↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
第一章
PR
7/86

七

一-七

「このまま怪物が大人しゅうしとりゃ、言うことないんじゃがのう。」

「今さら邪魔(じゃま)したってなあ、怪物も観念(かんねん)したんじゃろうぞ。」

 言いたい放題(ほうだい)の会話(かいわ)を交(かわ)わしながら、大八(だいはち)車(ぐるま)に献(けん)上(じょう)箱(ばこ)を積(つ)み込む。


「夜が明ける、そろそろ出向(でむ)くとするか。」

 太作(たさく)組の舟は、海の方に向きを変えてあり舳先(へさき)には太い縄(なわ)が飾(かざ)られている。

 万作が徹夜(てつや)で自分の舟を洗ってくれ、差江(さえ)の祝(いわ)いのために、立派な縄飾(なわかざ)りまで用意(ようい)したことを知った。


「万作はん、かたじけない。」

「ガハハ……。舟が貧相(ひんそう)じゃけ。こうでもしておかんと表島(おもてじま)の奴らに、馬鹿(ばか)にされるでな。舟を白に塗(ぬ)るには、時(とき)が足りんかったが、よう出来(でき)たじゃろう。」

 その豪快(ごうかい)な笑いに皆(みな)もつられて笑う。

 舟を真(ま)っ白に塗(ぬ)られず、本当に良かったと思ったが、万作の気づかいに目頭(めがしら)が熱(あつ)くなる。


 表島(おもてじま)の城へ鯛を納(おさ)めに出向(でむ)くのは、自分と勘次のほか万作、弥助、藤造、吾作の六人に決まった。自分の舟には鯛(たい)百尾(ひゃくび)を積み、弥助が札持(ふだも)ち役をする。

 そこへ婦人(ふじん)が三人、炊(た)き出しの味噌(みそ)汁と握(にぎ)り飯(めし)を持って来た。その婦人の中に音根(おとね)もいる。

 こちらへ来て上目遣(うわめづか)いに微笑(ほほえ)み、声をかけてきた。

「早う帰って来てね。待ってるっちゃ。」

 黙ってうなずき、握(にぎ)り飯と味噌(みそ)汁を受け取って頬張(ほおば)った。


 音根は今年十七歳。他にも年頃(としごろ)の娘は妹の梓(あずさ)も含めて数人(すうにん)いるが、この村では珍(めず)しく色が白く、大きな黒い瞳(ひとみ)が若者(わかもの)の羨望(ぜんぼう)の的になっている。

 若者達はこぞって畑(はたけ)仕事(しごと)や、炭焼(すみや)きを手伝(てつだ)い、用事(ようじ)もないのに何かしらの声を掛(か)け、音根(おとね)の気を引こうと懸命(けんめい)だ。


 弥助が鯛を詰(つ)めた献(けん)上(じょう)箱(ばこ)五箱の上に、差江(さえ)の家紋(かもん)が入った白い布を被(かぶ)せた。

「さあ準備(じゅんび)はできたじゃ。太郎と弥助の舟が真ん中を行け。勘次は大八車を積んでワシの舟に、藤造は吾作の舟に乗り込んで両側(りょうがわ)から警護(けいご)じゃ。それー 行くぞぉ。」


 万作の号令(ごうれい)に「おぉー。」と雄叫(おたけ)びを上げて、男たちは舟を一斉(いっせい)に海へ滑(すべ)り込ませ、勢(いきお)いよく乗(の)り込んだ。

 身なりはいつもの漁衣(ぎょい)なので、漁に出る普段(ふだん)の風景(ふうけい)と変わらないが、真(ま)ん中を進む自分の舟だけが、少し違(ちが)って華々(はなばな)しい。

 浜では婦人や村の衆が、手を振って見送っている。


 いよいよ朝日(あさひ)が東の空を黄金(こがね)色に染(そ)めて顔を出すと、海も空も山も一斉(いっせい)に明るくなり、丘(おか)の鳥がにぎやかにさえずりを始(はじ)めた。

 表島に向かう漁師(りょうし)達の顔に朝日(あさひ)が反射(はんしゃ)し、どの顔も眩(まぶ)しげに輝(かがや)く。

 明けの風(かぜ)が吹(ふ)き出すと、海も目覚(めざ)めたように波打(なみう)ち、黄金(こがね)色の空を映して青白(あおじろ)く広がる。今朝は珍(めずら)しく、カモメが数羽(すうわ)、頭上(ずじょう)を飛(と)び回っていた。


