プロローグ
「情報量が多い!」
退院して職場に復帰したアドニス・ブルーウィンド巡査から、彼が入院前にモリゾ探偵社勤務、ジリアン・アームストロング嬢とデートに出かけた件で、一通り話を聞いたアーネット・レッドフィールド巡査部長は叫んだ。
ここはメイズラント警視庁本庁の地下、魔法犯罪特別捜査課のオフィスである。
「整理して話せ」
デスクに座って腕を組み、難しい表情をアーネットはブルーに向ける。
「あれでもだいぶ整理して話したんだよ」
「まず何だって?しゃべる石像が出て来たんだったか」
「古代の王様って言ってた。水晶庭園っていう観光地にあった、外国の石像」
「それが何か依頼してきたんだっけか」
「そのうちでいいから、魂をその温室から連れ出してくれって」
ブルーは、古代の王と名乗った霊から依頼された内容をそのまま説明する。
「引き受けたのか」
「課としてじゃないよ。僕とジリアン個人で」
古代の王の霊が、単なる依頼人と同列に語られているのもどうかと思うアーネットだった。
「わかった。それはいい。で、その後強盗犯を逮捕したんだったか」
「引ったくり犯を捕まえて警備に引き渡したんだけど」
そこでブルーは言葉を濁す。公務には違いないのだが、だいぶ派手に魔法を使ってしまったのだ。しかし、今のところ警察の上の方からお咎めは特にないので、まあ大丈夫だろうとアーネットは言った。
「わかった。そこまではとりあえずわかった。問題はそこからだ」
アーネットは、眉間を指でつまんで唸りながら目を閉じ、改めてブルーに訊ねる。
「謎の地下遺跡に迷い込んで、さんざん迷った挙げ句、わけのわからん石像と戦っただと!?」
「言った事ぜんぶ記憶してるじゃん」
さすが名刑事は記憶力もいいね、とブルーは紅茶を傾ける。言った事に嘘はない。ブルーとジリアンは、謎の地下遺跡でさんざん迷った挙げ句、石化した魔女の像に遭遇し、最後は巨大な石の機械人形と戦ったのである。
「それで、その遺跡でそいつを拾って来たってのか」
アーネットは、部屋の真ん中でナタリーに首を撫でられ、気持ちよさそうにしている狼犬・ライトニングを見た。
「拾ったって言わないでよ。こいつは僕の使い魔だ。正確に言うと、僕とジリアンの使い魔なんだけど」
「二人の使い魔ってどういう事だ」
「まだ半人前だから、二人に一匹って事らしい。あ、こいつ人間の言葉の意味だいたい理解してるからね」
「というか、オフィスに犬を連れて来るかな」
立ち上がり、ライトニングの精悍な顔を見る。犬のようだが、狼のようでもある。
「まあ、警察犬みたいなもんだと思ってよ」
「警察犬がオフィスに出勤してきた部署は、メイズラントヤードでここだけだ」
ブルーによれば、このライトニングは魔法も使えるらしい。それも、ブルーよりも強力な魔力を持っているらしかった。
「そんな子が、なんで突然現れたのかしらね」
ナタリーはライトニングの喉を撫でてやった。なんだか犬の扱いに慣れている。
「ナタリー、ひょっとして犬飼った事ある?」
「前に言わなかったかしら。子供の頃にね」
なんだかやけにナタリーに懐いているなとブルーは思った。そういえば、ジリアンにもすり寄っていた覚えがある。
「お前、ただ女の人のそばに居たいだけなんじゃないのか」
ブルーの指摘に、ライトニングは無言であった。
「別にここで飼おうってわけじゃないけど、とりあえず顔見せで連れてきたんだ」
「まさか事件の捜査に連れて行く気じゃなかろうな」
事件現場にライトニングが睨みをきかせている光景を想像して、アーネットはかぶりを振った。
「役に立つと思うよ」
「ワン!」
