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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
81/86

八-二

 トポスはこの作戦を卑劣(ひれつ)だと思っているが、リュウビが(つら)い気持ちを乗り()え、実行を決意(けつい)した最後の手段(しゅだん)だ。こんな(かな)しい役目(やくめ)は二度とゴメンなので、何としても成功(せいこう)せねばならない。

 海底で待機(たいき)していたタコ十頭(じゅっとう)が、一斉(いっせい)に海面へ向かう。

踊子(おどりこ)が乗っているのは、どちらの(ふね)だ。」

 上空から監視(かんし)しているカモメのジョイに、トポスがたずねた。

「右側の方が、そうです。」

「え、(みぎ)と言われても。」

 下から見ているので、どちらか分からない。()しい標本(ひょうほん)は、もてなし役の子供(こども)(たち)世話(せわ)(にん)なので、絶対(ぜったい)間違(まちが)ってはいけない。

「船の進行(しんこう)方向(ほうこう)に向いて、右側(みぎがわ)ですよ。」

「分かった。ジョイさんありがとう。」


 まだ一抹(いちまつ)の不安があるトポスは、(ねん)のため花見の二隻(にせき)から(はな)れた後方へ移動(いどう)し、そっと海面(かいめん)に出た。確かに右側(みぎがわ)(ふね)には、(あで)やかな衣裳(いしょう)(まと)った踊子(おどりこ)(たち)が、唐傘(からかさ)を手に(まい)披露(ひろう)している。左の船は(さむらい)(たち)酒盛(さかもり)り中だ。

「間違いない、右の船底に粘液を塗り付けろ。」

 十頭のタコは船の真下(ました)から近付(ちかづ)き、船底(ふなぞこ)中央(ちゅうおう)()にモックの粘液(ねんえき)を、たっぷり塗り付ける。

()()えました。退去(たいきょ)します。」

 タコの報告(ほうこく)はリュウビにも伝わった。とまどいを見せたリュウビは()(けっ)し、金色(きんいろ)の目をカッと見開(みひら)いて、口から白い物体(ぶったい)三度(さんど)にわたって()いた。

 細長い三本(さんぼん)の白い(すじ)は、そびえる屋敷を(もう)スピードで飛び(とびこ)え、海の(やみ)に消えた。

(あかつき)(だい)のみならず、魚族(ぎょぞく)全体(ぜんたい)の未来のためです。」


 軽やかな(かね)太鼓(たいこ)の音に包まれた演舞(えんぶ)を、領主(りょうしゅ)家臣(かしん)が三丈ほど離れた屋形船(やかた)から、酒を()(かわ)わしつつ(なが)めている。

 まだ少し冷気(れいき)を残すそよ風が、ほろ()いに心地(ここち)よいのか、どの顔もニコニコとして(たの)しげだ。波は(おだ)やかで、山手(やまて)から飛んで来たであろう(さくら)の花びらが、ポツポツと海面(かいめん)(ただよ)う。

 演舞船(えんぶせん)の底がドンドンと異様(いよう)衝撃(しょうげき)を受けた。だが世話役(せわやく)は、()れを(かん)じなかったので、気に止める様子(ようす)もなく舞台(ぶたい)に見とれている。

 踊り子十人が()(おわ)ると、舞台の(そで)待機(たいき)していた十人が、入れ代わりに舞台(ぶたい)へ上がろうとした、その時である。

 待機場(たいきば)(ゆか)がメキメキと音をきしませ、足もとに海水(かいすい)()き上がった。(おどろ)いた踊子(おどりこ)(たち)は、舞台(ぶたい)(うら)へゾロゾロと避難(ひなん)する。


 船尾(せんび)漕手(こぎて)世話役(せわやく)の五人が、海水(かいすい)に気付いて立ち上がった時、舞台(ぶたい)の下でバキバキッと(するど)い大きな音がして底板(そこいた)がめくれ上がり、海水が(こし)の高さまで(いきお)いよく()()がった。

