこと。
イルンはそこまで話して、また泣き出してしまった。
あたしはその日はそれ以上話を聞くのを諦めヨハンナに任せた。
イルンはそのあともヨハンナといろいろ話していたようだが、医者の私には何が起こったかは聞くまでもない。
ヨハンナはその冬、夫のオイゲンにも息子のヨハンにも私邸に近づくのを禁止し本館で寝泊まりするよう命じた。




