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(10)星空

 巨大人形が動くと起こるのは、床面の振動だけではない。体積のある腕を振りまわすだけで、気圧が変化して風が起こった。

「どわあ!!」

 ブルーは一瞬早く後方に飛び退くことで辛うじて、人形の振り下ろした腕を避ける事ができた。

「ジリアン!!」

 ブルーは叫ぶ。

「大丈夫!」

 人形の背後、立ち上るホコリの陰からジリアンの凛とした声が聞こえて、ブルーは安心した。

 この人形は小屋ほども巨大だが、動きは決して鈍重ではない。もしあの一撃を体に受けたら、鍛え上げた大人であってもただでは済まないだろう。というより、間違いなく死ぬと言った方が早い。

 そして、さらに深刻な問題は、さっきの人間サイズの人形を壁まで吹き飛ばした自分達の魔法が、この巨体には全く通じなかった、という事だ。

「ジリアン!通路まで戻れ!」

 ブルーは叫ぶ。

「ライトニングもだ!逃げるぞ!」

 はたしてその選択が正解なのか、ブルーにはわからなかった。ただ、あの巨体が通路に入って来られないのは確かだろう。

「アドニス君、無理っぽい!」

「え?」

 ジリアンの言葉に、ブルーは何故だ、と訊こうとしたが、すぐにその意味がわかった。

 さっきの自分たちの魔法と、この人形が暴れた衝撃で、天井や壁の一部が崩落して通路の穴が塞がってしまったのだ。

「くそっ!」

 再び人形が襲いかかる。今度は、横殴りに腕を振ってきた。まずい。

「こいつ!」

 ブルーは床に魔法を放つ。石組みの一部が飛び出し、人形の腕を跳ね上げた。その衝撃で人形はバランスを崩す。

「ジリアン!」

「任せて!」

 その隙を逃さず、ジリアンもまた魔法を天井に向けて放つ。今度は天井の石組みが崩れ落ち、人形の頭部を直撃した。

 人形はバランスを完全に崩し、背中から床ににその巨体を打ち付けた。

「うわっ!」

 地震のような振動が襲いかかる。だが、その倒れた巨体は起き上がるのに手間取っているようだった。これがこいつの弱点か、とブルーは思った。

 だが人形はそれを補って余りあるエネルギーを持っているようで、その長く太い腕で床をバンと押し付けると、その反動で立ち上がってしまった。

「ありかよ、そんなの!」

 ブルーが悪態をつく暇もなく、人形の全身に何かオーラのようなものが満ちるのをジリアンは見た。

「アドニス君、気を付けて!」

「なんだ!?」

 全身にエネルギーが満ちたかと思うと、人形は右足を床に打ち付けた。すると、何か魔力のようなものを伴った衝撃波が放射され、ブルー達全員は耐える事ができずに吹き飛ばされてしまった。

「あぐっ!」

 ブルーは壁に叩きつけられ、背中を強打してしまった。内臓にまで衝撃が加えられたようだった。

「アドニス君!」

 どうにか姿勢を維持したジリアンが駆け寄り、ブルーの様子を確かめた。

「げほっ」

「大丈夫!?」

「なんとかね…」

「立てる!?」

 ジリアンはブルーに肩を貸して、急いで立ち上がらせる。そこを狙って、人形は腕を振り下ろそうとした。まずい、と咄嗟にジリアンは杖を構えるが、間に合わないと覚悟したその瞬間だった。

「ガォン!!」

 脇から、真っ白な光をまとったライトニングが飛び出して、人形の腕を弾いた。突然の乱入者に人形は一瞬怯んだようで、その隙を見てジリアンはブルーと共に大きく後退し、人形と距離を取った。

