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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
第一章
8/86

一-八

 右門(うもん)丁重(ていちょう)に頭を下げ、革製(かわせい)(ふくろ)()し出した。

「太郎殿、そして皆のしゅう、鯛の礼金れいきんを渡す。今日はいわい日であるゆえ、少しばかりはずんでおいたぞ。」

 ずっしり重いかわぶくろを受け取って、横の弥助やすけわたす。弥助は万作まんさくに、そして勘次かんじ藤造とうぞう吾作ごさくへとまわしてもどって来た。


 万作と勘次がんできた大八車だいはちぐるま桟橋さんばしに上げようとすると、能勢(のせ)右門(うもん)両手りょうてし出して止める。

「よいよい、荷車にぐるまは用意しておるので、配慮はいりょ無用むようじゃ。さあみなの者、鯛をきしまではこべいっ。」


 さむらい達が(けん)じょう(ばこ)を一箱ずつかかえ上げた瞬間しゅんかん、ギギィと桟橋さんばしきしおとがし、海面かいめんが音もなくり上がった。

「うわわぁ、はししずんでいくぞ。」

 (さむらい)達は足場あしば見失みうしなって動けない。海面かいめんこしまでたっし、水流すいりゅういきおいで桟橋さんばしからちそうになる者もいる。

け、橋はこわれとらん。ただの高波たかなみじゃ。両足りょうあしをしっかりって鯛を守れ。」


 能勢のせ右門うもんは舟の係留けいりゅう柱にしがみついて、げきばす。

 侍達は献上箱を頭上ずじょうに上げ、中腰ちゅうごしってえている。海面かいめんが少し下がったので、献上箱をかかえた侍達も能勢右門も、一勢いっせいにしぶきを立てながら桟橋さんばしを走って、岸にけ上がり、鯛は無事ぶじだった。


 だが今度こんど十丁じゅっちょうほどおきの方から、大きななみせて来るのが見えた。波の高さは一丈いちじょう(約三m)くらいあろうか。これをかぶればちがいなく海にまれる。

 怪物(かいぶつ)気付(きづ)かれたのだ。海の中で怪物が手ぐすね引いてっていると思うと、だれ合図あいずするでもなく、全員ぜんいん一目散いちもくさん桟橋さんばしを走る。

 きしび上がると同時どうじに、高いたかなみはげしいおとを立てて岸の石垣いしがきにぶつかり、おびただしいりょうのしぶきが上空じょうくうい上がった。


 沿岸えんがん見物けんぶつしていた町人ちょうにん警備けいび(さむらい)達も、どしゃりの雨のようなしぶきをかぶって、右往うおう左往さおうしている。

「何だ、何だ、地揺じゆれでもあったんか。見たことのない大波おおなみじゃったなあ。」

 婚礼こんれい祝賀しゅくがそっちのけで、こわいもの見たさの町人ちょうにんが通りにあつまって、騒然そうぜんとなった。


 鯛を運んできた三隻さんせきの小舟は、係留けいりゅうされたまま転覆てんぷくし、桟橋さんばしの横でただよっている。

 通りのさわぎをに、百尾ひゃくびの鯛は朱塗しゅぬりの立派りっぱ牛車ぎゅうしゃみ込まれ、数十人の護衛ごえいかこまれてそそくさとしろに入っていった。

「ああ、きもやした。皆が無事ぶじで何よりじゃった。」


 万作はれた地面じめんにどっかりとこしとし、大きく息をいた。

「あの波、一つめは鯛をねろうた。二つ目はワシらをねろうた。それにしても、来る途中とちゅうであれが来てたら、お陀仏だぶつじゃったろう。」

 怪物(かいぶつ)は鯛のわたしに気付きづいて、昨夜さくやのうちに百尾ひゃくびを釣り上げたことをり、なみを使っておそったにちがいない。


「怪物が気付きづいたからには、舟でかえわけにはいかんのう。舟をのこして陸伝りくづたいにかえるしかないか。」

 万作まんさくが力なく天をあおぐ。

「怪物がこの海峡かいきょうもどっとるで、しばらく(りょう)出来できん。舟は怪物がるまであずかってもらうか。」

 弥助やすけも、力なく海を見つめる。皆も同感どうかんだ。


 そこへさむらいが三人来て、能勢のせ右門うもん家来けらい名乗なのった。二人は桟橋さんばしで鯛をはこんだ侍だが、もう一人は白髪はくはつ商人しょうにんのようだ。

「主人はたいそう喜んでおられたが、すでしろへ上がっておるので、代わりに礼に参った。これは主人からの心尽こころづくしじゃ。」

 そう言いながら、風呂敷ふろしき包みを一人ひとりに手渡てわたした。それは能勢のせ家の家紋かもんが入った立派りっぱ重箱じゅうばこで、豪華ごうか料理りょうりり付けた弁当べんとうだった。


 もう昼時ひるどきに近い頃合ころあいだ。六人は、わざわざって来てくれたことに感激かんげきし、有難ありがたいただいた。

 一人の(さむらい)万作まんさくの横によこを下ろし、目を細めて裏島うらしま方面ほうめんながめながらたずねる。

昨夜さくや悪天候あくてんこうで、百尾もの鯛をどうそろえたのか、おしえてくださらんか。ほかから仕入れた鯛や、前にった鯛もざっておるのか。」

「いや、うみしずまった夕暮ゆうぐれに舟を出して、全部ぜんぶり上げた鯛じゃ。」


 (さむらい)は信じられないかおつきで、何度なんどもうなずいたり、くびをかしげたりして聞いている。

「おしろよめ入りじゃ。古い鯛があっても、ぜることは出来できんでな。」

「そうか、感服かんぷくした。ところでゆうべ、そなた達の浜はうしこくまで明かりがともっておったが、なんぞやっておったのか。」

 六人を見渡みわたし、だれにともなくたずねる。それをけて、弥助やすけ元気げんきよく答えた。


「あれは、った鯛が無事ぶじにおおさ出来できるよう、祝言しゅうげんよろこばれるよう、村中むらじゅういのっておったのですじゃ。」

 どう答えるべきかととまどっていたら、弥助ならではの機転きてんに助けられた。

 侍は、ニコニコがおでうなずいていたが、にわかに真顔まがおになって身を乗り出し、くちに手を当てて万作にたずねる。


「五年ほど前、この海域かいいきで恐ろしく大きな怪物かいぶつが出てさわぎになったことがある。拙者せっしゃ人伝ひとづてで聞いたが、それは海の鬼神きしんと呼ばれているらしい。ここからはくわしいことがからなんだと言う。怪物がちかかったそなた達は、何かご存じであろうか。」

 弁当(べんとう)まで用意よういしてくれた、律儀りちぎ能勢のせ右門うもんなら信じられる。正直しょうじきに話せば、怪物の正体しょうたいさぐってくれると思ったのだろう、万作は怪物について話し始めた。

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