エピローグ
また季節が巡って、冬が明けた。
三月中旬。暖房のいらなくなってきた部屋で、ソファで圭人くんと並んで座りながらのびをした。
土曜日の午後ほどのどかな時間はない。圭人くんと映画を観ながら、その肩によりかかった。
圭人くんが僕の肩に腕を回して引き寄せる。画面の中では激しいガンアクションが繰り広げられていた。
コーヒーを飲みながら、それをぼんやり眺める。圭人くんが僕の頬を撫でる手つきがさっきから若干怪しくて、何か期待してしまいそうだ。
「ん」
体重をかけると、圭人くんからも体重をかけられる。おしくらまんじゅうだ。思わず笑うと、圭人くんはひょいと僕を持ち上げて膝に乗せた。慌ててマグカップをテーブルに置く。
「遥さん、集中できとらんですね」
「圭人くんこそ」
からかうように言い返せば、圭人くんは「そうですけど」と開き直った。
「俺はちょっと、考えとったことがあるんです」
「なにを考えてたの?」
僕の言葉に、圭人くんはきゅうと目を細めて笑った。
「ずっとこうして、暮らしていきたいなって」
それは僕もだ。だけどそれをそのまま言うにはためらうような何かがあった。
はく、と喉が震える。
「……うん。嬉しい」
なんとかそう返す。圭人くんは「泣かんでください」と心配そうに言いながら、僕の頬を撫でた。
「会社にパートナーシップ制度があって、事実婚の同性パートナーでも既婚者と同じ福利厚生が受けられるそうなんです」
「うん」
「籍は……入れられませんけど、パートナーシップ制度はあります。それに待っていたら、いいことがあるかもしれませんね」
「そうかも」
「戸籍上であっても、あなたの養子にはなりたくないです。夫なんですから」
とうとう決定的な一言を言われて、僕はとうとう泣き出してしまった。圭人くんは慌てて「遥さん」と僕を呼びながら、僕の目元を拭う。
その手つきの優しさに、ますます泣いてしまった。
「うん。うん、嬉しい。うれしい……」
とうとうめしょめしょと泣きながら、圭人くんの肩口にしがみついた。圭人くんは力いっぱい僕を抱きしめて、背中を叩いてくれる。
「四月の新年度になったら、会社へ報告しようと思います。パートナーシップも書類を出しましょう」
「うん」
「だから四月一日は、俺たちの結婚記念日です」
その言葉に、思わずぱっと顔をあげてしまった。その日は僕の誕生日だ。
表情に少しだけ苦さをにじませながら、圭人くんは「だもんで」と彼の生まれ育った言葉で続けた。
「……毎年、祝いましょう。俺たちの結婚とか、そういうのを」
これは圭人くんの心遣いだ。僕はまた言葉を失って、ぼろぼろと泣いた。
「す、すみません。嫌でした……?」
おろおろと言う圭人くんに、首を横に振る。
圭人くんは、僕のパートナーだ。だから僕が自分の誕生日をあまりよく思っていないことを知っている。
だけど僕のことが大事だから、僕の誕生日を祝いたいんだろう。
その気持ちがうれしくて、うれしくて、仕方なかった。
「ううん。嬉しい……」
なんとか気持ちを伝えると、圭人くんにキスされた。そんな場面だっただろうか。そんな場面だったような気もする。
僕もキスを返す。圭人くんと僕の身体は、すぐにぽかぽかと火照り始めた。
「ベッド行こう」
泣きながら誘うと、圭人くんは僕をひょいと抱き上げた。そのたくましい力に歓声をあげてしがみつく。
「実は俺、そんな気分でもないんですけど、いいですか?」
「いいよ。一緒にいちゃいちゃしたい」
僕たちはそのままベッドに寝ころんで、いろんな話をした。
結婚っていっても口約束だ。だけど圭人くんとの約束だから、他の何よりも信頼できる。
たくさん泣いたせいで、僕はすぐに眠たくなってしまった。枕へあずけられた僕の頭を、圭人くんがゆるゆる撫でる。
「眠たくなっちゃいました?」
「ん……」
うとうとしながら瞬きすると、「寝てもいいですよ」と圭人くんが囁いてきた。
「起きたら、続きをしましょう」
続きか。いいな。
僕は圭人くんにすり寄って、胸元のにおいをいっぱいに吸い込んだ。
きっと明日も明後日も、こうして一緒に過ごすんだろう。
そんな確信があったから、僕は嬉しくてまた泣いてしまった。




