三
八-三
「傷つきやすい陸上で暮らしているのに体毛がないなんて……。それで着物を纏ってるのか。」
マイスが全裸の人間を眺めて、ひとり言のようにつぶやく。
「全身体毛フサフサの動物達と違って、気味の悪い姿ですね。だから着物で傷を防ぎ、体温調節もしているのでしょう。よくこれで増殖できますね、考えられない。」
直立二足歩行で無毛という、風変りな動物の死体を前にしたマイスとミンクは、あきれている。そばで見ているリュウビも、興味シンシンだ。
「人間がゼクスの子孫と聞いていますが、それとなく理解できますよ。」
「人間は成長すると、雄と雌の差がはっきりします。雄は形の変化こそ少ないけど、全身が筋肉質に、雌は胸や尻が際立って大きくなってきます。今まで見えなかった身体の外形だけは、一応ですが判明しました。」
「内部や、器官の機能も調べられますか。」
「大丈夫です。心ならずも犠牲になった命のために、何としても解明を遂げなければなりません。」
リュウビの悲痛な声に、マイスが神妙にうなずく。シオンは剥ぎ取った着物を、別の場所で分析中だ。
「着物ってまあ、思っていたより複雑。実物を見てなきゃ、とうてい作れませんよ。」
年齢の異なる七種類の子供、二十代から五十代まで四種類の大人、それぞれ雄雌の裸体が次々に、鏡に映し出された。
リュウビは判明した人間の身体形状や機能を分類し、顔の表情や髪型に変化を付けながら、太郎のもてなし役を作り始める。
身辺の世話役に十人、踊子や囃子の子供達は合わせて五十人を揃えた。これで太郎から見て、違和感なく海底の国が長く活動しているように見えるだろう。
役に任命されたのは、主に鯛族とヒラメ族だが、マンボウやタコ族、ハタ族も加わっている。
任命された魚達は、人間の喜怒哀楽や欲望、独特の生理などを学びながら、会話術や対応法を身に付けているところだ。
滞在中の食事や酒は、アンコウ族がまかなう。すでに人間の一般的な儀礼、言葉、生活作法については万全といっていい。
岩の周囲は魚で賑わっている。
踊子隊に任命された一尾の鯛が、鏡の前に進むと、あでやかな衣裳を着た十五歳の女児が映し出された。
すると鏡の前に立った鯛が鏡に映った女児に化身した。また一尾が鏡の前に出ると、別の女児が映し出され、それに化身した。
魚が次々に鏡の前で姿を変え、そびえる岩の周辺は、見る見る擬似人間であふれていく。
艶やかな着物や野良着を着た五十尾、いや五十人が思い思いに歩いたり、お互いを眺め合ったりしている。
農夫、人夫、従臣や侍など、大人も百人作られた。リュウビは擬似人間たちを各部隊に分け、屋敷に入るよう指示した。
地面から噴き出す光の中を二百人の擬似人間が、三丁ほど先にある屋敷に向かってゾロゾロと歩く。その頭上では、化身しなかった魚たちが舞い踊る。
擬似人間の行進だけを見ると、ここが海底とは思えない光景だ。
「人間って動きにくいね。どうしてこんな不便な、着物を着ているのだろう。」
「二本足だけで歩くのは大変だよ、泳いだらすぐなのに。」
魚達は人間に化身した途端、口々に不満を言いながら歩くが、目的の重大さと、与えられた役割に、使命感を抱き、これから展開される人間の一員になることを、楽しみにしている様子だ。
「皆さん、二本足で立って地面を歩くのは不自由だと思いますが、それが人間という動物です。これから迎える太郎にとって、それが当たり前です。もてなして帰るまでは、その姿でいなくてはなりません。十分に馴れてください。」
リュウビは人間に化身した魚を先導しながら、さらに言葉を続けた。
「あなた方は、もう魚ではなく人間です。人間になり切らないと太郎に見破られ、悲しい結果を迎えるでしょう。心して臨んでください。これは私からのお願いです。」
擬似人間がゾロゾロ屋敷に入り、各部隊が部屋や中庭、農園などに分かれて演習が始まった。
完成した屋敷が、まばゆい輝きを放っている。不意の地揺れによって作り変えた広大な農園も、活き活きとした緑を繁らせている。
かくして太郎を、海底へ招く準備が整った。さあ次はショウが太郎を、海底に誘い込むだけになった。
提案した招待作戦が失敗すれば、リュウビをはじめとするトポスや、大勢の魚達、地上の情報係の苦労を無にすることになる。
考えるほど大きくなる不安。失敗は絶対に許されない、時もないので仲間の助言を聞きながら演習をしよう。
カニのシンカは海底が明るくて、人間の住んでいる国があることを話し、興味をかき立てればいいと言う。イタチのクンクは楽しい祭りや行事があれば、飲み食い・踊りに引きつけられると言う。
海底に招待すると聞けば、家族や周囲は猛反対するだろう。とくに母親や妹、祝言前の音根は手ごわい。これには家族愛を持ち出し、優しく接して信用させる。
さらに漁仲間の勘次、太郎が尊敬する万作や弥助が、招待を後押しする手立てはないか探す。




