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(15)エピローグ

 ブルーが辿り着いたという結論を聞かされて、ジリアンは驚いているようだった。

「まさか。そんな事、あり得るの?」

「それ以外には考えられない。あの、僕らが失敗作と呼んでいた万年筆の魔法は、マリエちゃんが持っている魔法が取り出されたものだったんだ」

 それは、あらゆる状況を総合した末に辿り着いた、唯一の結論だった。

「マリエちゃんがどういう理由で魔法の力を持っているのかは、ひとまず別問題としておく。そして、自分が魔法の力を持っている事を知らなかった。つまり、素養はあったけれど、魔女としてはまだ入門さえしていない状態だった、ということだ」

「つっ、つまり、マリエちゃんに魔法使いの素質があるという事を、あのレオという男は…」

「知っていた。これも、どういう経緯なのかは知らないけれど、とにかくあの男は、マリエちゃんに魔法の素養がある事を何らかの理由で知っていて、実験を行う事にしたんだ」

「実験!?」

 ジリアンは、ドアを閉じた食堂のテーブルで身を乗り出した。湯気の立つ紅茶が揺れる。

「実験って、なんの?」

「おそらく魔法の素質がある人間から、魔法を取り出してあの万年筆に封印するという実験だ」

「じゃあ、あの蛇は?あれは何なの」

「カミーユの推測だと、あれは魔力で一時的に錬成された疑似生命、ざっくり言えばその場限りの使い魔だろう、って。カミーユも真似事はできるけど、あそこまでリアルなものになると、特殊な魔女の家系の秘儀、という可能性もあるらしい」

「魔女の家系!?」

 つい声が大きくなるジリアンに、ブルーは人差し指を立てた。ジリアンは慌てて口を塞ぐ。

「マリエちゃんが知ったらショックを受けるかも知れない。自分の魔法で街が混乱したと知れば」

「そっ、そうだね…」

「でも、奴らがどうやって万年筆を作り上げているのか、その一端は見えてきた。この方法が唯一の方法なのかはわからないけどね。そして、その過程でマリエちゃん自身にも変化が起きた。つまり、おそらくは魔法の万年筆と接触した事によって、自分自身の魔力が引き出されてしまったんだ」

 それが、アーネットやカミーユも辿り着いた結論だった。魔法の万年筆の組織は、魔法使いから魔法そのものを取り出す事と、魔法の素質を眠らせている人間を覚醒させる実験を行っていたのだ。

「…何のために、そんな事してるわけ?奴らは」

 ジリアンの問いは当然だった。ブルーも、状況は理解しながらも、その理由までは説明ができないのだった。

 そのとき、階段を降りてくる足音が聞こえ、二人は会話をストップさせた。すると、ドアが開いて寝ぼけ眼のマリエが入ってきた。

「お昼の支度しなきゃ…あっ、ブルー!」

 マリエはブルーの姿を認めると、ライトニングと共に食堂に入ってきた。もうすでにマリエに懐いてしまっている。マリエの体格なら、その背中に乗って走る事もできそうだった。

「まだ寝ててもいいんだよ」

「ううん、もう目が覚めちゃった。あっそうだ、えっと、昨日はどうもありがとうございました」

 なんて素直な女の子だろうと思いながら、あと数年すればジリアンみたいにカンの鋭い女性になってしまうのだろうか、と思うブルーだった。

「調子は何ともない?」

 ブルーの質問は、単なる体調についてではない。魔法が発動したことによる影響が、心身に発生していないかの確認だった。

「うん、何ともない」

「そうか。なら、良かった」

 無難な事を言ってやり過ごそうとしたブルーだったが、マリエの質問が飛んできて、その目論見は崩れ去った。

「ねえ、ブルー。わたし、大丈夫なのかな」

 それは、明らかに昨夜の出来事についてだった。

「わたし、魔女になっちゃったの?」

「そっ、それは…」

 まずい、とブルーは焦った。何が起こったのかを説明するのは簡単だが、それによって受けるかも知れないマリエのショックを、どうフォローすればいいのか。とっさにブルーはジリアンに視線を送って助けを求めたが、ジリアンは目を泳がせて明後日の方向を向いたのだった。