 いざ出港はしたものの、六人にとっては恐怖(きょうふ)に包(つつ)まれた航海(こうかい)だ。

 海から大きな怪物が、突然(とつぜん)飛び出してくるかもしれない。櫓(ろ)をこぐ者は足許(あしもと)に槍(やり)を置き、もう一人は背(せ)を丸くして四方(しほう)の警戒(けいかい)を続ける。

 だが緊迫(きんぱく)した心境(しんきょう)とは裏腹(うらはら)に、一度たりとも強い風がなく半刻(はんこく)が過ぎた。


 表島の町が目の前になった時、全員(ぜんいん)の顔に正気(しょうき)が戻(もど)った。

「無事(ぶじ)に着(つ)けそうじゃ。まだ油断(ゆだん)はできんが。」

 弥助が立て札(ふだ)を持(も)ち直(なお)し、右手に長い槍(やり)を持って仁王(におう)立ちになった。もう表島の方からも見えていて“差江殿(さえどの)御用達(ごようたつ)”と大書(おおが)きした札の文字が、遠(とお)眼鏡(めがね)で確認(かくにん)できているだろう。

 

 今日は二代目(にだいめ)領主(りょうしゅ)の嫡子(ちゃくし)、差江(さえ)将大(しょうだい)が東の国から姫(ひめ)を迎える婚礼(こんれい)の日だ。

 すでに町は笛(ふえ)や太鼓(たいこ)の音で騒(さわ)がしい。城に通じる港の大通(おおどお)りには提灯(ちょうちん)が連(つら)なり、停泊(ていはく)中の商船(しょうせん)には紅白(こうはく)の幕(まく)が張(は)られている。


 舟が港に入ろうとすると、二隻(にせき)の黒い軍船(ぐんせん)が両側(りょうがわ)から挟(はさ)むように接近(せっきん)し、ヒゲ面の侍が舳先(へさき)に立って大声(おおごえ)で叫(さけ)んだ。

「差江殿(さえどの)の港内(こうない)じゃ、槍(やり)を納(おさ)めいっ。」

 皆がハッと気付(きづ)き、手にしていた槍(やり)を足許(あしもと)に落とし、深々(ふかぶかと)と頭を下げた。

「もう怪物は出んのに、ワシたちは戦いの体勢(たいせい)で港に入ったんか。迂闊(うかつ)だったわい。」

 万作は頭をかいて恥(は)じ入った。


 軍船(ぐんせん)が、港の端(はし)に突き出した桟橋(さんばし)へ誘導(ゆうどう)する。軍船は裏島(うらしま)で最(もっと)も大きい万作の舟より大きく、大筒(おおづつ)を一門(いちもん)備(そな)えている。

 三隻(さんせき)の小舟(こぶね)が桟橋(さんばし)に横着(よこづ)けすると、能勢(のせ)右門(うもん)が家来(けらい)らしい五人の侍(さむらい)を従(したが)えて来た。

「おお裏島の。本日の婚礼(こんれい)に供(きょう)する鯛じゃが、百尾(ひゃくび)揃(そろ)ってござるか。早速(さっそく)で悪いが荷物(にもつ)を改(あらた)める。」


 能勢(のせ)右門(うもん)の後ろにいた侍(さむらい)の一人が舟に乗(の)り込(こ)んで、黙(だま)って献上(けんじょう)箱を他の侍(さむらい)達に手渡し、桟橋(さんばし)に積(つ)み上げていく。

 能勢(のせ)右門(うもん)がフタを開(あ)けて大笹(おおざさ)をめくり、鯛を見回(みまわ)して横の家来(けらい)に小声(こごえ)でつぶやくと、家来(けらい)はそれを帳面(ちょうめん)に書(か)き留(と)めている。


 どうやら鯛の状態(じょうたい)と、数(かず)を確認(かくにん)しているようだ。

「ワシたちは、ていねい洗って箱(はこ)に詰(つ)め、大事(だいじ)に運んできたんじゃ。数(かず)も間(ま)違(ちが)いなく百尾(ひゃくび)揃っちょるわい。」

 万作(まんさく)が不服(ふふく)そうに言っても耳を貸(か)さず、五箱全部(ぜんぶ)を確認(かくにん)し終えた。

「実(じつ)に見事(みごと)な暁鯛(あかつきだい)である。大きさが皆(みな)同じで、数も間違いない。主人(しゅじん)はどなたかの。」


 弥助が、主人はこの男だと言いながら、自分の背中(せなか)を強く押(お)した。

「おお、鯛釣(たいつ)り名人(めいじん)の太郎殿か。拙者(せっしゃ)が出向(でむ)いて頼(たの)んだだけの事はあった。このとおり厚(あつ)く礼(れい)を申(もう)し上げる。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。