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(1)クリーム色のドレスの美女

 魔法捜査課の3人は、箱馬車に揺られてリンドンから東への街道を、小さな町グレイスリーに向けて進んでいた。晴れてはいるが、風が強い。馬も慎重に歩を進めているようだった。


「なんかこの3人で移動するのって久しぶりな気がするな」

 すきま風を気にしながら、アーネットが窓の外を見る。見渡す限り、草原と丘陵である。だいぶ遠くに、以前の事件で訪問したワーロック伯爵邸の武骨なシルエットが見えた。

「3人じゃないわよ」

「3人と1匹」

「ワン!」

 ナタリーの横に行儀よく座る、魔狼犬ライトニングが力強く吠えた。結局ついて来たのである。

「じゃあ、ブルーの使い魔のお手並み拝見ってわけだ。よろしくな、ライトニング」

 アーネットが左の掌を差し出すと、ライトニングはその手首をガブリと噛んだ。

「いてえ!」

「大げさね。甘噛みよ」

 犬の飼育経験者ナタリーは、ケラケラ笑ってライトニングの頭をなでる。

「これが甘噛みか!」

 アーネットはくっきりと牙の型がついた手首を、他の二人に向けた。ブルーは半笑いで肩をすくめる。

「本気で噛んでたら、もうその手首から先はなくなってるよ。こいつ、遺跡で例の石像と戦った時、生身でそいつに傷をつけてたからね」

「なおさら怖いわ」

 アーネットは手首を引っ込めてライトニングを睨む。甘噛みで手足を失いたくはない。


「そういえば、けさ出勤してきた時に、重犯罪課の人達がしかめっ面で歩いてたけど、なんかあった?」

 ここ数日の警察内の話題を知らないブルーは訊ねた。たった4日程度ではあるが、なんとなく自分がいなかった間の事を知っておかないと落ち着かないのだった。

「飛び降り自殺だかがあったらしいけど、事件性はなかったっていう話は聞いたな。捜査二課の知り合いの又聞きだから、詳しくは知らんが」

 アーネットは相変わらず、警察内に知り合いが多いと思うブルーとナタリーだった。捜査二課はデイモン警部の重犯罪課とは扱う案件が違い、主に詐欺などの事件を扱う課である。ごく稀にしか魔法捜査課と接点を持つ事はない。

「実質デイモン警部が仕切ってる課の事だから、何か上と衝突してもめてるんじゃないのか」

 他人事のように言うアーネットに、ナタリーが突っ込んだ。

「上と衝突してもめる。どこかの誰だかみたいね」

「誰だ、そいつは。ろくでもない奴だな」

「ほんとね」

 細目でにらむナタリーに、アーネットは「ふん」と知らないふりをした。とにかくアーネット・レッドフィールド巡査部長という人物は、「偉い人」とか「権威」というものが大嫌いな人間である。ご機嫌を取るのも大嫌いなので、警部まで行ければラッキーだろう、行けなきゃ辞めて探偵社でも開業する、と本人は言っている。


 そんな雑談を交わしている間に、箱馬車は牧場地帯を抜けて、ようやくグレイスリーに到着した。いかにも田舎町といった牧歌的な風情で、民家も密集していない。閑散として見えるが、それなりに規模が大きな農家やワイナリー等がおり、さびれた町というわけではない。空気がきれいなので、どこかの貴族が療養のために建てた別荘もある。

 

 問題の、幽霊騒動が起きているというローズガーデンは、町はずれの北西にあった。400年ほど昔に建てられた修道院の遺跡を利用して、地元のワイナリー経営者が50年ほど前ガーデンに造り変えたのだ。丁寧に手入れされたガーデンと、古色蒼然たる廃墟が醸し出す趣きは、他のガーデンとは異なるものだった。

「へえ。幽玄の美だね」

 馬車を降りたブルーは、バラに囲まれた古い門の佇まいに感心した。こうしたブルーの美的感覚に、妙な育ちの良さも感じるナタリーだった。

「私は前にも来てるけど、ちょうど見ごろね。いい時に来たわ」

「観光じゃないけどな」

 アーネットは周囲をぐるりと見まわす。丁寧に修繕と保存が行われているのか、遺跡といっても修道院の柱や壁はきれいに整えられており、その間を手入れされたバラや草木が彩っている。

 門の向こうには、観光客がそこそこいる。あまり品が良くなさそうな、若者のグループも見えた。こんな連中がバラの良さなんかわかるのか、とブルーは憤慨したが、だいぶ一方的な言いぐさではある。