「あいつ、すごいな」

 ブルーは何とか呼吸と態勢を整え、もう一度杖を構えた。

「ジリアン、あの化け物を黙らせる方法、あると思う?」

「わかんないわね」

「僕らの魔法の直撃を受けて、全く堪えてないんだからな」

「アドニス君、こっちはスピードで対抗しよう」

 ジリアンは杖を掲げて、自分達の体に魔法をかけた。以前の捜査中に用いた、敏捷性を上げる魔法だ。

 二人の体の足元から光が立ちのぼり、全身に魔法がかかると、瞬時に体が軽くなるのがわかった。

「来たよ!」

 人形は再び、腕を振り回して迫ってきた。今度は魔法の力も手伝って、二人は難なくその攻撃をかわす。ジャンプしながらジリアンは叫んだ。

「身をかわすのは何とかなりそうだけど!」

「ああ、奴を止める方法を見付けないといけない!」

 ジャンプしながら、二人は改めてこの空間の高さに驚いていた。屋内の劇場の、客席一列目部分くらいはありそうだ。組み方は雑だが、規模はそれなりにある。戦闘中ではあるが、ブルーはいくつか奇妙な疑問をこの空間に感じていた。

 しかし、目下の問題は、明らかに自分たちを攻撃目標として暴れている、巨大な人形である。


 今度は、人形は壁に向かって突進してきた。

「うわっ!」

 慌てて二人は左右に分かれて回避する。人形は、けたたましい音を立てて壁面に激突し、石組みが大きく動いて土や砂が巻き上がった。

「おかしい…どういう事だ」

「ちょっと、この状況で推理しなくていいから!」

 人形のパンチを避けつつ、ジリアンはブルーにツッコミを入れる。

「なんか気になるの!?」

「何でもない!」

 ブルーは飛び退きつつも話を終わらせたが、こいつは重度の推理オタクなのではないか、という疑念がジリアンに浮かんだ。しかしそのタイミングで、人形の行動に変化が起こった。

 真っ赤な目が輝きを増したかと思うと、その目から赤い光線のようなものが発射され、地面を穿ったのだ。

「こいつ、魔法も使えるのか!?」

 地面は煙を上げており、土が焦げる嫌な匂いがした。おそらく、人間が喰らえば一撃であの世行きだろう。

「まずいって、アドニス君!早く倒さないと」

「そうしたいのは山々だけどさ」

 ブルーは人形を睨む。床には、今まで壊された石組みが散乱し、クレーターがいくつも出来ていた。

「どうにかしないと、人形にやられる前に瓦礫で生き埋めになっちまう」

 何か策はないか。

「しっかりしてよ、天才魔法少年なんでしょ!」

 ジリアンのアドニスへの全振りもなかなかの図々しさである。しかし化け物との戦闘は普段の捜査とは異質なもので、咄嗟の対処ができない。過去に拳銃やナイフを持った犯人と対峙した事は何度もあるが、家一軒並みの背丈で、目から怪光線を放つ人形が犯人だった事は多分ない。

 どうにか冷静さを取り戻したブルーは、頭の中で考えを巡らせた。そしてその時、アーネットの言葉が脳裏に浮かんだ。


『やった事が本当に無駄だったのかを検証するのも、捜査で必要な事だ。ひょっとして、何でもない聞き込みの中に事件解決の糸口はあるかも知れない』


「無駄だったのか検証すること…」

 ブルーは、人形を観察した。

 さっき、二人がかりで魔法を直撃させた頭部が見える。その時、ブルーは確かに見付けた。

「ジリアン!」

 ブルーが叫ぶ。

「あいつの首をよく見て!」

 そう言われて、ジリアンは人形に視線を向けるが、再びブルーを向いてツッコミを入れた。

「首なんてないわよ!!」

 そう、人形の頭は丸いボウルをひっくり返した形状であり、首などという箇所はない。が、今度はブルーが人形のキックを避けつつツッコミ返した。

「首って言ったら首だよ!!」

「ええ!?」

 言われるままに、首としか言えない箇所をよく見る。すると、ジリアンも気が付いた。


 僅かだが、隙間ができている。


 伏せたボウルにナイフの刃が挟まって少し浮いている程度の隙間だが、明らかに先程の二人の攻撃で、人形の頭部は少し浮き上がったのだ。しかもさらに注意深く見ると、装甲に細かい剥落やヒビが入っているのがわかった。

