六
五-六
気付いたことに安堵し、考えた作戦を二人に耳打ちする。
作戦はこうだ。三人が離れていれば、ジャクは誰か一人を狙う。攻撃された者は、まっすぐ後ろに下がる。他の二人はジャクの後部に回り、尾びれにクワを打ち込んで前進を止める。
さらに道に立てている支柱を、数多く抜いて打ち込み、尾びれの固定を強くする。
槍や支柱で固定されたサメは、退くことも進むことも出来ず、いずれ呼吸困難になって死ぬ。
これは演習のない決死の作戦で、失敗すれば全員がジャクの餌食になる、一か八かの賭けだ。
迷っている場合ではないので決行する。少しずつ離れて一太夫が右に、自分は左へ。加奈はその場で槍を回しながら構える。
ジャクの尾びれが大きく波打った。鋭く海水を蹴って、槍をクルクル回している加奈に向かった。農園の作物が、ジャクを避けるように大きく揺らぎ、砂と小石が光を放って宙に舞う。
「来たぞ、加奈さん真っ直ぐ下がれ。一太夫さんとオラは、尾びれに。」
ジャクの攻撃は、上からの降下に比べると、かなり遅い。下がった加奈に向かって、二人の間を巨大な黒い塊が通過する。
渦巻く水圧にあおられながらも、二人がジャクを挟んで近付く。
---ゼクス、護ってくれぇ。
弱気になってはいけない、成功だけを考えよう。気持ちを奮い立たせて、クワを頭上に振りかぶった。
目の前を通る尾びれの付け根を狙い、全体重をかけてクワを打ち込む。クワは思いのほか容易に貫いて、深く地面に刺さった。反対側からも、一太夫のクワが打ち込まれた。
前進を封じられたジャクは驚いて身をよじる。光を含んだ多量の砂が、再び舞い上がる。
返す体勢で道の支柱を抜き、倒れこむ勢いで尾びれに挿し込む。一太夫も続けざまに挿す。加奈も回り込んで槍や支柱を挿す。
クワ二本と十五本の支柱が、ジャクの尾びれを固定した。竹矢来さながらに、方々(ほうぼう)の角度から深く挿し込んだ支柱は、容易に抜けそうもない。
「もうええじゃろ。さあ逃げよう。」
作戦は上々だ。三人は一目散にその場を離れた。地下道の入口でジャクを見ると、尾びれを固定された状態で、もんどり打って激しく暴れている。
光る砂がもうもうと立ち込め、その場所がひときわ明るい。
「あれが抜けんかったら、奴は死ぬ。」
サメを見やりながら、後ろ向きに地下道へ入った。
壁に寄り掛かり、フーッと息を吐く。すると膝がブルブルと震え始めた。助かったのだ、頭の良いジャクから逃げ切れたのだ。しびれるような安堵感が全身を走る。
「太郎殿、もう駄目だとあきらめましたが、お陰様で助かりました。」
一太夫が深々と頭を下げると、加奈も神妙な顔つきで頭を下げる。
皆の無事が嬉しかった。まだ膝の震えは止まりそうにないが……。
「あんな時に、よく作戦を考え付きましたね。私なんかジャクに睨まれて、意識が遠くなっていたのに。人間、いや太郎さんって凄い。」
加奈は作戦に感心している。いつも龍の出現を想定しながら漁をしていたので、とっさの作戦につながったのだ。
壁に寄り掛かり、フーッと息を吐く。すると再び膝がブルブルと震え始めた。
助かったのだ、頭の良いジャクから逃げ切れたのだ。しびれるような安堵感が全身を走る。
少し落ち着くと、ふくらはぎと右手がズキズキ痛む。あの応戦でケガをしたようだ。二人を見ると、加奈の左手から血が湧き出し、一太夫は首筋と額の、大きな傷から出血している。
「こりゃ、三人ともひどいケガじゃ。加奈さん痛いじゃろう。」
「え、何ですか。」
「手から血が出とる。一太夫さんも首に。」
加奈は肘の傷から流れる血を、右手で拭い取った。
「わ、乱暴なことするんじゃない。見ちょる方も痛いじゃ。」
加奈は言葉の意味に気付いたようで、険しい顔になった。
「痛いです。」
岩の鏡の前で監視していたマイスが、呆れた声で呟いた。
「こうなることは想定外でしたから、痛みの感覚までは、皆に備えませんでした。森や草原で暮らす地上の動物には、致命傷を防ぐために必要な感覚ですが、うかつでした。」
魚は何もない海中を泳ぐので、傷つく機会が少ない。また大きな魚に食べられる宿命をもって生まれるため、本能的に痛みの感覚を備えていないのだ。
加奈も一太夫も人間知識の学習で、痛みの意味は学んでいた。
だが実際に傷付き、指摘されて実感が伴わず、どう表現してよいのか戸惑った。
サメの襲撃で、右手を食い千切られた中年の男も、太郎が手当てを促すと「痛いとは何のことでしょう。」と言って平気な顔だった。
「太郎は、気付くでしょうか。」
心配そうなマイスを見て、隣で監視していたリュウビは笑った。
「大丈夫です。二人が上手く対処するでしょうから。」
「太郎殿も痛いでしょう。早く手当てを済ませて帰りましょう。」
互いに傷口を布で縛り合い、地下道を歩いて屋敷に向かう。
「ジャクはどうなったじゃろう。」
「この上くらいで、暴れておりますな。」




