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(1)魔法少女レベッカ

「休日が潰れるというのは、老若男女問わず残念なものである。原始人に休日という概念があったかは知らないが、おそらくこの世界に「勤務」の概念が誕生した瞬間から、この感覚は変わっていないであろう。だいたい、私がごく若い頃の(以下省略)」

 ――アドニス・ブルーウィンドの手記より抜粋





【メイズラントヤード魔法捜査課】


 第七章:キャンディ売りの少女




 頼まれごとで休日が潰れるというのは、大人になりきれない少年には特に面倒なものである。駅のタバコ屋の前で相方の到着を待ちながら、13歳の少年アドニス・ブルーウィンドは思った。けさ目覚めてから100回ぐらい思った気がする。

 以前、ふたつ年上の女の子とデートした時は、迎えに行くのもそれほど苦ではなかった。というより、内心ワクワクしていたのを認めたがらない、幼い自分がいただけだったのだろう。

 ちなみにいま待っているのは、15歳の少女ではなく、31歳の、少なくとも自分から見ればおっさんである。べつに仲が悪いわけではないが、待ち合わせするなら女の子の方がいい。


「早いな」

 いつもより若干くだけたジャケットで、両手に紙コップのコーヒーを持った、31歳の相方の男が現れた。アドニスは答える。

「若いからね」

「俺だってそんな歳じゃないぞ」

 片方のコーヒーをアドニスに手渡すと、男は一口飲んで言った。

「ジリアンとデートした時はちゃんとエスコートできたのか、ブルー」

 唐突にその名前を出されて、アドニスは飲んだばかりのコーヒーを噴く。ブルーとは、職場での通称である。

「ぶっ!」

「その様子じゃ、しどろもどろだったみたいだな」

「ちがうよ!」

 慌て、かつ憤慨してアドニスもといブルーは否定する。エスコートはそこそこ自然にできたのだ。

「そういうアーネットは、どうせ子供の頃から女の子に手当たりしだい声かけてたんだろ」

「それがな、不思議なんだよ。お前くらいの頃、自分が女の子とどう接していたのか、はっきり思い出せないんだ」

 アーネットと呼ばれた男性、本名アーネット・レッドフィールド刑事は言った。


 二人は、メイズラント警視庁の唯一にして最も奇怪な部署、魔法犯罪特別捜査課に所属する刑事である。本日は非番なのだが、アーネットの知己である少女が、魔法に関して相談に乗ってほしいというので、課内で最も魔法に熟達しているブルーが引っ張り出されたのだ。ちなみに、昼食はアーネットがおごる、ということで決着した。