 どうしよう。そう思った、その時だった。エントランスから、張りのある少女の声がした。


「こんにちはー。マリエ、いるー?」

 その聞き覚えのある声の主は、勝手知ったる様子で屋敷にずかずかと入ってきた。食堂のドアから顔をのぞかせると、マリエがいるのを確認する。

「あっ、いた。なんだ、ブルーもジリアンもいたんだ。マリエ、元気ー?お昼ご飯作りに来てあげ…うおっ、何だこのでっかい犬!」

 一言で目の前の状況を言い尽くしたその少女は、ピカリング雑貨店の主人代行、レベッカ・ピカリング11歳であった。

「何だこのでっかい犬!」

 まったく同じ文言を繰り返したレベッカは、噛まれないかとヒヤヒヤしながらブルーに言った。

「あっそうだブルー、きのう帰ってから、アドバイスのとおり魔法の練習してみたんだ。なんか前よりスムーズに撃てるようになったみたい。威力のコントロールも慣れてきたよ。人を殺さない撃ち方も覚えられそう」

「人間に撃つなって言っただろ!」

 ブルーのツッコミもどこ吹く風のレベッカだった。すると、マリエが驚いたようにレベッカを見た。

「レベッカも魔法が使えるの!?」

「え?あ、話してなかったっけ」

 そう言って、当然のように杖を取り出そうとするレベッカをブルーが止めた。

「建物の中で雷の魔法を撃つな!!」

「大丈夫だって。あたし家の中で試しまくってるもん」

 その言葉に、マリエは何か安堵したような表情を見せた。

「私だけじゃないんだ…魔法が使える女の子」

「え?」

 来たばかりのレベッカには何の話かわからない様子だったが、どうやらレベッカのおかげで何とかなるかも知れない、とブルーは思い始めていた。その期待を知ってか知らずか、レベッカはマリエに訊ねる。

「なに?ひょっとして、マリエも魔法が使えちゃう系女子なわけ?」

「ええとね、昨夜あった事なんだけど…」


 レベッカは、自分が知らないうちに起きていた騒動を知って、驚きを隠さなかった。

「なにそれ、すごいじゃん!見たかったな、魔法対決」

「ショーじゃないっての!」

 呆れてツッコミを入れるブルーだったが、レベッカの軽いノリのおかげで、マリエの緊張がほぐされていくのがわかった。ブルーも安心したように、マリエに説明した。

「マリエちゃん、あの白いスーツの男だけど、もう僕ら警察があいつに厳しく言ったから、悪い事はしない。だから、安心してほしいんだ」

「そうなの?」

「ああ。だけど、念のためジリアンお姉ちゃん達が、君をガードする。その間、ワガママ言い放題だから、何でも頼むといいよ。買って欲しい物とか」

「何勝手な事言ってんのよ!」

 ジリアンがバシンとブルーの頭をはたくのを見て、マリエはケラケラと笑った。

「あははは!」

 その笑顔を見て、ようやくブルー達にも安堵が訪れた。正直なところ、例の組織がまだマリエへの関心を持っている可能性はある。カミーユが脅しをかけたとしても、それを無視して行動に出ないという保証もない。だが、すでにマリエの周りには、こうして頼もしい魔女たちもいる。おいそれと手出しはできないだろう、と考える事にした。

「君に魔法の力が発現した事については、もうちょっと調べさせてほしい。けど、レベッカや君みたいな人は、決していないわけじゃないんだ。だいたい、ここに今いるメンバーは全員魔法使いだ。君は一人でも、おかしな存在でもない。だから、安心して欲しい」

