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(3)タウンブレイカー

 その情熱や手間を普通の人生や趣味に活かせばいいのではないか、と言いたくなるほどに、犯罪者たちはその高度な犯行への研鑽を惜しまない。

 それを見習っているわけでもないが、魔法犯罪特別捜査課もまた、彼らなりに日々、捜査環境を進歩させていた。


「ナタリー、杖が鳴ってませんか」

 セミロングまたはミディアムの銀髪を真っ直ぐ切り揃えた、黒い薄手のコートの若い女性が、カフェの丸テーブルを挟んで紅茶を飲む女性に言った。

「あら、気がつかなかった」

 魔法捜査課のナタリー・イエローライト巡査は、ジャケットから短い杖を取り出すと、杖が特定の間隔で振動、赤く点滅している事を確認した。広げたナプキンに、その杖の先端を載せる。


 するとナプキンが一瞬淡く光って、見えないタイプライターを幽霊が打っているかのごとく、黒い文字の文章が記されて行った。

「アーネットからだわ」

「緊急の案件でしょうか」

「……」

 文面をざっと読み終えたナタリーは、目の前の女性にその文面を見せる。

「これはまた」

 同じく読み終えた女性は、落ち着いた様子で紅茶をひと口飲んだ。口の端が上がっている。この人物にとっては、なかなか面白い事態であるらしい。

「それで、どうなさるおつもり?」

「放っておくわけにも行かないけれど、休日にゆっくりできないのもね」

 ナタリーは困ったように頬杖をつく。

「では、ショッピングがてら調査と洒落込みましょう」

 銀髪の女性の提案に、無茶苦茶だなと思いながらもナタリーは笑った。

「ショッピングなら、そちらへの協力依頼料も出ないわよ」

「もちろんです」

「それじゃ、どの辺から調べる?」

「ちょっと行ってみたかったアンティークショップがあるんです」

「決まりね」

 ナタリーは杖を振ると、テーブルの上に置いて、短い呪文を詠唱した。

 すると、テーブルの表面に光る文字列が浮かび、ある程度まとまった文章になるごとに、流れるように消えて行った。

 これは特定の相手の杖に文章の情報を送る魔法で、微弱なレイラインさえ通じていれば文字で連絡を取り合う事ができる。彼らの間では魔法の電報、略して「魔電」と呼ばれており、古来からの文字伝達魔法を現代に合わせてアレンジしたものである。

「さて」

「行きましょうか」

 二人は席を立つと会計を済ませ、石畳に足音を響かせて歩いて行った。



 アーネットはレンガの壁に映したナタリーからの返信を読むと、眉間にシワを寄せていた。

「『アーネットへ。了解。行動範囲内で、不審な出来事の情報があったら連絡します。いま、頼もしいあなたの銀髪の元カノと一緒なのでこちらの心配は要りません。』」

 そう読み上げたのはレベッカである。

「銀髪の元カノって誰!?」

「カミーユだろ。最近ナタリーとよく会ってるらしいよね。絶対ソリが合わないだろうって思ってたけど」

 ブルーは他人事のように言う。

「なんか、他にも元カノがいるようにも解釈できる文面だわ。ナタリーさんも本当は元カノなんじゃないの」

 レベッカから向けられる最大級の軽蔑の視線を受け、壁面に文章を表示したのは失敗だと悟ったアーネットであった。それを見るブルーの、女癖が悪いと歳取ってから痛い目見るんだな、とでも言いたげな憐れみの視線も痛い。

「俺の事はどうでもいいよ!ほら、レベッカ。案内してくれ」

「大人のヒステリーって見苦しいわね」

「お前、5年前はもうちょっと素直な子だったぞ」

 最近、10代の少女から手痛い仕打ちを受ける事が多いと思いつつ、アーネットは先導するレベッカに従って街へ出るのだった。



 レベッカの案内で最初にやって来たのは、彼女の雑貨店から500mほどの、交差点わきにある広場だった。アコーディオン弾きが陽気に歌い、コーヒーやフィッシュアンドチップスの屋台もあり、周辺にはカフェや書店もある。

