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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
一
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63/86

八

六-八

 屋敷の最上(さいじょう)階(かい)まで、目を皿のようにして見回(みまわ)すが、誰(だれ)もいない。

 歓迎(かんげい)門(もん)をくぐると、光を吹き出す砂(すな)の平原が広がった。平原から一丈(いちじょう)ほど上を、水平(すいへい)に進んでいる。あちらこちらに積(つ)み上がった岩が光を遮(さえぎ)り、黒い筋を真上(まうえ)へ投影(そうえい)している。

「わぁ、魚の群(む)れが綺麗(きれい)じゃ。」

 どこから集(あつ)まって来たのか、上(じょう)方(ほう)にも左右(さゆう)にも、大小(だいしょう)入(い)り混(ま)じった魚の群(む)れが、キラキラ輝(かがや)きながら取り巻き、同じ方向に同じ速(はや)さで進(すす)む。その数(かず)、千尾(せん)は下(くだ)らないだろう。

「すんごい数(かず)じゃ、オラたちと並(なら)んで泳いどる。」

 すぐ右を桃色(ももいろ)に輝く鯛(たい)が、五十(ぎじゅう)尾(び)ほど並泳(へいえい)している。手を伸ばせば届(とど)くほど近(ちか)い。

---大きゅうて、きれいな鯛(たい)じゃ。

 日頃(ひごろ)釣(つ)り上げている暁鯛(あかつきだい)より、ひと回り大きくて美味(おいし)そうだが、今は漁(りょう)への意欲(いよく)が湧(わ)かない。


「魚(さかな)達(たち)が、太郎様とのお別れを惜(お)しんでいるのでしょう。」

「じゃが、国の人たちが姿(すがた)を見せんかった。」

 国の人たちに言葉を掛(か)けたかったが、叶(かな)わなかったことが悲(かな)しく、悔(くや)しい。手箱(てばこ)をヒザで挟(はさ)み、魚たちに両手(りょうて)を振(ふ)る。せめてもの、別(わか)れのあいさつだ。

 ショウが高度(こうど)を上げ始めたが、まだ魚の群(むれ)れはついて来る。だいぶ遠ざかった龍宮(りゅうぐう)が、地下から噴(ふ)き出す光に押(お)し上げられ、浮かぶように輝(かがや)いている。来た時と同じ風景(ふうけい)だ。


「きれいな屋敷(やしき)じゃった。乙姫様も加奈(かな)さんも器量(きりょう)よしで優(やさ)しかった。一太夫さんと二太夫さんには、よう世話(せわ)してもろうた。皆(みな)ええ人達じゃったなあ。」

「豊作(ほうさく)祭(さい)へのご招待(しょううたい)は、ご満足(まんぞく)いただけましたか。」

「ショウさんのお陰(かげ)じゃ。こんな素晴(すばら)らしい国に招(まね)いてくれたこと、どんなに感謝(かんしゃ)しても足(た)らん。」

「ありがたいお言葉(ことば)、もう十分(じゅうぶん)です。」

 正面に漆黒(しっこく)の闇(やみ)が迫(せま)って来た。色鮮(いろあざや)やかな珊瑚(さんご)礁(しょう)を過ぎ、海藻(かいそう)や海木(かいぼく)の森に入った所から、急速(きゅうそく)に光がなくなる。あの魚の群(む)れは何処(どこ)かへ行ったようだ。


 いよいよ真(ま)っ暗(くら)で、何も見えなくなった。来る時に体験(たいけん)しているが、やはり闇(やみ)は心細(ぼそ)くて怖(こわ)い。もしも手箱(てばこ)を落(お)とせば、見つけることは不可能(ふかのう)だろう。気を引き締(し)めて抱(かか)え直(なお)す。

