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第二話 放課後の廊下

試験が終わったあとの教室は、いつも少しだけ騒がしい。

「テスト、無理だった」

「一問目から意味分かんなかった」

あちこちでそんな声が飛び交っている。

僕はまだ机に肘をついたまま、ぼんやり窓の外を見ていた。

遠くに海が見える。

曇った午後の光を受けて、灰色に静かに揺れていた。

右隣の席はもう空いている。

さっきまでそこにいた気配だけが、まだ薄く残っている気がした。


鞄を持ち上げ、ゆっくり立ち上がる。

負けた悔しさは、まだ胸の奥に残っていた。

でもそれだけじゃない。

うまく言葉にできない何かが、ずっと引っかかっている。

教室を出ると、廊下には西に傾き始めた白い光が差していた。

窓ガラスに反射したそれが、床に細長く伸びている。

人の姿はまばらだった。

ほとんどの生徒はもう帰り始めている。

階段へ向かおうとした時だった。

廊下の突き当たりで、見慣れた後ろ姿が止まっているのが見えた。

彼女だった。


窓際に立って、何かを読んでいる。

近づいてみると、掲示板に貼り出された来週の校内行事の案内だった。

海浜清掃。

毎年この時期にある、地域の海岸清掃活動だ。

「真面目だな」

僕が声をかけると、彼女は振り返った。

驚いた様子はない。

僕が来るのに気づいていたみたいだった。

「別に」

「もう見たって」

「詳細確認」

相変わらず簡潔な返事だった。

掲示板に目を戻したまま、彼女が言う。

「来週、バス移動だって」

「へえ」

「去年、寝てたでしょ」

「よく覚えてるな」

「窓に頭ぶつけてた」

少しだけ口元が動く。

笑っているらしい。

僕は肩をすくめた。

「今年は起きてる」

「どうだか」

それきり、少し沈黙が落ちた。

廊下の向こうで誰かの笑い声がする。

風が窓の隙間から入り込んで、掲示板の紙をわずかに揺らした。


ふと彼女がこちらを見る。

「テスト」

唐突だった。

「ん?」

「最後の問題、途中式どこまでいったの」

思わず顔を見る。

からかうような調子ではない。

本当に気になっているみたいだった。

「最初の連立まで」

「そっか」

彼女は少し考えるように視線を落とした。

「そこまでいってたなら、あと少しだったね」

その言い方は、不思議と慰めには聞こえなかった。

事実をそのまま置いていくみたいな、静かな声だった。

だから余計に胸に残る。

「……お前、ほんと全部解けたの」

僕が聞くと、彼女は少しだけ首を傾げた。

「たぶん」

「たぶんって何だよ」

「見直しまでした」

「やっぱり嫌なやつだ」

そう言うと、彼女はわずかに笑った。

ほんの少しだけ。

でも、それを見た瞬間。

なぜだか試験の悔しさが少しだけ和らいだ気がした。


彼女は掲示板から視線を外し、鞄を持ち直す。

「帰る」

「うん」

歩き出しかけたその時、彼女がふと思い出したように足を止めた。

振り返らないまま、小さく言う。

「……海浜清掃の帰り、うちこの辺なんだ」

それだけ言って、また歩き出す。

僕はその背中を見送った。

何気ない言葉だった。

たぶん、それ以上の意味なんてない。

なのにその一言が、放課後の白い廊下にいつまでも残っている気がした。

窓の向こうでは、灰色の海が静かに光っていた。

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