「へえ、この辺初めてだけど、あんがい賑やかなんだ」

 ブルーの視線は書店に向いている。本の虫にとって、書店は宝石店と一緒である。

「ちょっと本屋さん見て来ていい?」

「…少しだけだぞ」

 渋い顔でアーネットが許可を出す。

「サンキュー」

 ブルーは駆け足で書店に駆け込む。休日に引っ張り出した負い目もあり、急な捜査中でもそれくらい大目に見る事にしたのだった。

「さて、レベッカ。例の女の子は今いるか」

「いないね。いつもはほら、そのガス灯の柱の横にいるんだ。ここを売り場にしてる時はね」

 二人は、今は誰もいないスペースを見る。

「他に何か所あるんだ?その子が陣取るのは」

「あたしが知ってるのは、あと3か所だよ。毎日いるとは限らないけどね。家でこき使われてるって聞いたから。家っていっても、ホントの親じゃないらしいんだ」

「…何歳くらいの子なんだ」

 気の毒そうにアーネットは訊ねる。よく聞くような境遇ではあるが、「貧民街にいないだけマシ」というようなレベルの生活を送っているのだろう。

「たぶん、9歳前後ってとこだろうね。素直ないい子だよ」

「その子の家、わかるか」

「え?いや、家までは知らないな。町のおばちゃん達なら耳ざといから知ってるかも。訊く?」

 レベッカがそう言うので、アーネットは少し考えてから答えた。

「…訊くだけ訊いてもいいが、いまの優先事項は、例の万年筆の捜索だ」

「アーネット、ひょっとしてその義理の親御さんに、なんか言おうと思ってる?虐待するな、とか」

 図星だったらしく、アーネットは押し黙った。

「ふうん。ほんと、最初に会った時から変わってないね。情に流されやすいっていうか」

「何とでも言え」

「…まあでも、あの子の事は商店街のみんなも、それなりに心配してるんだ。いつかは、何か行動を起こさなきゃって、なんとなくみんな思ってるフシもある。その時に、力を貸してよ。刑事さん」

 レベッカは、アーネットの背中をバンと叩く。

「お前は成長したな、レベッカ」

 アーネットが微笑むと、レベッカは歯をむいて笑った。


 アーネットとレベッカが話し込んでいる所へ、何やらうなだれたブルーが戻ってくる。

「予想外に高い本ばかりの店だった」

「あら、あそこはここらじゃ有名な専門書の店よ」

「先に教えてよ。店の人も雰囲気が違うし、なんだか貴族みたいなお客とカウンターで書類のやり取りしてて、僕の場違い感が凄かった」

 読みたい本は山ほどあったが、どれも驚くほど高価で、普通の商店街になんでこんな高級書店があるんだ、とブルーは首を傾げていた。

「それで、例の女の子はいたの?」とブルー。

「いや」

 アーネットは周囲を見渡すと、レベッカに訊ねた。

「そういえば、まだその子の容姿を聞いてないな、レベッカ」

「あ、そうだね。うーん、身長は私より何cmか低い。顔はかわいいんだけど、いつも無理に笑ってる感じ。髪はゆるいウェーブがかかった、明るめのブラウンで、瞳は濃いめのブラウン。服装は…だいたいは、薄茶色のドレスに帽子と、だいぶ痛んだエプロンかけてて、キャンディのカゴを下げてる」

 なんだか語り口が探偵みたいだ、とアーネットたちは思った。

「見ればすぐわかるよ。…幸薄そうな美少女」

 レベッカの表情は重い。

「でも、そういえば最近、あの子の姿を見てないんだよね」

「そうなのか?」

 アーネットは訊ねる。

「いや、毎日あちこち出歩いてるわけじゃないから、たまたまかも知れないけど。あたしは、あの万年筆を買って以来、会ってないんだ」

「ふうむ…」

 例の万年筆と、その事になにか関係があるのだろうか。アーネットがそう思った時、それは起きた。


 通りの北側の奥から突然、ガラガラ、ガシャンと何かが崩れる音が聞こえてきたのだ。


「なんだ!?」

「あっち、さっき僕が行った書店の方角だよ」

「おい、見ろ!」

 アーネットが指差した先は、つい先ほどブルーが入った書店がある、3階建ての小さなビルだった。そのビルの屋根瓦や煙突が外れて、道路に落ちてきたのだ。


「うわあ!」

「あぶない、下がれ!!」

 