その通りだ、とでも言うようにライトニングは吠えた。狭い室内に大きな犬の声が響く。変な人間が出入りするオフィスだと思っていたが、ついに魔法の犬までもが加わった。
「それでね」
ブルーは、少し真面目な顔になって言った。
「さっき説明した、その謎の遺跡の事や、僕の御先祖様じゃないかっていう石像、そして僕らが戦った謎の機械人形。これらの情報は、二人を信頼してるから話したけど、まだ外部には伏せておいて欲しい」
ナタリーとアーネットは、ブルーの言葉を神妙な表情で聞いていた。
「僕の先生や他の魔女が、こんど調査するって言ってた。迂闊に魔法の知識がない警察だとかが乗り込んだら、取り返しのつかない事になるかも知れないからね」
「その、さっき言った機械人形っていうのは、厄介な代物なの?」
ライトニングの背中を撫でながら、ナタリーか訊ねる。
「うん。小さいやつは一撃で粉砕できたけど、大きいやつはライトニングと僕ら二人のフルパワーで、ようやく倒せた。僕の背中はその戦闘中に痛めたんだ」
ブルーは、証拠として持ってきた人形の破片を見せた。陶器のような、ガラスのような、謎の素材である。
「なるほど」
ブルーが魔法に関しては嘘を言わない事は、アーネットもナタリーも知っている。二人はブルーの説明に頷いた。
「わかった。こっちとしては、包み隠さず報せてくれたんだから、十分だ。それでいいな、ナタリー」
「もちろんよ」
しかしな、とアーネットは呆れるように言った。
「せっかくのデートがそんな大騒動になったのは残念だな」
「ジリアンは満足そうだったけど」
と、嬉しそうに語るブルーをナタリーはニヤニヤと見ていた。
「ふーん。恋人を満足させられて嬉しいのね」
「そういうんじゃなくて!」
「じゃあ、どういうのよ。ねー、ライトニング」
犬と一緒にからかわれて、ブルーは顔を赤くして憤慨した。
「まあでも、真面目な話だけど、ほんとに生きて出られないんじゃないかって思った瞬間があったからさ。こうしてここにいる事じたいに安心してる所はある」
「それならそれで、思い出にはなっただろう。次はもっと普通のデートができるさ」
アーネットの口調に、からかう様子はなかった。ブルーは静かにうなずく。
「ところでな、ブルー。退院早々なんだが、ちょっとお前に相談に乗って欲しい子がいる」
「え?」
アーネットは先日再会したレベッカ・ピカリングという少女に、突然魔法の能力が発現したという情報をブルーに伝えた。
「突然発現したの?それは珍しいね」
「ああ。だから、相談に乗ってやって欲しいんだ。ただし、これは事件性がない以上、課としての案件じゃない。手間賃は俺が払うから、次の休日にでも会ってやってくれないか」
「えー!?」
ブルーは、休日がつぶれることにストレートに抗議したものの、何日も休みを取った負い目もあるので仕方なく首を縦に振った。
「まあいいか。わかった」
「助かる」
「それで、今は特に事件はないの?」
アーネットとナタリーは、ちらりと視線を合わせてからブルーの方を向いた。
「実はあるんだが、先方のスケジュールの関係で、まだ出かける時間じゃないんだ。昼前ごろに出向く事になってる」
「どこに?」
「ルイン・ローズガーデン。知ってるだろ」
「ああ」
ルイン・ローズガーデンは、メイズラント市の東にある小さな町、グレイスリーのそこそこ有名なローズガーデンである。中世の修道院の遺跡を利用して造られ、静かな雰囲気が好まれていた。
「ふーん。殺人事件でも起きたの?」
ブルーが物騒なことを訊ねたが、アーネットは首を横に振った。
「いや、いまのところ刑事事件は起きてない」
「じゃあ、なんで僕らが出向くの?」
ブルーの問いに、アーネットはひと呼吸置いて答えた。
「最近、幽霊が出るらしいんだ」