 ブルーが精一杯マリエを気遣う様を、ジリアンが感心したように眺める。マリエは安心したのか、小さく頷いた。

「うん、わかった」


 ようやくひと通り上手く収まりそうなタイミングで、何やらまたエントランスから、今度は野太い声が聞こえてきた。

「…ん?」

 その声に、ブルーは聞き覚えがあった。ブルーは警戒しつつ、マリエたちを食堂に待機させ、慎重にエントランスに顔を出した。

 そこでブルーは、まさかだろ、とうっかり声に出してしまった。それは、やって来た人物にしっかり聞かれたようである。

「何がまさか、なんだい」

 その、控えめに言って灰色熊のような迫力を備えたシルエットの主は、デボラ生花店の店主で、かつてはそのスジの人間だったという女傑、キャロル・デボラその人であった。キャロルは、厚ぼったい一重まぶたの下の眼光をブルーに向ける。

「昨日の刑事のボウヤじゃないか。何でここにあんたがいるんだい」

 それはこっちのセリフだ、とブルーは言いたかったが、命は惜しいので言い方を変える事にした。

「い、いちおう事件の被害者の警護ってことで…デボラさんは、どうしてこちらに」

「どうしてもこうしてもないよ。あのキャンディ売りの子に、うちの商店街代表として挨拶に来たんだ」

「マジか」

 うっかり本音をもらしたブルーを、キャロルはジロリと睨んだ。その時気付いたが、キャロルの両となりには、明らかにそのスジの人間としか思えないファッションの、若い男性が立っている。

 そこへ、何事かとマリエたちがドヤドヤとやって来た。

「あっ、あの時のおばさん!」

 マリエは、驚いたようにキャロルに駆け寄った。キャロルはマリエから例の万年筆を購入した人物の一人である。

「覚えててくれたかい。客の顔を記憶できるのは、いい商売人の第一条件だ!」

 キャロルは笑って、マリエの背中を叩く。マリエの細い身体が折れやしないかと不安なブルーをよそに、キャロルは話を続けた。

「マリエとか言ったかい。あたしはキャロル・デボラって花屋のもんだ。ま、ちょいとした商店街の相談役みたいな事もやってるがね」

 もう話し方がそのスジの人間だろう、とブルー達は思ったが、マリエは一切動じる様子がない。キャロルは話を続けた。

「もう、キャンディ売りはやめたのかい?」

「ええとね、今は理由があってできないんだ。またやろうかなって思ってる」

「そうかい。だがね、キャンディだけ売ってるのも面白くないだろう。今回の事件、そこの刑事のボウヤから大体の話は聞いた。ここの住所も勝手に調べさせてもらったよ。来たのは他でもない、ちょいと話があるんだがね」

 ブルーは、いったいこの巨体のおばさんは何をさせようとしているのか、と訝った。何かやばい品物の流通に、マリエを巻き込むつもりなのではないか。すると、そこへ意外な人物が割り込んできた。

「ちょっと待った!おばさん、どこの誰か知らないけど、マリエはうちの商店街のメンバーになるって決まってるんだよ!」

 レベッカが突然、勝手に商店街を代表して話を始めたので、ブルーは唖然とした。

「バカ!この人にケンカ売ったら殺されるぞ、レベッカ!」

 つい本音を言ってしまったブルーだったが、幸いなのかどうか、キャロルの目はレベッカに向けられていた。

「なに?」

「あたしの方が先にこの子と知り合ったの。商売の話はあたしを差し置いてしないでくれる」

「ほう、このキャロル・デボラに真っ向から文句を言うとはいい根性だ。どこの店のもんだい、お前さん」

「ピカリング雑貨店のレベッカ!」

 その堂々たる態度に、ブルーもジリアンも気圧されてしまっていた。まさかレベッカに、これほど骨があるとは思ってもみなかったのだ。キャロルはニヤリと笑って、レベッカとマリエを見る。

「なるほど、なかなかいい眼をしてるじゃないか。いいだろう、あんたも話に加わりな」

 そう言って、キャロルはドカドカと足を鳴らし、マリエとレベッカを連れて勝手に食堂に入って行った。あとに続こうとしたブルーとジリアンは、そのスジのお兄さん二人によって丁重に追い出されてしまう。