「無意識に女の子に手を出してたってこと?」

「俺を変態みたいに言うな」

 そう言いながら、アーネットは駅舎の時計を見る。九時半だ。

「もうぼちぼち開店してる頃だな。そろそろ行くか」

「うん」

 アーネットが先導して、二人は駅を出た。向かうのは、そこからウッドヘンジ・ストリートを南に700mほど行った所にある雑貨店である。




(1)魔法少女レベッカ



 アーネットとブルーが見上げるアーチ型の看板に、太い白字で店名が記されていた。


【ピカリング雑貨店】


 小綺麗な店の間口はそう大きくない。ガラス越しにホウキだとかバケツ、鍋、包丁、食器などなど、ありふれた生活雑貨が見える。

「ここがアーネットが言ってた子のお店?」

「ああ」

 そう言うと、アーネットはビスケット扉を開けてドアをくぐった。ブルーも後に続く。

「ごめんください」

 カラカラとドアベルが響く。ほどなくして、奥からドタドタと足音がした。

「ごめんなさい、ちょっと外してて…あらっ」

 カウンターの向こうに現れたのは、真っ直ぐな黒の長髪に藍色のエプロンを下げた少女だった。ブルーと似たような世代に見える。

「アーネット!来てくれたのね」

「元気か、レベッカ」

 アーネットにレベッカと呼ばれた少女は、ハタキを持ったままカウンターを出てくる。顔立ちはジリアンあたりと比較して、おとなしい印象だとブルーは思った。

「なんとかね。そうそう、お母さん来週には退院できるって」

「そりゃ良かった」

「お見舞い行ってくれたんでしょ?ありがとう」

 何てことない、とアーネットは手を振ってみせる。レベッカの母シャロンは、過去にアーネットが解決した事件の被害者で、アーネットを知っているレベッカが頼ってきたのだ。

「今日は営業日か」

「ま、特にそのへん決まってないけどね。締める時は勝手に締めるし」

 そう言いながら、レベッカはアーネットの脇にいるブルーを見る。

「その子どちら様?」

「ああ。この間話した、魔法のエキスパートだ」

 ポンと肩を叩かれたブルーは、小さく咳払いして名乗った。

「アドニス・ブルーウィンドだよ」

 そうブルーが名乗っても、レベッカは目をキョロキョロさせていた。

「アーネットが言ってた魔法の達人って、子供なの!?」

 そう言われて、ブルーはムッとした。

「腕は確かなつもりだけど」

「へえ」

 見た目に反して意外に癖が強そうな少女は、ブルーの顔や服装を見てから姿勢をただした。

「私、レベッカ・ピカリング。アーネットから聞いてるかも知れないけど」

「よろしく」

「よろしくね」

 なんだか、ジリアンやミランダと微妙に印象が違うとブルーは思った。

「突然、魔法が使えるようになったって聞いたけど」

 世間話をしても仕方がないので、ブルーはさっさと本題に入ることにした。思い出したようにレベッカは頷く。

「そう、そうなの」

「アーネットから大まかには聞いたけど、雷系の魔法なんだよね」

 ブルーが真面目な顔で訊ねると、レベッカは何かピンときたようで、突然店の表に出たかと思うと、かかっていた札を「閉店中」にひっくり返してカーテンを引いてしまった。

「これでよし」

「いいのか」

 アーネットが訊ねる。

「ああ、大丈夫大丈夫。開いてなきゃ、常連のおばちゃん達は母屋からでも入ってくるから」

 それはそれで大丈夫なのか、と思ったアーネット達である。しかし、きちんと地域に根差して商売ができているようで、アーネットは安心していた。

「ここじゃ何だから、こちらにどうぞ」


 レベッカの招きで母屋のテーブルにつくと、紅茶とクッキーが振る舞われた。だいぶ焦げ付きが目立つ。

「近所のお菓子屋さんからもらった失敗作。ちょっと苦いけどお腹は壊さないから安心して」

 美味しい、ではなくお腹は壊さない、という勧め方もどうかと思いながら、ブルーはひとつ口に入れてみた。入ったばかりの見習いが焼いたのだろうか、焦げ目は苦いが不味くはない。

 紅茶で喉を潤すと、ブルーは改めてレベッカを向いた。

「それで、その魔法っていうのは、いま実際に使えるの?」

 とブルーが実演を促すと、レベッカはアーネットの顔を伺う。アーネットは小さく頷いた。

「うん。見てて」

 そう言うとレベッカは、焦げ目の多いクッキーをひとつ取ると、それを炊事場の厚い石のブロックの角に載せた。

 テーブルに置いてあった小さな杖を、人差し指を突き出すようにして握ると、そのクッキーに向ける。レベッカの表情が少し強張ったかと思うと、次の瞬間、杖の先端から青白く光る雷のようなエネルギーが放たれて、あっという間にクッキーは砕け、燃え尽きてしまった。

「わわっ!」

 木の床に落ちた燃えるクッキーの破片に、レベッカは慌ててポットのお湯をかけて消火する。その一部始終を観察していたブルーには、軽い驚きの表情が見て取れた。

「なるほど…」

 腕組みして燃えるクッキーを睨む。その仕草は、アーネットから移ったものである。

「使える魔法っていうのは、それだけなんだよね」

 ブルーが、問診票を手にした医師よろしく訊ねる。

「うん」

「強弱とか、方向のコントロールはできるの?」

「練習してたら、だんだんできるようになってきた」

「……」

 ブルーが、あきらかに興味深そうな顔をした。アーネットが口をはさむ。

「お前この間このことを話した時に、珍しいケースだって言ってたよな」

「そうだね。少なくとも僕が知る限りでは、初めて見るケースだ。ねえレベッカ、ひとつ訊きたいんだけど、君のお祖父さんとかお婆さんとか、あるいは親戚だとかに、魔法を使える人はいるかな」

