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八-四
「リュウビ様、この屋敷は何という名前になさいましたか。」
ショウは擬似人間の演習、美しい屋敷を眺めながら、それとなく聞いた。太郎を招く時に、屋敷の名前がないでは困るからだ。
「実はまだなのです。ショウさんが名を付けてください。」
手際のよいリュウビが、完成した屋敷に名前を付けていないとは……。
「そうですねえ、リュウビ様の名を入れて輝龍殿がいいかな。さてさて手本にした建物が差江の城と、裏山の神宮と聞きましたので、龍宮城はどうでしょうか。」
だがリュウビは何の反応も示さない。名を付けるように言っておきながら、何を試しているのだろう。
「ミンクさんも、同じ名称を勧めてくれました。でも龍という名が入ると太郎に警戒心が出るのではと、それが気掛かりです。」
そういうことか。だが龍宮城という名は、勇壮に輝いている屋敷にぴったりだと思い、引き下がりたくないのだが。
「どうでしょう。この屋敷は龍からこの国を警護する要塞であって、以前は防龍櫓と呼んでいたことにします。そして少し前に龍が東の海で死んでいたため、呼び名を龍宮城に改めたというのは……。」
太郎は二度も龍に襲われ、二度目の格闘で死んだと思っている。海底でも同じように龍が脅威だったが、太郎の活躍で死んだと話せば、相通じるものがあり信じやすい。
龍のことは隠すよりも、逆に話題にした方が得策だ。
「いい考えですね。でも城という呼称にも抵抗があります。なぜなら城は人間が戦さの要塞として造った建物でしょう。」
権力争いや戦いを嫌う、リュウビらしい意見だ。
「じゃあ龍宮城ではなく龍宮殿、いやもっと簡単にして、龍宮ではどうでしょうか。」
「龍宮。それに決めましょう。」
名称が決まった龍宮を仰ぎみると、思いのほか輝きが増したように感じた。
「それでリュウビ様は、龍宮の主として太郎を迎え、接待されるのですね。さぞや風格のあるお殿様に。」
「それは直前まで伏せておこうと思ったのですが……。いいでしょう、お見せします。」
そう言うと岩の前へショウを導いて、鏡に像を映した。
「えーっ、これは。」
驚いた。それは濃い緑の生地に赤や白、黄色の小花柄を散りばめた着物姿で、微笑んでいる音根の立ち姿であった。
「あ、あれは。あの……。」
「そのとおり、音根です。太郎を長い期間、引き止めておくために、どこか音根の面影を感じさせる女帝です。もちろん音根とは別人ですが、どことなく似ている女です。」
トポスもミンクも、突出したひらめきを持っているが、さすがリュウビは格別だ。
「この作戦は皆さんの絶大な協力と、豊富な情報提供によって判断に恵まれ結実しました。目的はきっと達成するでしょう。」
だが太郎を、どのくらい海底に引き止める考えだろう。太郎を生かして鯛漁の阻止を果たすには、年老いて帰すくらいの長い期間が必要だ。
太郎が招待に応じたとしても、早く帰すと約束して安心させなければ、恐れて海に入らない。
それをどう納得させるのか、聞いておきたい。
「ショウさんは、それが気掛かりなのですね。」
質問する前にリュウビが答えてきた。こちらの不安はお見通しだ。
「人間は東の空から朝日が出て、次の朝日が出るまでの間を一日と数えています。
そして野山に花が咲き始める周期を一年として、六十年前後が人間の平均的な一生です。」
海底には、そういった時の流れがない。あるとすれば、潮の流れが変わる周期が一日ということだ。それは人間界なら一年になる。
「そうです。時を当てはめれば、地上の一年が海底の一日です。太郎を人間の時でいう五日間もてなしたら、五年滞在させておくことができます。」
「でも五年くらいでは、地上に帰った太郎は二十七歳。さらに鯛漁に励む若さでしょう。」
そこでリュウビは、ミンクの気象操作術とマイスの感覚術を合わせ、滞在期間が十倍に伸びる手段を講じると言う。
「十倍ですか、太郎の感覚で五日もてなすと、五十年も引き止めておけるのですか。」
「太郎は二十二歳です。人間にとって七十二歳になった太郎は、長生きした老人になっています。地上に何ら異変がなくても、音根や家族・知人の大半はその時代にいないでしょう。五日後と信じて帰った太郎は、鯛漁を続ける意義がありません。ですが地上に、恐るべき異変が起こったのです。」
「あの地揺れですね。それでも五十年の間、引き止めるのですか。」
「はい。対岸にある多賀の町は、裏島や差江と比べて被害が小さかったのです。」
「地揺れと大波でも、多賀屋升克は無事だったのですね。」
「無事でした。五年後では復興目的もあって、鯛釣り塾は升克が復活させるでしょう。この阻止も、私たちの重要な目的のひとつです。」
そこまでリュウビは計算していたのだ。
「なるほど。五十年も引き止める理由が、よく分かりました。」