「申し訳ありません。ボスの商談が終わるまで、お控えください」

 ボス。いまボスって言った。ブルーは、足を洗ったというキャロルの供述が全くの嘘であった事を知り、若干青ざめた表情でエントランスのソファーにもたれかかった。

「あのオバサン、何なの」

 怪訝そうに食堂のドアを睨むジリアンに、ブルーは「関わらない方が安全だと思う」とだけ答えた。


 簡単にまとめると、キャロルは自分の商店街にある菓子屋とアクセサリー店から販路拡大の相談を受けており、その販売をマリエに持ち掛けにきたのだった。マリエの取り分は上がりの何割かだというが、その比率は口外するなとマリエは口止めされているらしい。

 マリエは、やはり子供なので両親の許可がないと回答はできない、話がまとまったらデボラ生花店に伺う、という話を取り付けて、とりあえずその日の商談は終わった。やっている事は完全に一人の商売人であった。




「それでどうなったんだ、その商談とやらは」

 後日出勤した魔法捜査課のオフィスで、ブルーはアーネットの質問に答えていた。

「うん、そのあとお母さんとレストランのお父さんに話をして、結局マリエちゃんが商売の勉強も兼ねて、キャロルさんの指導で売り子をやる事になったみたい」

「マジか」

「アーネットが言ったんだろ、あの子は只者じゃないって」

 いまさら何を、という顔でブルーはアーネットを見た。

「レベッカの雑貨店にも、そのアクセサリー店からの品物を納品するっていう、仮契約が結ばれたみたい。あのおばさんこそ、いまだに只者じゃないよ。足を洗ったどころか、現役なんじゃないかな」

「ひええー」

 わざとらしく、アーネットは驚くジェスチャーをしてみせた。

「レベッカもマリエも、いつか商店街を仕切る女ボスになってるかも知れないな。今のうちに仲良くしておいた方がいいぞ、ブルー」

「いつの話だよ」

「時間なんて、あっという間に過ぎ去るものさ」

 アーネットは、ふと時計を見た。ナタリーは何の用事か、どこかに出かけているらしい。アーネットは、思い出したようにブルーを見た。

「そういえば、ブルー。マリエたちの話に気を取られていたが、お前ジリアンと夕食一緒に食べに行ったんだろう」

 唐突に言われて、ブルーは盛大に紅茶を吹いた。

「誰に聞いたんだよ!!」

「カミーユがうっかり、事件について報告してる時にもらした」

 絶対うっかりじゃないだろう、とブルーは憤慨した。だんだんカミーユも、アーネットやナタリーの色に染まって来ている気がする。何をバラされるか知れたものではない。

「どこで何を食った。そのあと、ちょっと散歩くらいしただろう。どうなんだ」

「完全にオッサンじゃんか」

「何でもいい。質問に答えろ」

「拒否権を行使します!」

 ブルーは文字通り逃げ出すようにデスクを立つと、ドアに手をかけた。すると、ドアは勝手に開いて、書類を抱えたナタリーと鉢合わせしたのだった。

「げっ!」

「げっ、とは何よ、失礼ね!」

 憤るナタリーに、アーネットが意地悪く声を上げる。

「ナタリー、ブルーがジリアンと夕食に行ったそうだ。いまその取調べをしてるとこ」

 それを聞いたナタリーの表情が、勝ち誇った笑みに変わる。ブルーは額に脂汗を浮かべていた。

「ふーん。いろいろ供述してもらわないとね。どこを歩いたのかしら。手はつないでたのかしらね」

 ナタリーの手が、がっしりとブルーの肩を掴む。ブルーはとっさに魔法の杖を取り出し、ナタリーの足を魔法で滑らせてしまった。

「きゃあ!!」

「ちょっと出かけてくる!!」

 ブルーは、地下室の廊下をダッシュして外に向かった。その後を大人二人が追いかける。

「待て!」

「誰がっ!」

 ブルーを追って、アーネットとナタリーも地下室から地上に飛び出す。外の風はもう、夏の熱気を感じさせていた。魔法捜査課が発足して、何度目かの夏がまたやって来るのだ。


 今度は、どんな事件が舞い込んで来るのだろう。奇怪な事件は、メイズラントヤード魔法捜査課まで。



【キャンディ売りの少女/完】

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