 ブルーの質問に、レベッカは首を傾げる。

「うーん…ちょっと、あたしはわからないな。お母さんなら何か知ってるのかな。でも、魔法のこと話した時に、そんな事ひとつも言ってなかったし」

 レベッカの回答に、ブルーはまた腕組みして考え込んだ。

「どういう事だ?」

 とアーネット。

「うん、僕はそういう人に直に会ったことないけど、先生や母さんの話では、遺伝で突然魔法の能力が開花する事も稀にあるらしいんだ」

「魔法の能力の遺伝?」

 アーネットは、軽く驚いていた。そうなるとレベッカだけでなく、大人になってから魔法の素質がある事を知った自分や、ここにいない魔法捜査課のナタリーも、可能性としては当てはまるのではないか。

「うーん」

 ブルーは立ち上がると、レベッカと同じようにクッキーをひとつ、炊事場の角に置いて自分の杖を構えた。

「使った事、内緒にしてよ」

 アーネットにそう釘を刺す。勤務外で、公の場で魔法を私用するのは警察から禁じられているのだ。

 ブルーがごく短い呪文を詠唱すると、杖の先端から一直線に青白い電撃が放たれ、クッキーは原型を留めたまま置いてあった鍋の中に落ちて、そのままきれいに燃え尽きて行った。

「すごい!それ何!?あたしと同じ魔法なの?」

 嬉々としてブルーの手を握って振り回すレベッカを見て、ここにジリアンがいたらさぞ面白いだろうなとアーネットは思っていた。だが当のブルーは、至って真面目な顔で何かを考えている。

「何か違う。僕が習った雷撃魔法とは」

 ブルーはそう言うが、違いがわからない他2名は話を黙って聞くしかなかった。

「まあ、単に習熟度の差といえばそうなのかも知れないけど…そもそも初心者が、呪文の詠唱なしで魔法を放てるなんて事、あるんだろうか…」

 ブルーがレベッカ達を置いてけぼりでブツブツ言うのを見て、アーネットがまた口をはさむ。

「お前が知ってる魔法じゃないってことか」

「アーネット、ちょっと同じ事やってみて」

 突然実演を振られたアーネットは、レベッカの視線で仕方なく自分の杖を取り出す。雷撃魔法は小さな威力であれば比較的初歩の魔法なので、アーネットも杖に蓄えたエネルギーに頼る事なく発動できた。

 同じように、アーネットの杖からも一直線に雷光が放たれ、木炭のように焦げていたクッキーが、真っ二つに割れて燃え尽きていった。クッキーを焼いた菓子屋の見習いも、失敗作が魔法のテストで役立っているとは夢にも思わないであろう。

「なるほど」

「ね?」

 今度はアーネットも何か気付いたようで、ブルーと頷き合う。一人だけ理解できないレベッカは、怪訝そうに二人を見た。

「何なのよ」

「どうも、俺たちが呪文で習った魔法と微妙に違うんだ。効果が」

「素人にわかるように話してもらえると助かるな」

 重犯罪課のデイモン警部と同じ事を言って、レベッカは椅子に腰掛けた。解説役に回るのはブルーである。

「僕らが放ったのは、方向もほぼ一直線になっていた。呪文の中に、方向を制御する文言が組み込まれているからだ。けど、君の放った同じ雷撃魔法は、もっと自然のカミナリに近い動きを示しているんだ。それに、僕らのはクッキーがほぼ原型を留めていたのに、君の場合は砕けて飛び散ってしまった。まるで、自然の岩を雷が直撃したみたいに」