 浸水(しんすい)船尾(せんび)へ流れ、船は船尾(せんび)から沈んでいく。その反動(はんどう)船首(せんしゅ)天空(てんくう)()す。

 踊子(おどりこ)(たち)は声も出せず、舞台(ぶたい)欄干(らんかん)や土台、舳先(へさき)にしがみ付いている。

 船尾(せんび)には、多数(たすう)の荷物が()まれて(おも)く、船首(せんしゅ)踊子(おどりこ)(たち)が集まったため、船の前方(ぜんぽう)後方(こうほう)に強い荷重(かじゅう)がかかる。その状態(じょうたい)で板が()れ、(よわ)くなった船の中央部(ちゅうおうぶ)から、木の(えだ)のように船が()れた。

 天空(てんくう)()していた船首(せんしゅ)は、船尾と(はな)れて海面に()()さり、船首の子供(こども)(たち)悲鳴(ひめい)(とも)に海に投げ()される。

 しぶきが六丈(ろくじょう)(はな)れた屋形船(やかたぶね)に降りかかった。後を()うように波が屋形船を、左右に()さぶる。

 予期(よき)しない事態(じたい)に、屋形船(やかたぶね)の領主や家臣たちは目を(うたが)い、うろたえて声も()ず、海を(ゆび)さすばかり。我に(かえ)った家臣が救助のために海へ()び込むと、続いて数人(すうにん)が次々と後を追う。


 (はな)れた場所で警護(けいご)していた軍船(ぐんせん)が屋形船に横付(よこづ)けし、領主(りょうしゅ)とその家族(かぞく)保護(ほご)して港へ(いそ)いだ。他の三艇(さんてい)が、海に投げ出された子供(こども)(たち)や、世話役(せわやく)救助(きゅうじょ)に当たる。

 子供(こども)(たち)は、家臣(かしん)(じょう)(りゅう)(しょう)家け)の子息(しそく)で、芸事(げいごと)は習っているが、(およ)ぎは身に付けていない。さらにきらびやかな衣装(いしょう)海水(かいすい)を含んで自由を(うば)い、波の間に沈んで消える。

 軍船(ぐんせん)に助けられた子供(こども)が次々と(みなと)(もど)るが、その中に()が子がいない(おや)は居たたまれず、漁船や()(ぶね)に乗り込んで(うみ)へ出る。

 現場(げんば)には小舟(こぶね)や大型船が五十隻ほど集まり、長い竹竿(たけざお)を海に差し込んだり(なわ)(しば)り付けた(いた)を投げ込んだりして、懸命(けんめい)捜索(そうさく)()り広げられた。


 口々に()()()()びながら、必死(ひっし)で海面を(さが)す親たちの意志(いし)に反して、海は何事(なにごと)もなかったかのように、小さな(なみ)がうねるばかり。

 西日(にしび)(しず)み、(くら)くなった海面では大小(だいしょう)(ふね)が、松明(たいまつ)(かか)げて右往(うおう)左往(さおう)している。

「かわいそうですね。命を(うば)われた子供(こども)(たち)も、(のこ)された親や家族(かぞく)も。」

 悲痛(ひつう)()び声が、波間(なみま)にこだまする夕暮(ゆうぐ)れの海。カモメのジョイが、上空(じょうくう)から(さみ)しそうに(なが)めていた。

 捜索(そうさく)は夜になっても()気配(けはい)がなく、松明(たいまつ)(やみ)海面(かいめん)を点々と()らす。()(つづ)ける子供の名が、波間(なみま)()い込まれる無情(むじょう)

 春とはいえ夜の海は()()み、おぼろが松明(たいまつ)をぼんやりと(つつ)む。

 懸命(けんめい)救助(きゅうじょ)活動(かつどう)(むな)しく、(たす)かったのは演舞船(えんぶせん)三十(さんじゅう)六人(ろくにん)(ちゅう)、わずか十二(じゅうに)(にん)だった。


 ここは海底の岩の前。着物を()()られた遺体(いたい)二十四(にじゅうよん)(たい)(なら)べられ、マイスとミンクによる身体(からだ)各部(かくぶ)解明(かいめい)が始まっていた。

 遺体(いたい)十三(じゅうさん)(さい)から十七(じゅうしち)(さい)くらいの女児が十二(じゅうに)(たい)、男児が六体(ろくたい)

 大人は男女(だんじょ)三体(さんたい)ずつで、推定(すいてい)年齢(ねんれい)(じゅん)に並べると身長(しんちょう)骨組(ほねぐ)み、身体(からだ)変化(へんか)一目(いちもく)瞭然(りょうぜん)だ。

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