四
五-四
「おう太郎殿では。奴らはこの血を嗅ぎ付けて降りて来ます。ワシがここで食い止めますので、そのクワを貸してください。太郎殿は早く非難を。」
助けに来て、逆に避難を勧められている。
サメに腕を千切られているのに、何と気丈な男だろうと感心した。
「あんたこそ、すぐ手当てをせにゃいかん。命が危ないじゃ。」
男は血が噴き出す右肩に目をやると、にっこりして左手を差し出し、クワを要求する。
「左手だけでも、このクワがあれば防げます。」
「あんた、こんな大ケガして痛うないんか。」
「え、痛いって何のことでしょう。さあ早く非難を。」
中年の男はクワを奪うように取り上げ、上空を見回して警戒体勢をとった。
「あんたも一緒に非難じゃ。ここにおったら危ない、さあ行こう。」
男の背中を押して、加奈の家に誘導しながら、この男の「痛いとは何のことか。」といった言葉が気になった。痛みを感じないほど、興奮している風でもないが。
「サメに右腕を千切られとるのに……。普通なら七転八倒して苦しむはずじゃが。」
加奈に疑問を投げると、加奈も一太夫も少し首を傾げただけで、何も答えない。
いよいよサメの総攻撃が始まるらしい。加奈の家は壊される危険があるため、一太夫が半丁ほど先の地下道へ避難しようと提案した。
護衛の兵藤が、長い槍を手に家を出る。四人が地下道へ走れるよう、先回りして警護すると言う。
「総攻撃って。」
「三十頭、いやそれ以上のサメが、一斉に襲撃してきます。あそこには恐らく、二百頭はいるでしょうな。もしも行く道で攻撃を受けても、兵藤が護ってくれます。」
上空では、さらに下へ降りた黒い群れが、ゆっくり旋回している。果たして総攻撃の前に、地下道の入口へ着けるのか。
「急ぎましょうぞ。」
一太夫の先導で、傷ついた男を加えた四人が、ハクビ畑に向かって走る。走り始めるとすぐ、頭上でシューという不気味な音がし、二頭のサメが四人に向かって急降下してきた。
「斜め後ろから来ましたぞ、散りなされ。」
四人がバラバラに離れたため、サメは的を見失って上昇した。助かったと思ったのも束の間、今度は前方と後方から同時に、二頭ずつが降下して来た。挟み討ちだ。
もうだめだ……。観念した時、中年の男が左手でクワを振り上げ、前方から来るサメに向かった。
四頭のサメは、血の臭いがする男に襲い掛かり、尾びれを上下に振りながら乱暴に男を食い千切る。
「グワッ。」
男の短いうめき声とともに、無残な血煙が空中に広がり、肉片が周辺に散った。
サメは血の臭いに興奮して共食いを始めている。あの男は、我々の身代わりになったのだ。
「すまない。」
心の中で手を合わせ、サメが共食いしている間に、ハクビ畑の手前まで走る。
「加奈殿、横から。」
一太夫が叫んだと同時に、加奈が何かにつまずいて転倒し、腹ばいになった。サメは加奈のすぐ上を通り過ぎ、上昇した。まさしく間一髪だ。
続いてサメが三頭、正面斜め上から猛烈な速度で向かって来る。思わず頭を抱えて、地面に小さくうずくまった。するとこのサメも、すぐ上を通り過ぎるではないか。
「分かったじゃ、サメは地面スレスレまでは降りて来ん。腹が地面に当たるのを嫌うようじゃな。」
「あの速さですから。地面に触れると、腹が裂けるのでしょう。加奈殿のように地面に伏せればよいのですな。」
「あれは、転んだんじゃ。」
偶然ではあるが、サメからの防御をひとつ発見した。これで地下道まで行ける。
あちこちで、めまぐるしいサメの降下と上昇が見え、農園にいる人達が、次々に襲われている様子だ。さらに塀にも体当たりし、家を破壊している。とうとう総攻撃が始まった。
頭上でシューという音が聞こえ、後方と横から数頭が急降下してきた。三人が並んで地面に伏せると、案の定、地面から三尺ほど上で上昇する。
「おーい、サメが来たら地面に腹ばいになって、伏せるんじゃあ。」
遠くの人々に、大声で知らせる。果たして聞こえただろうか。
全身を耳にして、身を伏せる体勢を取りながら走る途中、兵藤の長い槍が落ちていた。
「これは兵藤の槍じゃ。サメに殺られたか。」
「ここで我々を待っていて、襲われたのでしょう。穂先に血のりが付いていますから、戦っていますね。」
身代わりになってくれた二人の、冥福を祈りながら走る。地下道の入口に着き、加奈が扉を開けて三人が飛び込んだ。
無事に避難はできたが、このままではサメの襲撃が激しくなるばかりだろう。
「ゼクスがいない今、防ぐ手立てがございません。」
一太夫が頭を抱えて考え込むものの、そう簡単に対策は思いつかない。
「乙姫様は無事じゃろうか。」
「拝塔におりますので、大丈夫かと。」
いくら知恵のあるサメでも、屋敷や拝塔の中までは入らない。いや賢いからこそ、人間が作った建物への侵入が、危険であることを知っている。