「もし。ひょっとして、お呼びした警察の方でしょうか」


 3人と1匹の横から、バラの植え込みをよけて品の良さそうな中年女性が現れた。

「エミリー・カーソンと申します」

「ああ、ご依頼人の方ですね。私は警視庁・魔法犯罪特別捜査課の主任、アーネット・レッドフィールド巡査部長です」

 アーネットは会釈をした。この女性が依頼人、つまりガーデンの所有者、管理者であるらしい。なんとなく、経営者のような雰囲気がある。ナタリーが何か気付いたように訊ねた。

「ナタリー・イエローライト巡査です。失礼ですが、ひょっとしてカーソン・ワイナリーの?」

「あら、私も有名になったものね。そうです、私は5代目のワイナリー代表になります。」

 カーソン・ワイナリーは、ウイスキーが主なメイズラントでは数少ない、ワイナリーとして有名であった。その品質は海外のワインの本場に劣らないとされる。

「ガーデンの所有がカーソン・ワイナリーだとは存じませんでした」

「私の祖父の代に、この修道院跡を修繕した際にガーデンにしようという計画が持ち上がったの。孫の私が経営者になって、管理も引き継いだというわけ。でも、ほとんど知られていないわね。酒造業者と修道院の遺跡が、関係あるなんて誰も思わないでしょうし」

 ほほほ、とカーソン氏は笑う。

「この間、カーソンの白の56年ものを手に入れたのはいいんだが、勿体なくてまだ開けてません」

 酒の話でアーネットが食い付いてきた。花より酒か、とブルーが呆れる。カーソン氏は本来の目的を忘れて、所有するワイナリーの製品について語り始めた。

「あら、あなたわかってらっしゃるのね。みんな54年ものを絶賛してるけど、56年物の方が辛口で、一本芯が通っているわ。料理に合うのは断然こっち」

「ただの酒飲みには勿体ないお酒だね」

 すかさずブルーが横槍を入れる。カーソン氏はブルーの顔を見るや、両手を合わせて感激する素振りを見せた。

「まあ貴方、美しい顔立ちね。というかどうして子供がついて来てるのかしら」

「僕は刑事だよ!」

 ブルーは刑事手帳を示し、いつもの欠くべからざる手続きを早々に済ませて、本題に入る事にした。

「そろそろ、本題に入ろうよ。幽霊ってどこに出るの?」

 大人の雑談ほど子供にとってどうでもよく、退屈なものもないので、それから逃げるのも兼ねてブルーは話を依頼内容に振ることにした。

「あら、そうだったわ。私ったら」

 カーソン氏は笑みを浮かべて誤魔化すと、咳払いして本題に入ることにした。

「ここでは何ですから、こちらへ」

 

 カーソン氏の招きで、魔法捜査課一行はガーデンから少し外れた、ガーデン管理のための小屋に入った。やや年季が入っており、強風でギシギシ鳴るのが不安である。

 小さなテーブルに大人3人と子供1人が座り、その脇に大きく精悍な狼犬が控える。

「最初に幽霊が確認されたのは、6日ほど前の事です」

 カーソン氏はそう説明した。ちょうどブルーが入院したあたりだ。

「目撃者は私も含めて大勢おり、数える事はできません」

「ということは、ガーデンが開いている日中も出るという事ですか」

 アーネットが訊ねる。カーソン氏の答えは、やや予想外のものだった。

「というより、日中しか出ないのです。夜に見た者は、少なくとも聞いた限りではおりません」

 3人は揃って首をかしげた。

「日中の、ローズガーデンに出るってこと?」とブルー。

「そうです。若い、美しい女性の霊です。クリーム色の、昔…25年くらい前かしら。ちょうど私が若かった頃に流行ったような、フリルのついたドレスを着て」

 カーソン氏はジェスチャーで示したが、その頃の流行がピンとこない3人である。

「なるほど。それで、その霊が何か悪さをするという事ですか」

「それが、わからないんです。奇妙な事は起きてはいるんですが」

「奇妙な事?」

 アーネットが訊ね、他の二人もカーソン氏に耳を傾ける。


「はい。その霊が現れてから、このガーデンを訪れた客が、帰り道でたびたび事故に遭うようになったんです」


 カーソン氏の説明は、興味深くもあると同時に、何とも判断のしにくい内容でもあった。

「ええと…それは、どのようにして確かめられたんでしょうか。つまり、その」

 珍しくアーネットが言葉の選択に詰まっている所に、ナタリーが助け舟を出した。

「その、幽霊を見た事と、観光客が事故に遭ったことに因果関係はあるのか。レッドフィールドが言いたいのはそういう事です」

 アーネットがそうですと頷く。なんとも間抜けだなとブルーは半笑いを浮かべた。

「それは正直なんとも言えませんわ。けれど、ここに馬車で来られた何組かの夫婦や家族が、ここ3日くらいの間に、ここに通じる街道で、馬車の車軸が外れたり、荷台が壊れたりして、地面に投げ出されて怪我や骨折をされています。徒歩で来られた方も、とうてい転ぶような事がなさそうな平らな地面で転倒したり」

