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真説・うらしまの太郎  作者: 川端 茂
54/86

五-八

「そんな部屋があるんか、オラは春が好きじゃ。」

承知(しょうち)しました。(のち)ほど春の()へ案内いたします。」

 漬け物に()た歯ごたえのよい海藻(かいそう)料理(りょうり)と、赤い(もも)に似た果物を頬張(ほおば)りながら、ジャクとの格闘(かくとう)(ばなし)()り上がった。

 海底に来て初めて役に立ったことで、心地(ここち)よい満足(まんぞく)(かん)が全身を(つつ)む。

「あの(かしこ)いジャクを()らしめたのは、ご立派(りっぱ)であった。太郎殿がいる(かぎ)り、サメは二度とこの国を(おそ)わないでしょう。」

 ()らしめた……。そうか、やはりジャクは槍や支柱を外し、()()ったのか。

「一太夫さんも、加奈さんも勇敢(ゆうかん)じゃったで、オラも助かった。こちらこそ礼を言う。」


 二太夫は()ませた(ぜん)(かか)え、扉に消えた。それを待って一太夫が立ち上がる。これから行く春の()について聞いても、ニヤニヤするだけだ。 

 もう()せこけた身体は普通(ふつう)(もど)っている。

 中庭に出ると、農夫(のうふ)らしい若い男女が()け寄って来た。

「太郎様、昨日(きのう)(わたし)たちはタッピ畑の近くにいた者です。サメに攻撃(こうげき)されて、もう駄目(だめ)かとあきらめていましたが、お(かげ)さまで無事(ぶじ)でした。」

「地面に()せたんか。」

「そうです。太郎様のお声を聞き、サメから(のが)れることができました。」

 二人は何度(なんど)も頭を下げる。()れていると、一太夫が笑顔(えがお)代弁(だいべん)してくれた。

「それは良かったですな。もう恐ろしいサメは襲って来ないでしょう。太郎殿がゼクスに代わる、この国の救世(きゅうせい)(しゅ)です。」


 その場の冗談(じょうだん)とは思うが、()きゼクスに代わって、国の治安(ちあん)を守るような言い(まわ)しに驚いた。

「一太夫さん、それは言い()ぎじゃで。あと一日で地上に帰るオラは、ゼクスの()わりになれん。」

 農夫が誤解(ごかい)しないよう弁解(べんかい)するが、一太夫は(すず)しい顔で農夫に手を()り、黒い建物に向かって歩き出す。

 中庭の横門(よこもん)を出ると、左に黒い建物がある。大きな倉庫(そうこ)のようだ。

「春の()は、あの中にあるんか。」

左様(さよう)でございます。きっとお気に()されるでしょう。」

 建物の黒い扉の前に立つと、二人を感知(かんち)したかのように、音もなく内側(うちがわ)に開いた。

 そっと部屋を(のぞ)き込むと、中に草原(そうげん)が広がっている。まるで倉庫(そうこ)の中ではなく、部屋の(そと)だ。


(なん)じゃこれは……す、すげぇ。」

 ()()されて二、三歩踏()み込むと、草原(そうげん)の中に立っていた。驚いて()り向くと、後方(こうほう)にも左右にも、草原が()てしなく広(ひろ())がっているではないか。

「え、入口の(とびら)はどこに()えたんじゃ。」

(かく)しました。この景色(けしき)無粋(ぶすい)なものは、似合(にあ)いませんので。」

 足元(あしもと)から遠い地平線(ちへいせん)まで、色とりどりの花々が(みどり)の葉を(おお)うかのように咲き(きそ)い、甘く心地よい(みつ)の香りが(ただよ)う。立ち並ぶ木々は、立派な枝振(えだぶ)りの桜で満開(まんかい)だ。


 青く()んだ空には、白い(くも)()かび、さわやかな風が(ほほ)()でる。この国の光は地面から()き出ているが、この草原は(そら)から光が()(そそ)いでいる。

 (たし)かに地上と同じだ。時おり(さくら)吹雪(ふぶき)が音もなく目の前を(とお)()ぎる。

「ここが春の()か。まっこと綺麗(きれい)じゃが、どう見ても部屋の中とは思えん。」

「広く見せているだけです。」

 この国で不思議(ふしぎ)なことや、()せないこと聞いても無駄(むだ)だ。

 素直(すなお)に楽しむべきだと、両手を広げて(あま)(さわ)やかな空気と、久しぶりに空から()(そそ)ぐ光を()い込む。

 遠くの桜の木の下で、幼女(ようじょ)(あそ)んでいるのが見えた。近付くと、その幼女(ようじょ)は音根の子供の(ころ)にそっくりだ。


「ん、ここは前に来たことがある。(りゅう)(たたこ)うて死にかけた時の、あの天国(てんごく)じゃ。」

---どうして、ここに天国(てんごく)があるんじゃ。

 背筋(せすじ)冷気(れいき)が走った。

 ここから出ようにも、入ってきた(とびら)が消されている。言いしれない不吉(ふきつ)予感(よかん)(ただよ)う。

---あの時のような一人ぼっちは、絶対(ぜったい)にイヤじゃ。

 だが(はな)れた場所で、一太夫が花を()んでいる。

「今度は人間がおる。」

 あの(さび)しかった天国とは様子(ようす)が違う。気を取り直して幼女(ようじょ)に近付くと、幼女(ようじょ)()を向けて走り出した。その先に男がいて、やはり音根の父親(ちちおや)そっくりだ。


 やはり天国と(じょう)(きょう)が同じで、再び背中に悪寒(おかん)が走る。引き返して一太夫にたずねる。

「まさか。ここはゼクスが作った春の()という部屋ですぞ。作り物ですから、(ほか)に同じ場所はありません。」

 一太夫は右手を()りながら、笑って否定(ひてい)する。

「いや、同じ景色(けしき)じゃ。前もあそこに人がおった。人も作り物か。」

「お(さっ)しのとおり。この楽園(らくえん)に住む童子(どうし)です。もっと上へ行けば、どこかの()間違(まちが)いだったと、お分かりになるでしょう。」

---そんな(はず)はない。この景色を()間違(まちが)うわけがない。

 だが……あの天国は風も()かず、(むし)一匹おらず、物音(ものおと)のない(さび)しい世界だった。

今は目の前に一太夫がいて話せるし、草原には多くの(ちょう)()い、木々から小鳥(ことり)(さえず)りも聞こえる。足許(あしもと)の花を()んでみたが本物だ。


 それを()いかけても「本物の作り物です。」などと言うに()まっている。半信(はんしん)半疑(はんぎ)で一太夫に付いて、草原を歩く。(ゆる)勾配(こうばい)の丘を上がると、視界(しかい)が開けた。

 二丁ほど(さき)にある大きな桜の木の下で、若い娘と頭巾(ずきん)(かぶ)った老人が、ゴザを広げて花見(はなみ)最中(さいちゅう)だ。

 あれもゼクスの作り物なのか、よく出来ている。

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