「ほんの少しだけど、ダメージはあったんだ!頭を集中して連続で攻撃すれば、あいつは倒せる!」

 ブルーの言葉はジリアンを勇気づけたが、それはさっき人形が動き出す前に、ほぼノーガードの状態を狙い撃ちしたものだ。ジリアンは言った。

「わかったけど、どうにか隙を作らないと!こいつ、のべつ幕なしに動いてるよ!」

 ジリアンの言うとおり、人形はその巨体にかかわらず、動き回っているのが厄介である。空間が広いので逃げ回る事はできるが、狙いを定めて魔法を撃ち込む隙が見出だせない。

「足を狙おう!」

 ブルーは叫んだ。

「拘束魔法だ!被疑者を捕える要領だよ!」

「被疑者っていうか、公務執行妨害の現行犯じゃないの?」

 ジリアンのセリフに、ついブルーは吹き出した。

「拘束魔法だ、僕は右足を狙う」

「わかった」

 ジリアンは杖を人形の左足に向けた。

「「バインディング!!」」

 同時に発動された拘束魔法は、床から蔦のように伸びて、一瞬で人形の足首を絡め取る。足を取られた人形は、その場に立ち往生せざるを得ない。どんなエネルギーを持っていても、引っ張る力を破るには時間がかかる。

「よし!」

 ブルーは改めて魔法の杖を構えた。もう、二人ともだいぶ魔力を消耗して、息が上がっている。放てる攻撃魔法は、次で最後かも知れなかった。

「アドニス君!」

 ジリアンが焦る。魔法の蔦は、人形の強大なパワーよって早くも軋み出した。

「やるよ、ジリアン、ライトニング!これが最後のチャンスだ!」

 ブルーが叫ぶ。するとライトニングは、ブルー達の前に陣取った。

「え?」

「ワワン!!」

「なんだって?」

 ライトニングはブルーの言葉を理解しているらしいが、その逆は難しい。というより無理である。

 が、ライトニングは四本の足をがっしりと踏み込んで、突然魔力を解放し始める。すると、ライトニングの周囲に魔力が渦巻くフィールドが形成された。

 ブルーは瞬時に、これはさっきブルー達にライトニングが魔力を貸し与えた方法の逆だと理解した。

「わかったぞ、ライトニング。このフィールドに、僕らの魔法を撃ち込めって言うんだな!」

「アォン!!」

 力強くライトニングは吼えた。

「ようし、ライトニング。狙うのはあいつの頭だ。赤い目玉ごと撃ち抜くんだ、いいね。ジリアン、やるぞ!フルパワーだ!」

「オーケー!」

 人形は、ライトニングに狙いを定めて突進してきた。とてつもない振動がブルー達の足を揺らしたが、二人は力を込めてそれに耐え、同時に同じ呪文を詠唱した。

「ジリアン!」

「アドニス!」

 杖の先端に、黄金色の輝きが満ちる。それは、狙撃銃の弾頭のような形を作り出した。


「「シューティング!!」」

 

 二人の号令のような叫びとともに、杖から魔法の弾丸が発射され、光のような速度でライトニングの作り出した魔力フィールドを突き抜けた。

 フィールドを抜けた弾丸はライトニングの魔力によってエネルギーが増幅され、戦艦の砲弾のような固まりとなって、巨大な人形の頭部を直撃した。それは、目で追う事ができない一瞬のことだった。

 

 放たれた光が収まった時には、すでに人形の頭部から胸部にかけて、型を抜かれたクッキーの生地のように見事な穴が開いていた。

 これでまだ動いたらインチキ、反則、詐欺だろうとブルーが思った時である。

「危ない!」

 ジリアンが叫ぶとほぼ同時に、人形は全身の関節の緊張が失われ、その場に盛大にガラガラと崩れ落ちた。二人と一匹は危うい所で飛び退き、倒した相手の下敷きにならずに済んだのだった。