「その人たちが、ガーデンの観光客だというのは確かなのですか」

 やっと思考がまとまってきたアーネットが確認した。

「ほぼ間違いありません。物販の絵葉書だとか、パンフレットだとかを所有されている人が多かったですし、口頭で警察に、ガーデンを見た帰りだと説明された方も」

「全員が、幽霊を見たと?」

「そうです」

 アーネットはいつものように、腕を組んでテーブルを睨んだ。

「ううむ」

 これをどう扱うべきなのか。というより、そもそも自分達の扱う案件なのか、とアーネットは思った。仮に幽霊が本物だとしても、それと事故の因果関係をどう証明できるのか。街道で事故が多いのは、たとえば街道の整備が行き届いていないといった、自治体の管理の問題という事もあり得る。

「実は、こんな事が続くようならガーデンの一次閉鎖も考えています」 

 カーソン氏の言葉に、3人もそれはそうだろうなと思った。

「ですが、閉鎖したところで外側からガーデンが全く見えないわけでもありませんし、周りの森から入り込む事もできます」

 そもそも、このガーデンは収益が目的なのではない一種の慈善事業であるため、基本的に無料開放されていた。柵や塀は特になく、誰でも、その気になればどこからでも入れるのだ。

「なるほど。その人たちが幽霊を見てしまって、それが原因で事故に遭うとしたら」

「そうです。ガーデンに悪い噂が付きまとってしまうかも知れませんし、興味本位で場を荒らす人が現れないとも限りません」


 カーソン氏は、3人をガーデン内のひとつの場所を案内した。

「見て下さい」

 氏が足元を指差す。それは、生け垣のように植えられたムスカリやギボウシが踏み荒らされた跡だった。まだ新しい足跡のようだ。

「ここ最近、こんなふうに荒らされた跡をよく見ます。興味本位の幽霊捜しに訪れる人が増えたんです」

「たった数日の間に?」

「それだけ、目撃者が多いという事です。実は、主要な新聞社には社を通じて、絶対に記事にしないようお願いしています」

 魔法捜査課の3人は、顔を見合わせた。全員が困惑しているのがわかる。これは一体、どう対処すればいい案件なのか。ただ、アーネットは冷静だった。

「カーソンさん、警察に届け出たのは器物損壊に関してですか」

「そうです。なので最初は、捜査三課の方が応対されました。ですが、幽霊の件が気になって、最近噂に聞く魔法捜査課の方たちに相談できないだろうかと、ものの試しに言ってみたのです」

「なるほど」

 アーネットはピンときた。今現在、捜査三課は大規模な海外の窃盗グループへの対応で忙しいと聞いている。そこで、どうせ魔法捜査課は暇だろうから、わけのわからん事件はこっちに押し付けてやれ、と上の人間が判断したのだろう。

「カーソンさん」

 アーネットは、少し改まってカーソン氏に向き直った。

「捜査命令が下っている以上、事件には誠心誠意対応します。ですが、これは今まで扱った事がない種類の事件になります。時間はかかるかも知れない、という事は断っておきます」

「ええ、それはお任せいたしますわ」

「ただし、です」

 アーネットは、森の中の修道院跡に敷かれた美しいガーデンを見回して言った。

「我々が扱う案件である可能性も、ないわけではない」

「魔法が使われてるかも知れないってこと?」

 ブルーが口をはさんだ。

「当然だろう。幻覚を生み出す魔法は、それほど高度なものでもない。魔法を使った威力業務妨害、という事もあり得る」

 威力業務妨害というキーワードから、とたんに幽霊の事件が散文的な印象を帯びてきた。

「なるほど、それもそうだ」

「けど、このガーデンが業務妨害の対象になると考えるのも難しいわね。ほとんど慈善事業でしょう」

 ナタリーの疑問もその通りではある、とアーネットは思った。

「それもこれも含めて、とにかく今は情報が少なすぎる。まずは、現状がどうなっているのかを把握する所から始めよう」

 ナタリーとブルーは頷いた。何だかんだで、いつも場をまとめるのはアーネットである。この辺は、刑事生活10年の年季の差であった。

「よし、それじゃまずは…」

 と、いつもの調子で最初の指示をアーネットが出そうとした、その時である。アーネットが突然黙りこくって、ガーデンの一点を凝視していることに他の3人は気付いた。

「どうしたの?」

「あれ」

 それだけ言って、アーネットがバラの植え込みの向こうを指差す。何事かと、ブルーもナタリーも指差す方に視線を動かした。


 全員が無言になった。

 

 そう、確かにそこには見えていた。浮かんでいた、と言うべきか。


 古いデザインのクリーム色のドレスを着た、半透明の美しい女性の姿が。

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