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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
第一章
6/86

一-六

「勘次、今が大事(だいじ)じゃ。音を立てんよういでくれ。」

「分かっとるわい。もう一息(ひといき)じゃ。」

 背後はいごから怪物(かいぶつ)び出してくる気配けはいを感じては、身の毛がよだつ。浜に向かって大声で(さけ)びたい衝動しょうどう懸命けんめいおさえる。

 じわり、じわり近付ちかづく浜を、目のおくいたくなるほど強く見つめる。

---早く、早くいてくれぇ。


 まだ三丁ほど手前てまえだが、だれかがこの舟に気付いたようだ。

 にわかに浜の雰囲気ふんいきが変わり、松明たいまつが一ケ所に集まり始めた。もう浜まで手の届くばかりの距離きょり、数人がバシャバシャと海に入って来た。

「ああ、無事ぶじもどれたんじゃ。」


 両手りょうてげて、浜の人々に合図あいずをしようと立ち上がった瞬間しゅんかん、今までめていた気力きりょくが、夜空よぞらに吸い込まれるようにフワッと抜け、目の前がくらになった。

 突然、やみの中から怪物かいぶつかおが飛び出した。金色の眼光がんこうと、カッと開いた大きな赤い口が頭上ずじょうに迫る。


「ぐわー、もう駄目だめじゃぁ。」

 ハッとわれにかえった。辺りを見渡みわたすと、そこは舟の上ではなく家の中のようだ。目の前に棒立ぼうだちになっている母がいる。

「ここはどこじゃ、天国か。」

「いいや、勘次かんじの家じゃ。」

 怪物におそわれた夢を見て、ね起きたのだ……。それにしても、よく寝ていたのだろう眠気ねむけはない。母を見て、辺りを見回みまわして、生きていることを確信かくしんした。


 かたわらの囲炉裏いろりには、すでに消えた松明たいまつが三本立っている。寝ている間に松明たいまついてあたためてくれたのだろう、あの海の寒さはもうない。

「母ちゃん、オラと勘次は助かったんじゃな。そんで、鯛はどうなったんか。」

「ちゃんと表島おもてじまに出せるよう用意した。お前ら二人がここで寝ちょる間に、皆で手分てわけしてやっといたじゃ。一晩で百もの鯛をよう釣ったわさ、勘次はんもご苦労くろうじゃったなあ。」


 おりんが(うれ)しそうに、そしてほこらしな顔で、舟が浜に着いたあと出来事できごとも話し始めた。

 浜に着くなり舟の上で倒れた二人を、むかえの男衆おとこしゅうが舟からろし、無事を確認かくにんし、勘次の家に運んだ。

 赤くれ上がった両手足と鼻や目の周りを、ぬららした布であたため、ぐっしょりれた魚衣ぎょいを替えた。

 そしてった身体からだを温めるために、囲炉裏いろり松明たいまつを三本立てて火をけ、横に寝かせてくれたそうだ。


 舟は村のしゅうが浜に引き上げた。鯛の入ったトロばこは、勘次の家と我が家との間にある、洗いに運び込まれた。二杯の大きなたるには、水がたっぷり張られている。

「さあ、この鯛を水洗いして、献上箱けんじょうばこに入れようぞ。」

 万作が号令ごうれいをかけ、皆で一斉いっせいに鯛を洗う。能勢のせ右門うもんから預かったきりの献上箱には、大笹おおざさの葉がしきき詰められていた。


 洗った鯛は丁寧ていねいに水を切り、大きさをそろえて十尾じゅうびずつ並べる。塩を振り、その上にも大笹おおざさの葉をかぶせてふたをした。

 しおと大笹の葉は虫除むしよけと、魚のいた防止ぼうし用だ。手際てぎわよく作業さぎょうが進み、百尾の鯛が献上箱けんじょうばこに収まった。


 片付けを終えて村の衆は一人ふたりと帰り、おりんだけが静かになった作業場さぎょうばに、見張みはりとして残った。

 日の出までには少し時があり、東の山の輪廓りんかくが少し見えてきた程度ていどだが、ポツポツとかんだ雲が、まだ出ぬ朝日あさひに照らされて白い。良い天気になりそうだ。


 海はまだねむっているように静かだ。おりんはゴザをかぶり、献上箱にもたれてていた。

「グワーッ。」

 太郎のさけび声だったので、おどろいて勘次の家へ入って来たと言うわけだ。


 鯛も、勘次も自分も無事だった。何より能勢いせ右門うもんの注文どおり、百尾の鯛を釣って帰ったのがうれしい。

 体内たいないから、じわっとあたたかいものがき上がるのは、達成感たっせいかんという喜びか。

「明けまでゆっくりしときゃええよ。じきに出かけにゃいけんけえの。」

 おりんは、新しい松明たいまつを一本立てて火をけ、鯛のばんをすると言って出た。


 まだ暗い浜の西方から、弥助やすけ背丈せたけ()える大きな板をかついで歩いて来た。

「あら弥助はん、早いおいでじゃ。」

 今日(きょう)百尾ひゃくびの鯛を表島おもてじまの城におさめるが、もし昨日きのうのように海が荒れたら陸伝りくづたいで運ばねばならず、午のこくまでには間に合わない。

「おりんさん、今日(きょう)はええ天気になりそうじゃぞ。」


「なら舟で運べるんか、よかったじゃ。何ね、この板。」

 弥助はかついでいた板を大事だいじそうに地面じめんろすと、そこにはすみで大きく文字もじが書いてある。

「何て書いてあるんじゃ。わたしゃ字がめんけえ。」

「これはな“差江殿さえどの御用達ごようたつ”と書いてある。これを舟の舳先へさきに立てると、向こうのみなとに着いて、何かと都合つごうがええ。」


 身じたくをして勘次と作業場さぎょうばへ入ると、おりんと話していた弥助が、立ち上がって声をかけてきた。

「おう太郎、勘次、よう頑張がんばってくれたのう。それに元気そうで何よりじゃ。」

 すでに荷出し準備じゅんびととのっている。そこへ万作が大八車だいはちぐるまを引いて来た。漁師りょうし仲間も作業場に集まり、おりんがちゃくばる。

「夕べは怪物かいぶつが出て、あばれんで良かったのう。」

 夜遅よるおそくまで作業をしたと聞いたが、どの顔もつかれた様子ようすを見せず、晴れれとしている。

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