五
七-五
「どうもこうも。差江の殿様が急いで苗木を植えたが、あの位にしか育っとらん。木はワシ等の思うようには、育ってくれん。」
丘の外れにある、八尺ほどの木を指さした。四十年も五十年も前に植えた木なのに……。
「そんじゃ、まだ氾濫や渇水は続いとるんか。」
「いいや。上流に大きな堤と水門のある堰を作って川の水を止め、流れる量を調節しとる。雨期は水門を閉ざして大きな溜め池にし、雨が少ない夏場は少しずつ流すんじゃ。」
「さすがじゃな。人間には知恵と創造力があると、ゼクスが言うたとおりじゃ。」
「ワシも、これこそ人間の技と、感心しとった。じゃがなぁ……。」
「じゃが……って、何かあったんか。」
「ああ、その堰が出来てしばらくすると、夏場に川の水が濁って臭うなった。」
磯八は、そうなった因果を知って腰を抜かしたと言う。奥山が禿げて、トビやタカが棲み処を失い姿を消した。するとエサになっていた山ネズミやカエルが、一気に繁殖した。増え過ぎた山ネズミやカエルは、食べ物を求めて麓に下りる。
また流れを止められた水は濁るので、上流の溜め池は、山の動物の墓場になった。
「川の水が飲めんようになってのう、川に近い海にも魚がおらんようになった。ワシ等は天地の営みに逆ろうて、我が首を絞めたんじゃ。」
水を汚して魚が消えた。磯八の話を聞きながら、背筋がブルッと震える。
「そうか、海にも海の営みはある。オラは鯛をいっぱい釣ることばかり考え、仲間まで増やそうとした。それが海にとって具合が悪かった。」
龍は決まって海の中から現れ、鯛漁師の父を標的にした。二度目は、音根と二人で北島へ向かう途中で、標的はオラだった。
二度目の襲撃は失敗したので、次は大海亀を使って海に誘った。鯛漁を防ごうとして襲ったと考えると、これを企てたのは……。
「これを仕組んだ張本人は、まさか魚の鯛。」
だが魚にそんな知能や技術があるはずがない。人間が暮らせる建物や農園を用意し、相手をする人間まで調達できるのは……。
「そうか、ゼクスだ。あの楽園を作るほどの能力があった。ゼクスが鯛の苦悩に手を貸したに違いない。」
磯八も、鯛の作戦と考えるなら筋が通ると言う。
「じゃが海底で、いつでもオラを殺せたのに、なんで生かして帰したと思うか。」
「海に誘い込んで殺すなら、海の底に建物や農園、世話をする人間はいらんじゃろう。太郎さんに海の中を見せ、何かを伝えて地上に帰す作戦と見たが。」
展開のつじつまが合ってきた。
「帰したんは海の中にも天地があること、多くの命があることを地上の人間に伝えることか。なるほど、地上からは見えんでな。」
磯八は真相を探るのが早い。作佐もそうだがこの時代の人の、頭の良さに感心する。
「海底には、地上の何百倍もの生き物が住んどった。海は広いで、少しくらいの汚物や、ゴミを流すくらいは構わんと思うとったが、汚すのもいけんのじゃ。」
これが鯛の作戦であっても、海底に招かれたことで多くを体験し学んだ。帰っても色々なことに気付いている。
これからは各地を廻って、天地や海を護る必要を訴えて歩くことが、自分の役割と改めて痛感した。
もう音根はいないので、一人で歩こう。
「磯八さんくらいの年なら、大勢が集まって話を聞いてくれるじゃろうが、二十過ぎのオラでは若すぎて、集まってくれそうもないな。」
「え、太郎さんは二十過ぎですか。」
驚いた顔の磯八に、何歳に見えるかと聞く。
「そうですねえ、三十は超えているかと。」
そこへ次郎が、葬儀の事で相談したいと浜に来たので、次郎にも聞いてみる。
「オラ、何歳くらいに見えるか。」
口ごもっている次郎にしつこく聞くと、昨日より十ほどは年を取っている顔付きと、うつむいて答えた。
「ウソじゃろ。」
後頭部を石で殴られたような衝撃を受けた。海面に出る直前の、ショウの一言が甦える。
「海から出られたら、元の人間の体質に戻ります。」
海底では五日と思っていたが、地上では五十年が過ぎていた。海を出て元に戻った体質が、空白の歳月を追いかけ、急速に歳を重ねているようだ。
磯八と次郎の驚きが正しければ、元の人間に戻った体質が過ぎた年月を許さない。
このまま加齢すると残された寿命は、あと四日か五日しかないことになる。こんな非運があっていいのか、海はここまで残酷なのか。
「魚を獲り過ぎんよう、木を伐り過ぎんよう海を汚さんよう教えて、帰したんではないんか。」
絶望のフチで、乙姫がくれた黒い手箱を思い出した。
どうにもならなくなった時以外は開けてはならないと、こうなる運命を知っていて、強く言った乙姫。
だが海底で優しかった、乙姫のことだ。黒い手箱には延命の薬か、もう一度海に入ることができる薬が入っているに違いない。
「次郎さんに預けた、あの黒い手箱じゃ。中に年をとらん薬が入っとる。あれで助かる。」