「太郎様、地上が恋(こい)しいですか。」

 真(ま)っ暗(くら)闇(やみ)に突入(とつにゅう)してまもなく、ショウの唐突(とうとつ)な言葉に、一瞬(いっしゅん)とまどった。

「そりゃ、そうじゃ。オラの生まれた故郷(こきょう)じゃから、恋(こい)しいに決まっとる。」

「もし故郷(こきょう)が、太郎様に酷(ひど)い仕打(しう)ちをしたら、龍宮に引き返(かえ)しますか。」

 何を言い出すのだと腹立(はらだた)しくなったが、ここはショウの甲羅(こうら)の上。口論(こうろん)は分(ぶ)が悪いのでグッとこらえる。


「ショウさんの言う意味(いみ)が、よう分からん。オラは地上に帰(かえ)りたい、それだけじゃ。」

 潮(しお)の圧迫(あっぱく)も、航行(こうこう)の振動(しんどう)もなく進む闇(やみ)の中で、不吉(ふきつ)な予感(よかん)がして胸が騒(さわ)ぐ。五日の間(あいだ)に地上で何か異変(いへん)があったのか。まさか再び武将(ぶしょう)の戦(いく)さが始まり、裏島(うらしま)も戦禍(せんか)に巻(ま)き込(こ)まれているのか。

「ショウさんは、海の上へよう来とるで、オラが海底におる間に、何(なん)ぞあったら分かるよな。」

「そうですね、もう何(なん)百回(びゃっかい)……。」

 ショウは慌(あわ)てて、言葉を呑(の)み込(こ)んだ。

「オラが海底におる間に、そんなに海上には来れん。何回か見た裏島(うらしま)に変化(へんか)はなかったか。」

「はい、自然(しぜん)のままでした。」


 ショウの返事(へんじ)を聞いて胸(むね)をなで下ろす。地上に何も変化(へんか)はない。だが「故郷(こきょう)が酷(ひど)い仕打(しう)ちをする。」と言った言葉が、妙(みょう)に心に引っ掛(か)かったまま、しばらく変化のない航行(こうこう)が続(つづ)く。

「太郎様、龍宮に引き返(かえ)しませんか。乙姫様や加奈(かな)殿(どの)に、もう一度(いちど)会いたくありませんか。」

 ショウは、乙姫の望みを勧(すす)めている。それを断(ことわ)って帰る申し訳(わけ)なさと、ショウの心(こころ)遣(づか)いに胸が締(し)め付(つ)けられる。

「オラは地上に帰って、ゼクスに教(おそ)わった事を伝(つた)える仕事(しごと)がある。人間は天地(てんち)の恵(めぐ)みに感謝して暮(くら)らさにゃいけん。人間が特別(とくべつ)じゃと思うて、むやみに木を伐(き)ったり、動物を殺(ころ)したり好き放題(ほうだい)しとると、この星(ほし)とやらに滅(ほろ)ぼされるんじゃ。」

「分かりました。もうこの話はやめましょう。」

 漆黒(しっこく)の闇(やみ)を、静かな航行(こうこう)が続く。


 太郎がショウの甲羅(こうら)に乗って、歓迎(かんげい)門(もん)を出発(しゅっぱつ)した海底の鏡(かがみ)の前。


 全ての擬似(ぎじ)人間(にんげん)たちが元(もと)の魚(さかな)に戻ったため、まだ残(のこ)している建造(けんぞう)物(ぶつ)や、農園は閑散(かんさん)としている。

 リュウビと側近(そっきん)たちは、太郎が引き返してくる事態(じたい)を考慮(こうりょ)し、岩の鏡(かがみ)の前で動向(どうこう)を見ている。

 トポスは、計画(けいかく)の成功(せいこう)に上(じょう)機嫌(きげん)だ。

「五十(ごじゅう)年後(ねんご)の地上に帰って、驚(おどろ)く顔が目に浮(う)かぶぜ。」

「家族も知人(ちじん)もいないことに、強い衝撃(しょうげき)を受けるでしょう。五日(いつか)後(ご)だと思って帰るのですから。」

 シオンが悪戯(いたずら)っぽく笑うが、リュウビは黙(だま)ったまま鏡(かがみ)を見ている。太郎の漁(りょう)と、鯛釣(たいつ)り塾(じゅく)の阻止(そし)が成功(せいこう)したことに、満足(まんぞく)こそしているが、地上で太郎が迎(むか)える運命(うんめい)を、哀(あわ)れみ悲(かな)しんでいる。


 太郎の運命(うんめい)を知るマイスも、晴(は)れやかな気持(きもち)ちになれない。

「太郎が普通(ふつう)に地上で暮らしていたら、七十(ななじゅっ)歳(さい)を過(す)ぎた老人になっています。若者(わかもの)のまま地上に帰って、身体に異常(いじょう)は出ないのでしょうか。」

 マイスは、敢(あ)えてシオンとトポスに聞(き)かせるよう、リュウビに問(と)いかけた。

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