 ブルーが話すごとに、レベッカは眉間にシワを寄せ、難しい顔になっていった。一般人の理解を超えている。

「えっと…つまり、コントロールできてないってこと?」

「そうじゃない。コントロールできてなきゃ、さっきみたいに小さなクッキーを狙って撃つなんて事はできない。つまり、同じような魔法だけど、魔法そのものが違うんだ」

「マッチとライターの違いみたいな?」

「…合ってるかどうかはわからないけど、例えとしては上手い」

 雑貨店の娘らしい例えだなと思いながら、ブルーは椅子に座って紅茶をひと口飲んだ。いつも地下のオフィスで飲んでいるものより美味い。店をやっていると、質のいい物が入ってくるのだろうか。

「それでブルー、とりあえず安全上の問題はどうなんだ」

「魔法の能力が、ってこと?」

「それを訊きたいんだろ、レベッカ」

 アーネットはレベッカに確認する。

「うん。この能力で、何か危ない事にならないか、ってことが気になる」

 レベッカは答えた。

「うっかり間違って寝てる時に使ったら、ベッドと一緒にローストされて死んじゃうかも知れない」

 すごい表現だなと思いながら、ブルーは小さく笑った。

「その心配はないよ。見たところ、コントロールは完全にできてる。ただ、アーネットにも言われたと思うけど、間違っても人に対して使ったらいけないよ。身の危険がある時は別として」

 ブルーにアーネットも頷くと、確認するように訊ねた。

「じゃあ、お前から見てひとまず心配はないんだな」

「ま、ざっくり言うとそうだね。魔法の正体については、わからない事が多い。カミーユに相談できないかな。僕の先生だと、そもそも街に出たがらないしな」

 独り言のように言うブルーの顔を、レベッカがまじまじと見ていた。

「すごいね、あなた!一体何者なの!?」

「わあ!」

 突然少女の顔が接近したので、ブルーは焦る。ジリアンで多少免疫がついたので、今度は本当に単なる驚きである。アーネットが面白そうに眺めていた。

「お前、あんがい隅に置けないタイプか」

「アーネット、まじで最近言動がおっさん臭くなってきたよ」

 若干本気で心配そうにブルーが言うので、レベッカは小さく笑った。

「あはは、変なコンビ。そうだ」

 レベッカは立ち上がると、店の方に歩いて行った。

「安心したわ。相談に乗ってくれたお礼に、お店の品物ひとつずつ持って行っていいよ。高いのはダメだけど」

 そう言うレベッカに、アーネットはおいおい、と慌てた。

「売り物をタダでやることはないだろう。俺がブルーのぶんも買うよ」

「そう?なら、半額にしとく。毎度あり!」

 レベッカは歯をむいて笑った。最初から計算していたのではなかろうか、とブルーは怪しむ。


 小さな雑貨店ではあるが、生活雑貨に混じって、ちょっと上質そうなカップだとかが目についた。よく見ると値段もそれなりである。他にもラピスラズリの指輪といったアクセサリーもあった。

「おっ、この針水晶のクラスターは使えるな」

 ブルーが手を触れている、内部に針状の含有物質が見える水晶の集合体にも、そこそこの値段がつけられていた。まさかそれを買わせる気か、とアーネットは不安になったが、ブルーが不意に別な棚に移動したので、小さく安堵した。


 しかし、ブルーは少し緊張したような面持ちで、アーネットの方を向いた。

「アーネット。これ見て」

 筆記用具類が置かれた棚から、ブルーは一本の小さな棒状の物を持ち上げてアーネットに見せた。

「ペンか?そうだな、お前も少し上等なやつを持っていてもいいかもな」

「そうじゃなくて」

「ん?」

 ブルーの様子がおかしいので、アーネットはその示されたペンのようなものを見た。


 少し太めの万年筆である。黒く光る軸とキャップに、金色のクリップと装飾リングがついている。何か見覚えがある。


 アーネットは、驚いてブルーの顔を見た。


 その値札が下げてある万年筆は、彼ら魔法犯罪特別捜査課が追跡している、「魔法の万年筆」だったのだ。

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