「ふいー」

「やったぁ!!」

 ジリアンが、喜色満面でブルーに抱きついた。

「わあ!」

 慌ててブルーは顔を真っ赤にして押しのけようとするが、二つの年齢差か、容易に拘束を解く事ができない。

 しかしその時、ブルーの背筋に激痛が走った。

「いたっ!」

「えっ!?」

 突然背筋を強張らせたブルーを、ジリアンは不安そうに支えた。

「さっき壁に打ち付けた時のだね、大丈夫?」

「大丈夫じゃないかも」

「待ってて」

 ジリアンは、残った魔力で応急手当のための魔法をブルーにかけた。即座に完治するものではないが、一時的には筋肉や関節を支え、痛みを軽減してくれる。

「さすがに治癒魔法まではマスターしてないんだ、ごめんね」

 ジリアンは済まなそうにブルーの手を握る。

「そんなの僕だってまだだよ。ありがとう」

 二人は数秒見つめ合ったあとで、古代のホール内に散乱させた岩や人形の残骸を見た。本日のデートのハイライト、といった趣きである。

「まだやることがあったんだっけ」

 ブルーは、ウンザリしたように周囲を見回した。脱出ルートを探していたのだ。ライトニングが、ブルーに調子を合わせるようにうなだれた。

「さっきの転移魔法装置、もう一度起動させてみるかあ」

 ブルーはそう言って腰を上げようとしたが、ジリアンはブルーの肩をポンポンと叩いて言った。

「アドニス君、脱出ルート見付けたかもよ」

「え?」

 ジリアンは、すうっと細い指で天井を指さした。それは、たった今巨大な人形を魔法で撃ち抜いた方向だった。

「ほら」

 ジリアンはブルーに顔を寄せて、一緒に指の先を見る。そこには、キラキラと光るものが見えた。

「星だ」

 ブルーは呟いた。それは、確かに夜空に瞬く星だった。

「さっきの魔法で、地上までぶち抜いたってこと!?」

 どれだけ威力があったんだ、とブルーは自分達の起こした魔法の威力に戦慄した。

 天井から、おそらく地上まで貫通した穴の長さはだいぶありそうだ。しかし、人形に開いた穴のサイズからすると、少女や子供の体格なら容易に通れそうだった。

「ライトニング、お前のおかげで脱出できそうだ。ありがとうな」

 ブルーはライトニングの頭を撫でてやった。もともとはライトニングが遺跡の奥に飛び込んでしまったのが原因なのだが、それはもうどうでも良かった。ライトニングは、嬉しそうに尻尾を振りまわす。

「いま何時?」

「わかんない」

 ジリアンは、全く動かなくなってしまった懐中時計を睨んだ。さっき、別な遺跡で突然グルグル動き出した時に、壊れてしまったらしい。

「何時でもいいわよ」

 そう言って、ブルーの肩に頭を載せる。ブルーは赤面しつつ咳払いをした。

「あの穴までどうにかして登らないとね」

「浮遊魔法、使う気力ある?」

「やるしかないでしょう」

 力無く半笑いを浮かべ、ブルーとジリアンは一緒に浮遊魔法を唱えた。魔力と体力は今の戦闘で、ほとんど使い果たしてしまったらしい。だいぶ微弱な効果しか発動できそうになかった。

 フワフワと、ガスの入った風船のようなスピードで二人と一匹は、地上と謎の遺跡を繋ぐ斜めの通路に向かって昇っていった。下には、自分達がとどめを刺した人形が倒れている。その姿を、ブルーとジリアンは何となく可哀そうだと思った。




 それは、満天の星空だった。

 

 草に雨が染み込んだ丘陵に、ブルーとジリアンは大の字になって寝転がり、眼前に広がる無数の星座を見つめていた。ライトニングも、その神秘的な光景を目に焼き付けた。

「ここ、どこだろうね」

 ブルーは寝ぼけたような声で言った。

「さあね。どこだっていいわよ」

「明日出勤できないと叱られるんだけど」

 ブルーが言った冗談に、ジリアンは何がおかしいのか、突然笑い出した。つられて、ブルーも笑い出す。それに呼応するように、ライトニングが吠えた。二人と一匹の声が、他に誰もいない丘陵地帯に響き渡った。

「最高のデートだったわ」

 ジリアンが星を見つめながら言う。

「どこらへんが?」とブルー。

「全部よ」

 星を掴むように、ジリアンは手を伸ばす。


「きっと世界中の誰もが、体験したことないでしょうね」

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