 通行人たちの怒号が響く。例の書店から出て来た身なりのいいスーツの男性は、何が起きているのかと怪訝そうに周囲を見渡したが、その彼の頭上でも異変が起きていた。

「おい!」

 アーネットが驚いて叫ぶ。なんと、書店の看板の片側が外れて、軒下にいるスーツの男性を直撃しようとしていたのだ。

「おわっ!」

 慌てて男性が飛び退くと、そこに外れた看板が盛大に落ちて真っ二つに割れてしまった。

 一体何事かと、野次馬たちが通りに出てくる。高級スーツの男性は、逃げるようにその場を去った。


 だが、またしてもその男性が逃げ込んだ路地で事故が起きた。ガス灯の頭が外れて盛大に落下したのだ。

「どわわわっ!」

 さらに今度は、書店の隣にある比較的大きめの雑居ビルの、通りに面した窓が窓枠ごと外れて、通りにバラバラと何枚も落下していた。ガラスが割れ、人々の悲鳴が響く。


「おい、ブルー」

「異常だね」

 アーネットとブルーは杖を構えると、現場に向かって駆けだした。

「レベッカ、君はそこを動かないで!絶対だよ!」

 ブルーは叫ぶ。レベッカは、何が起きたのかわからず混乱していた。


 アーネット達は、ガラスや木材や釘の散乱する通りに着くと、被害の様子を素早く観察した。

「ブルー、これはどう考えても魔法だぞ」

「わかってる。でも…」

 ブルーは、何の魔法が使われたのか特定できないか、探査魔法を試してみた。しかし、すぐにブルーは首をひねった。

「なんだ、これ?」

「どうした」

「魔力が暴走した痕跡がある。暴走というより、不安定な混乱状態だ」

 そこまで言って、ブルーはハッと気づいた。

「似てるな…例の、万年筆をチェックした時に感じた、魔力の乱れに」

「おい、それって」

「うん。ひょっとしたら、例の万年筆のせいかも知れない」

「つまり、誰かがこの近くで、使ったってことか?」

「…そう考えるのが妥当だけど」

 ブルーは周囲を見渡す。

「仮にそうだとして、使った人間を特定するのは難しい」

「だが、この近くなのは間違いないだろう。手当たり次第に聞き込みを…」

 そうアーネットが提案しようとした時、またしても騒動が起きた。通りの奥から、破壊音が聞こえてきたのだ。それに伴って、人々の悲鳴も聞こえてきた。

「行くぞ!」

「仕方ないなあ」

 アーネット達は駆けだす。そして通りの奥についた時、今度は予想もしていない光景があった。

 そこには一頭の馬がおり、その後ろに、バラバラに壊れた馬車のキャビンと御者席が散乱しており、御者と乗客が路面に投げ出されていたのだ。

 馬車は車軸から架台が外れており、馬は何が起きたのか、唐突に身軽になったため、オロオロして右往左往していた。

「おい、大丈夫か!」

 アーネットは、乗客よりも打ち所が悪そうに見えた御者に駆け寄ると、様子を確認した。

「うう…」

「おい!」

 肩をさすると、御者はビクッとして、

「うぎゃあ!」

 と左腕を押さえて呻いた。

「骨折しているらしい。ブルー、鎮痛魔法を頼む」

「あいよー」

 ブルーが御者の、痛めているらしい左腕に鎮痛作用の魔法をかけると、少し楽になったようだった。アーネットは散乱する木材から添え木になりそうなのを拾うと、御者のスカーフを勝手に引き抜いて、しっかりと添え木を固定した。

「医者を呼ぶから、ここでじっとしてろよ」

 さすが元重犯罪課、手慣れたものだとブルーは感心していた。

「そっちは大丈夫か」

 もう一人の、比較的大丈夫そうに見える乗客に駆け寄る。

「何があった」

「わ、わかりません…待たせてあった馬車に乗って、出発させた途端に、キャビンが架台から外れてしまったのです」

 乗客は、怪我こそしていないものの非常に狼狽しているようだった。見ると、馬車のキャビンは横倒しになっていた。どうやら、幌が衝撃を吸収したおかげで、この身なりのいい紳士は助かったらしい。

 すると、またしても男性の頭上で、異音が発生した。建物の煙突の雨避け鉄板が外れて、落ちてきたのだ。

「おっと!」

 咄嗟にブルーは魔法を放って、鉄板を弾き飛ばす。

「どういう事なんだろ」

「ブルー、気のせいかも知れんが、さっきからこの人の周囲で事故が起きてないか」

「え?」

 言われて、ブルーは考えてみた。そういえば、最初に屋根の破損があったのは、この人が出て来た3階建てのビルだ。そして、そこを出て来たこの人は、外れて落ちた看板の直撃を受けそうになった。

 さらに、この人が逃げ込んだ通りで、ガス灯が壊れて落ちてきた。とどめは、乗り込んだ馬車の崩壊である。

「つ、つまり、この人が何かしたって事?」

「ちょっと失礼。捜査に協力をお願いします」

 アーネットは警察手帳を示すと、その紳士の持っていたカバンをおもむろに開けた。

「失礼だが、これと同じデザインの万年筆を、女の子から買いませんでしたか」

 レベッカから買った魔法の万年筆を男性に示す。しかし、男性は何の事かわからないといった顔をしていた。

「万年筆…?」

「アーネット、知らないみたいだよ、この人」

「ううむ」

 じゃあどうしてこんな事が起きるんだ、と思いながら、ふとカバンの中身に目をやる。何か、注文書か見積書のようなものが目に入った。そこには誰かの署名がある。

「これは?」

「ちゅ、注文書です…書籍の」

「書籍?」

「は、はい…私は出版社の者です。先ほど、こちらのビルにある書店に、書籍の注文を受けに訪れまして」

 そこまで言われて、アーネットは何かピンときたらしかった。

「じゃあ、この署名は?」

「は、はい。書店の担当の方のご署名です」

 アーネットとブルーは、目を見合わせて頷いた。ブルーはその注文書を取り上げると、

「ごめんね、おじさん。また書いてもらって」

 と言って、いきなりその注文書の署名部分を引き裂いてしまった。

「あぁっ!」

「まだ、ここを動いちゃ駄目だよ。僕らがいいって言うまで」

 突然の器物損壊に驚き動揺する出版社の男性をよそに、ブルーとアーネットは立ち上がると、書店がある建物を向いた。

「そういう事だよね」

「そういう事だ。間違いない」

 長年、魔法犯罪の捜査を行ってきた二人は、ごく限られた情報から、すぐに何らかの原因を突き止めたようだった。

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