第七章 音根が死んで悲しみに暮れていた浜で、勘次の息子の磯八に会い、人間が及ばない自然の力を知りゼクスの話と重なる
七-一
「オラより年上の次郎さんが、音根の子供とは変な感じじゃな。次郎さんの母ちゃんが幸せに暮らしとるで、オラまっこと嬉しいじゃ。」
だが次郎は、隣の部屋で寝ている音根をのぞき込み、寂しそうにつぶやいた。
「母は、太郎さんに会うまでは死ねんと言うのが、口癖じゃった。あきらめずに待ったかいあって、今日こうして会えた。念願叶った母は、安堵して神仏の所へ行くかもしれん。」
「……」
再会は自分にとっては幸運だったが、音根や次郎にとっては災いだったのか。だが、次郎がその考えを払拭してくれた。
「太郎さん、よくぞ母に会うてくれました。母の長年の思いを叶えてくれて、もう何も思い残すことはないじゃろう。母に代わって、このとおり礼を言います。」
次郎は座り直して両手を突き、深々と頭を下げた。
「そうじゃ、龍宮の土産があるんじゃ。」
赤い手箱を二人の前に出し、一文字に結ばれたヒモを解く。蓋を開けると中から光があふれ、皆の顔を照らす。
光の間から輝くかんざしや、櫛、帯留め、貝殻や珊瑚を細工した飾りが、目に飛び込んできた。
「これはまた……。ほぉ、夢のようなお宝じゃ。」
次郎と弥恵は目を丸くし、我を忘れたかのように動かない。ひとつひとつ取り出して、畳に並べていく。
「村の衆に分けてやってくれ。音根にも。」
「いやいや、貰うことはできん。こんな宝物を持つ身分じゃないけ。」
「龍宮の乙姫様が村の衆に分けるようにって、くれたんじゃ。オラが持っても何の役にも立たんし。この底の光っとるんは、龍宮の廊に敷き詰めてあった貝殻じゃ。」
海底の思い出を交えながら並べる。最後に手に取ったのは、光りを放つ黒い龍の置物だった。長さ五寸ほどの、石の細工だ。
音根と北島へ行く途中に襲われた、龍の形をし、一本の槍が、アゴの下に刺さっているではないか……。
海に招待された真の理由を、この彫り物が、ほのめかすように物語っている。
「そうじゃったんかぁ。ショウめ、乙姫め、はかったな。」
指に力が集まって、小刻みに震える。腹わたが煮え返って、頭に血が上る。
奴らは地上に帰ってから気付くよう、手箱の底に龍を忍ばせたのだ。
「くそっ、ダマしやがって。」
龍の置物を握って縁側に出た。こん身の力で庭の砂利に投げ付けると、砕けて飛び散った破片が、夕暮れの庭で冷ややかに輝いている。
次郎も弥恵も、意味が分からず茫然としている。
もうひとつの黒い手箱は、乙姫が悲しそうな目をして「どうにもならなくなった時以外は、決して開けてはなりません。」と、強い口調で言ったのを思い出した。
長い時が過ぎた故郷に帰ったのだ。どうせ孤独と喪失感に病んだ場合の、自害用毒薬でも入っているのだろう。
黒い手箱は、目の届かない所へ隠してくれるよう次郎に頼んだ。
「ちょっくら丘に上がってくる。音根、いや次郎さんの母ちゃんが目覚めたら呼んでくれ。」
事の真相を確かめたい一心で、家を飛び出し丘に駆け上がる。
丘の上に続く道は整備され、小さくなった森の手前に大きなため池が作られている。道の両側に多数の田畑が連なり、水を満たした田が、夕刻の空を映す。
浦浜は農耕も進んで、暮らしが豊かになっているようだ。貧しかったあの頃と大違いだ。
海が見渡せる場所まで上がり、海に向かって叫ぶ。
「乙姫、ショウ、よくもダマしやがったな。お前らは、やっぱり龍の家来じゃったか。復讐なら、何でオラを生かして帰したじゃ。」
だが海面は夕日を映してキラキラ輝き、穏やかな表情を保っている。
「乙姫は、オラの声が聞こえとるじゃろ。龍の仇を、どうして親切にもてなした。何か言え。」
暗くなるまで、立ったまま辛抱強く返答を待った。いら立ちに反して、じわじわと夕闇に包まれる海が、空と一体化していく。
「乙姫、ショウ、もう人間の言葉は話せんのか。もうオラの声は、お前らに届かんのか。」
なぜ海底へ誘い込んだのか。なぜ五十年も海底に閉じこめたのか。謎が頭の中を渦巻くが、何ひとつ聞き出せないまま半刻ほど過ぎた。
これ以上は待っても無駄だと、無力感を胸に閉じ込めて家に戻った。
「もう返事さえしよらん。知らんぷりを決め込んどる。」
玄関を入ると、膝から床に崩れ落ちた。いら立ちと悔しさで、身体の自由が利かない。
あわてて駆け寄った次郎の肩を借り、座敷に上がった。歯がギシギシ鳴る。
だが経緯も理由も知らない次郎と弥恵に、心配かけまいと腕を組んで目を閉じ、沸き返る怒りを懸命に抑えた。
弥恵と次郎が夕食を運んで来た。向き合って座った次郎が、酒を勧めるが呑む気になれない。困惑した次郎が、ひとつの提案をする。
「あんたの怒りは計りしれんが、下まで声が聞こえとったんで、おおよその成り行きは分かった。どうじゃ、寺の作佐を連れて来るで、この話を作佐にしたらどうだろう。太郎さんも話しているうちに、謎が解けてくるやもしれんで。」




