十二
七-十二
でも着物を着ていない人間の姿だけは、誰も調べようがないのです。この調査は風呂場に忍び込める、ボウさんしかいないのです。」
「……。」
ボウがどう受け取ったのか、最後まで聞いていたのか確認できないが、クンクはこれ以上眠りの邪魔をしてはいけないと、この場を引き上げた。
だがミンクから、思いもかけない報告を受けた。何とボウが、今夜風呂場を見てやると言って、差江に向かっていると言うのだ。
そろそろ夕日が西に傾き、風が冷たくなるのに大丈夫か。急いで後を追って、差江方面へ走る。
「ボウさんは城の南に建つ、櫓が二つある屋敷に入るそうです。」
「分かりました。あの屋敷はボクも知っています。」
海伝いの雑木林を走っていると夕日が沈み、急速に寒気が襲ってきた。ボウがこの寒さの中を差江に向かっていると思えば、速度をゆるめる気にはなれない。
半刻ほど走って林を抜けると、差江の灯りが見えてきた。クンクは速度を保ったまま、ボウに話しかけた。
「ボウさん、今どこですか。ボクも屋敷の近くに来ています。」
「おう、クンクも来たのか。俺は風呂場に入って、屋根裏の梁に隠れているところだ。」
「わあ、もう入っちゃったのですか。風呂場って、どんな所ですか。」
「真っ暗で何も見えないが、ポカポカ温かくて眠くなりそうだ。」
クンクは門扉の隙間から庭に入った。対面の塀まで半丁(約五十m)ほどある庭には、等間隔で十本の松明が灯り、かなり明るい。
小石を敷き詰めた庭には、数個の灯籠や桜の木が、松明の灯りでユラユラ揺れながら、浮かび上がっている。
人間はいつ風呂場に入るのだろうか。そこで何をするのだろうかと、想像もつかない人間の行動が、早く知りたくて仕方がない。
「ボウさん、人間は来ましたか。」
「おう、雄ばかりだが、何匹か灯りを持って入って来たけどよ。入口の外で裸になるなり、床の石に水をぶっ掛けて煙幕を張りやがった。真っ白になって、何も見えやしない。急に風呂場が熱くなって、人間の体温も感知できないんだ。」
ヘビは暗闇でも障害物があっても、動物の体温を感知できる。しかし煙幕の熱で、それもできない。素っ裸になるのは分かったが、直ぐに煙幕で身を隠すとは。
人間は着物を脱ぎ払うと、身を隠さねばならない、どんな理由があるのか。それほど警戒心の強い人間に、ボウが近付くのは危険だ。
ミンクが早々の退去を伝えたが、ボウはもう少し観察すると言う。そこは温かくて居心地がいいからに決まっている。
「ボウさん、長居して見つからないよう、気をつけてね。」
「煙幕が少しくらい晴れる時もあるだろう。それを見逃さずに、しっかり映像を受け取ってくれよ。」
ボウは風呂場調査で、人間の裸の映像を送ることができなかった。だが同じ屋敷の寝室で、雄と雌が寝間着を脱いで一枚の布団に入る情景があるので、それを見てやると寝室へ向かった。
「ここは二匹だけだが、雄も雌も素っ裸になり、煙幕はないので映像を送ることができるぞ。」
だが寒い冬なので、二匹が布団を被ったままモゾモゾしていたが、一度も布団から出ることはなかった。
期待した風呂場と、寝室の調査は失敗し、リュウビは落胆を隠さなかった。
建物が完成に近付いているのに、もてなし役の準備につまずいているのが苦しい。
トポスはそんなリュウビの苦渋を、知ってか知らずか、張り切っている。
「ショウさん、ご覧の通り外観は完成したぜ。内装も大まかにできているので、一度グルッと見て回るかい。」
得意げなトポスの言葉どおり、改めて正面から見た四層の屋敷は、威風堂堂と輝いてそびえている。うながされるまま門をくぐり、松並木に挟まれて石畳を通り、正面玄関に着いた。
---よくぞここまで。
言葉が出ない。真紅の玄関扉は近付くにつれ威圧を感じる。
「実に見事な出来栄えです。トポスさん、今はこれ以上見ないようにしましょう。内部は次の楽しみにとっておきます。」
門から正面玄関に来ただけで、圧倒されたのに「これ以上に凄い。」と豪語する内部まで見ると、気絶するかもしれないと、ショウは思った。とんでもない屋敷はできたが、もてなし役が間に合うだろうか。
岩の前で情報を集めていたミンクが、血相を変えてリュウビの住処へ向かった。
「ミンクさん、どうかしたのですか。」
ショウが問いかけても答えない。一直線に向かうので、ミンクの後を追う。リュウビの住処に着いたミンクは、大声で叫んだ。
「リュウビ様、地上はもう春で桜が咲き始めております。」
その声を聞いて、リュウビが出てきた。
「そのようですね。土ネズミのコロからの連絡では、城の人間達が花見の屋形船を出すと言っていました。」
その何が一大事なのか、次の言葉を待った。
「花見の船には、何人ほど乗り込むのでしょう。」
「船は二隻で、三十人ずつ乗り込むようです。一隻は城主と家臣の屋形船で、もう一隻は踊子や囃子と、世話人が乗る演舞船です。」




